261 新米伯爵はやり放題 21
突如湧いた兵気に俺を倒すためにやってきた騎士や魔法使いたちに動揺が走る。
「な、なんだ?」
「いつもの数じゃないぞ!」
そんな声が聞こえてくる。
俺たちが来る前から大要塞の外で頑張っていたファランツ王国軍の兵数は五千。グルンバルン帝国軍十万を相手にするには少ない。奇襲ならばまだ逆転の目は合ったかもしれないが、すでに警戒され、位置もある程度特定されている状況では劇的な効果など望めるはずもなかった。
だがいま、突如として現れて攻城中だったグルンバルン帝国軍の後背に突撃するファランツ王国軍の数は一万を超えている。
騎馬に乗った騎士が多いため、馬蹄の響きは俺のところにまで届いている。
「バラグランズ側の国境守備軍を呼んだのか?」
「まさか!?」
騎士たちの動揺が面白くて、俺はにやにやと笑ってしまう。
いやぁ、悪戯って、うまくはまると面白いよな。
「あなたがなにかしたのかしら?」
「まぁな」
レイファの余裕は崩れない。
まぁそうだろうな。
こいつにとって戦争の趨勢なんてどうでもいいことなんだろうし。
「ふうん。どんなことをしたのか、聞いてもいい?」
「シャアランを寄こすならいいぞ」
「なら、知らなくていいわ。シャアラン、帰りましょう」
「え? でも、ママ」
「まだパパと遊ぶには早かったわね。さっ」
「…………」
「残るって言うなら別に構わないぞ」
「だめよ、シャアラン」
「…………」
「シャアラン、仙気の奥義を教えられるのはママだけよ」
「俺なら竜の国に連れて行ってやれるけどな。ママは竜の国に戻れるのかな?」
俺の言葉にレイファは初めて感情らしい感情を見せた。
ギロリと音がしそうな目でこちらを睨む。
「ママのところに戻る」
乾燥した声でシャアランが言う。
「ママとパパが喧嘩するのは嫌だもん」
なんとも心に刺さる言葉が出て来て、俺はそれ以上なにも言えなかった。
いや、言わないままもまずいか。
「今度は普通に遊びに来い。美味いもんでも食おう」
「うん!」
レイファと共に空へと上がっていくシャアランの顔に笑顔が戻る。
そのまま二人はこの場から去っていった。
「まったく……あいつら何しに来たんだ?」
ユーリッヒとか《魔導王》とかと手を組んだのは確かだろう。グルンバルン帝国の騎士どもはシャアランやレイファの登場に動揺を見せなかったし、《魔導王》のゴーレムを持って来たしな。
神がどうたらこうたらと語っていたが、俺からするとつまらないことで必死になっているなと思う。
俺がどうこう言うことでもないのはわかってる。どう生きるかなんて自由だしな。
レイファがなにを目的に頑張ろうと知ったこっちゃない。
だが、シャアランは別……になる。
なにしろ俺の娘だっていうんだ。
孕ませてそのまま放置ってわけにもいかないか。娘に父親面すんなと言われない限りは口と手を出していくことにしよう。
「いいですねぇ、暢気で」
と、物思いに耽っているとノアールの低い声が背中にかかった。
「お、終わったか?」
「終わりましたよ」
《魔導王》のゴーレムと戦っていたのだが、勝利したようだ。
「まあぁぁあああったく! こっちを気にしませんでしたね!」
どうやらノアールはそれが気に入らなかったようだ。
「そりゃだって、お前が勝つってわかってたからな」
「ええ……」
信じてない目で見られたよ。
「それに、ちょっとぐらい苦戦した方が新しい発見があったりするだろ。ほら」
俺はノアールの手にあるものに目をやる。
「抜けたろ?」
そう。
その手にはいままで抜くことさえできなかった大太刀竜喰らいが抜き身で握られていた。
俺に指摘されるとノアールの表情が崩れる。
「ふ、ふふふふふふ……ついに篭絡してやりましたよ。これからは握って舐めてしゃぶって齧って……色々して吸い尽くしてあげますからね」
己の運命に慄いたのか、大太刀竜喰らいが震えている。
俺は心の中で奴の幸せを願っておいた。
「それはそうと……ようやく状況が動くのですね」
「ああ、やっとだ」
ノアールの動かした視線を追う。
ここにいた騎士たちはぼんやりしていた俺に襲い掛かりもせず、襲撃を受けて混乱し始めた本陣の救援に向かった。
だが、いまさらまにあわないだろう。
ファランツ軍一万五千にまともに戦う気はない。グルンバルン帝国軍は本陣に守られて安全だと思っていた背後を突かれて混乱した上、数十人の魔法使いによる連唱によって作られた【炎壁】によって寸断されて指揮系統を失い、さらにそこに要塞の防衛軍から投げ込まれる油壷と火炎系の攻撃魔法と火矢を撃ちこまれている。
急造されたこの世の地獄で兵士たちの悲鳴が響いている。
「数で勝る敵を相手に正々堂々なんてする必要はないよな。そもそも、正々堂々とか抜かすなら数も同じにしろって話だし」
奇襲に成功したとはいえ、相手は十万。時間を追うごとに少数が不利になるのは確実だ。
ならばこちらが有利な内に取れるだけの戦果を取って後は逃げるのが正解だ。
だが今回、逃げるのは向こうだ。
「よし、これで決まりだろ」
【烈火球】×十
俺の放った爆発系魔法は二手に分かれて本陣を守る壁に着弾し、大穴を開ける。
そこに攻城側への攻撃を終えた奇襲部隊がなだれ込み、そこら中に火矢や火炎魔法を撃ち込んでいく。
さらなる混乱をあざ笑うようにファランツ王国軍は反対側にできていたもう一つの穴から出て行き、そのまま駆け去っていった。
とはいえ、火は残り、魔法は残り、ヴァリツネッラ要塞からの攻撃は残っている。
城を攻めるどころではなくなったグルンバルン帝国軍は攻められるだけ攻められ、ついにその日の内に本陣を捨てて国境線まで撤退するに至ったのだった。
「全部俺のおかげだな」
喝采を上げる砦内で俺が言い切ると、第五王女のシアンリーはなんとも難しい表情をした。
「……どうしてこう、素直に褒めさせてくれないのかしら」
なんてことをぶつぶつ呟いているがそんなことは知らん。
「でも、あなたのおかげなのは事実よ。いいえ、あなたがいなければきっと敗北していたでしょうから。ええ、あなたは救国の英雄ね」
「はは、そいつは気が早すぎるな」
「でもまさか……こんなことができるなんて」
俺がなにをしたか?
答えは簡単、地下迷宮だ。
今度はちゃんと地下に作った。とはいっても迷路ではないな。
通路だ。
地下に通路を作り、こことヴァリツネッラ要塞を繋ぎ、そしていくつかの地上への出口を作ったのだ。
だからミリーナリナは危なげもなく補給物資を運んでこれたし、去っていくこともできた。
ヴァリツネッラ要塞の将軍と協議して、今回の奇襲作戦を決行することもできた。一万の
「でも、あなたに軍隊の経験はないのよね? それなのにこんな作戦を思いつくなんて」
「そんなに難しいことをやったわけでもないだろ?」
シアンリーの不思議そうな顔に俺はそう答える。
「俺にしかできないことをやっただけだ。それに……戦争の経験はなくても軍隊を相手にしたことはある」
最近なら太陽神の試練場なんかもそうだな。
竜の国でやった万夫不当の儀も多対一という意味ではそうだな。
いや、作戦なんてなかったからあれは違うか?
それよりも前にはここよりももっとうんざりするような戦いをしたことがある。
「みなさま、ご苦労様です」
例の通路からミリーナリナがやってきた。
「祝勝会用の料理とお酒を持ってきましたけど、広げてもよろしいでしょうか? シアンリー様」
「……ええ、いいわよ」
「なんだよ、まだミリーナリナのことが嫌いなのか?」
「嫌いに決まってるでしょ!」
そう叫んだシアンリーは、ミリーナリナが現れるなり飼い主を見つけた犬のようにこちらに走ってくるシビリスを睨みつける。
そんな険悪な空気にミリーナリナはため息を零した。
「残念です。わたしは王女様のことを尊敬していますのに」
「え?」
「お国の危機に嘆くだけでなく、こうして行動に出ようとする。同じ女性として尊敬のできる方だと思っています」
「あ、う……」
「それに、彼のことでしたらご安心ください。わたし、輿入れするならアストルナーク様がいいと、祖父にはもう伝えてありますから」
「なぁっ⁉」
ちょうどシビリスが到着したところでそんなことを言うのだから、ミリーナリナはけっこう怖い性格をしていると思う。
まぁそんな修羅場なんかどうでもいいので、俺はミリーナリナの部下が運んでくる料理と酒を受け取りに向かった。
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