260 新米伯爵はやり放題 20
「ふーんだ! そんなの怖くないもん!」
シャアランの強がりは無視する。
こいつはまだ怖さというものを理解していない。
クソダメ親父としてはその怖さというのを教えてやるのが、せめてもの務めってことだろう。
踏み込んで、ぶん殴る。
加減はしてやる。痛いがな。
「ぐっ!」
俺の動きが見えなったシャアランは腹に痛いのを喰らって、そのまま吹っ飛んだ。
だがなんとか途中でこらえて空中で静止する。
「どうした? まだ手加減しているぞ?」
「ぎっ!」
涙目で睨みつけるその目にはまだやる気が光っている。
よしよし……さすがにこの程度で折れられたら困る。
「もっともっと圧倒してやるぞ」
「ふざけないで!」
空中からの全力接近……からの全力拳打は受け止める。手の中で衝撃波が弾ける。まともに受けたらさすがに生身がぶっ壊れるので衝撃は肘の辺りで逃がす。
「くぅぅぅ……」
「どうした? まだまだ真面目には遠いぞ?」
「うるさい!」
連撃を繰り出そうと体を動かす。宙に浮いた状態からの連撃だ。普通の人間なら接地していない状態での攻撃なんて怖くもないが、そこは仙気を操る竜だ。衝撃波による反動を巧みに利用した連撃が全方位から襲いかかってくる。
が、そんなものは竜の国で散々に見た。
「その程度じゃ、俺を圧するには手数が足りんよ」
万夫不当の儀を思い出す。
一体百を繰り返したあの時を思えばその程度の空中技を繰り返したところでどうということはない。
そして……。
「もうっ!」
俺が関節技に持っていこうとしているのを嫌がってシャアランは空中に逃げ、【竜撃吐息】をやろうとする。
だが、させない。
「え? あれ?」
思うとおりに仙気が練れなくてシャアランが慌てている。
「甘い。相手の仙気もちゃんと見ろ」
「え? あっ⁉」
ようやく気付いたな。
シャアランが必死に練ろうとしている仙気が俺に向かって流れていることに。
「シャアランの仙気を取ってる! ずるい!」
「相手の仙気を利用するのが房中術の真髄だろうが、母親からなにを習った?」
「シャアランにはまだ早いって、教えてもらってないよ!」
「……それは正論だな」
房中術だしな。
そのことをあれこれ考えるのは止めよう。
「わっ、ひゃっ! ああ!」
やがて、仙気不足でシャアランが墜落する。あいつらの羽は風を切るんじゃなくて仙気を練るための器官って意味が強いのだろう。
さて……では集めた仙気で凄いのを見せてやろう。
「お前の練りはまだ甘い。見ろ」
【覇竜撃掌】
シャアランから奪った仙気をさらに練り、高め、収束させて、空に向かって解き放つ。細く鋭い光条は空高く昇っていき、雲を割った。
威力の違いを理解したのか、シャアランは目を見開いて硬直した。
「うっ、うう……」
「さあ、どうする? 得意の仙気が使えなくなったが? お前はまだ戦えるのか?」
地面に落ちたシャアランの俺の見る目が揺れている。
怒りが維持できず弱気が垣間見える。
「うう……」
そしてついに、泣き出した。
「うえぇぇぇぇぇぇん」
「あ~あ」
ずいぶん早く折れたもんだな。
「うう、パパ酷い……」
「あのな。なんで俺が怒ったかわかるか?」
「うう……」
「お前には遊びに見えるかもしれないし、俺にとってもまぁほとんど遊びなんだが、ココの連中は真面目に戦争やってんだよ」
「……だから、邪魔しちゃダメってこと?」
「いいや。邪魔はすりゃいいんだよ」
「え?」
「だが、邪魔をするなら本気で邪魔をしろ。相手が本気でやってるんなら本気の遊びを見せてやれ」
「ええ……」
シャアランが引いている。
なぜだ?
「そういう意味では、お前はまだ修行が足りないな」
だが、この言葉には目を輝かせた。
「パパ、修行に付き合ってくれる?」
「うん? まぁ暇な時ならな」
「やった! じゃあ……」
「だめですよ」
と、こんなところで邪魔が入る。
いや、邪魔じゃないか。
「なんだ? 認知しろって来たのか?」
「まさか、私、そんな野暮な女じゃないわ」
そう言って空からやって来て地上に舞い降りたのはシャアランの母親、俺の房中術の師匠、竜の女、レイファだ。
「いままでの子供も全部一人で育ててきたのよ。ハラストは良い子でしょう?」
「それで? ならなんでこいつを俺のところにやった?」
「シャアランはまだ幼いから、父親の姿を見たいと言って聞かないのよ」
「嘘つけ、どうせ《魔導王》と手を組んで悪だくみでもしてるんだろ?」
「ふふ……」
「お前がなにを企んで誰と組もうが知ったこっちゃないが、なにもわかってない奴を利用するってのはいただけないな」
しかもそれが俺の娘なら心情的にさらに気分が悪い。
「あら、子供が親と行動を共にするのは当たり前のことでしょう?」
「……まぁ育児で俺が偉そうなことを言うつもりもないが、その論なら男親の俺がシャアランを引き取っても問題ないってことになるよな?」
「さあ、どうしましょう?」
笑ってごまかすレイファと不機嫌な俺。その間でシャアランはあたふたとしている。
まったく、戦場のど真ん中でどうして俺は親権争いみたいなことをしてるんだか。
いや、まんま親権争いか?
「それで、《魔導王》から玩具まで借りて子供を送り出しといて、なんで出て来たんだ?」
「ええ……だってこのままだと、あなたシャアランを自分のところに引き取りませんでした?」
「だめなのか?」
「それはだめですよ。それでは私の目的が果たせません」
「目的?」
「ええ……実は私ね。房中術を極めたこの子宮で神を生みたかったのです」
「……お前ら竜って自分が神になるのが目的じゃなかったか?」
天へと至る……だったか?
それってつまり、神になるってことだろ?
「間違いではないですが、正解でもないですね。竜はただ仙気を極め、その先に進みたいだけです。その状態のことを便宜上、天へと至ると言っているだけ。それを人間が神だと言うのならば、そうなのかもしれないわね、とだけ」
「持って回るな」
「そうね。だから、私は人間の言う神を生みたかったのですよ。だから、その可能性のある《勇者》の血筋に近づいていた、というわけです」
「ふうん」
タラリリカ王家に近づいたことには目的があるんだろうとは思っていたからさほど驚かない。
しかし、神を生む、ね。
「自分が神になるんじゃだめだったのか?」
「自分が神になるだけなら一人だけでしょう? でも、神を生むことができるならこの世を神で満たすことができる。……それはこの世界の意思に合致しているでしょう?」
「あん?」
世界の意思?
「ふふふ……真理に辿り着いていないのは、修行が足りない証拠、ですよ」
なにかもったいぶっているようだが、あいにくとそういうのには興味がない。
「なんでもいいが、俺とユーリッヒの遊びを邪魔するのはいただけないな」
「彼はきっと、遊びではないと思いますよ」
「はん」
使命感に燃えてそうだな。
だがなユーリッヒ、お前はお前がやりたいことをやっているだけだ。
「俺が真面目に付き合ってやっているから、その使命感にも価値が出て来ているんだと教えてやるよ」
「あら、楽しそう」
そう言って笑うレイファの背後で鬨の声が上がった。
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