26 魔太子と呼ばれる者の事
おおよそアイデアというものは、それを思いついたときには他の誰かもすでに考えついている、と思うべきだ。
後の問題はそれを実行、あるいは実現するか否かを決断すること。
そしてそれが正しい考えであるかどうかを検証してみることだけだ。
人類と魔族の争いを、大要塞を中心とした世界地図的には狭い範囲で決しようという考えに対して、イレギュラーな作戦を思いつくのは人類だけではない。
だがその多くは、かつてのユーリッヒのように魅力的には思えるものの実現性は困難だろうと考えてしまう。
だがここに一人、自らの種族の特殊性を活用すれば可能となるのではないかと考える者がいた。
「ゾ・ウー様。これでこのダンジョンのほとんどの魔物は捕らえたかと」
「まだ、逃げ込んだあいつがいるぞ」
魔物使いの報告にゾ・ウーは顔をしかめた。
背は低く、胴は太い。古い樽のような色をした髪と髭はどちらも長いが丁寧に編み込まれているため、ドワーフにしては表情がよく見える。
ドワーフといえばみな中年や老人のような顔をしていると思われがちだが、ゾ・ウーは年齢に応じた精悍な青年の容貌が窺える。
「あのローパーは使えるぞ」
「しかし、あれを従えさせられる者がわたしを含め誰もいません」
「ふん……」
動く樹木といわれるトレントの報告に、ゾ・ウーは一瞬だけ不機嫌となったがしかたがないと諦めた。
禁忌の地となっていたグレンザ大山脈地下を探検し、ようやくここまで来ることができたのだ。その間に連れてきた魔物使いたちに多くの魔物を従えさせた。
「魔太子ゾ・ウー様。わたしたち魔物使いにも一度に従えさせる数には限界があります」
「魔物使いとして有能なそなたらトレントどもが無理というなら、それを信じる他あるまいよ」
「感謝いたします」
トレントたちが人形のようにぎこちなく腰を折り、ゾ・ウーはローパーへの未練をため息で断ち切る。
ここに来るまでの洞窟で見かけ、ずっと追いかけていたのだ。結果的にこのダンジョンに辿り着き、人類領の地上へと上がる道を見つけることもできた。
ゾ・ウーにとっては幸運の運び手のような魔物であった。
だからこそ、手に入れておきたかったのだが。
「しかし、魔太子ゾ・ウー様。我らの洞に収めしこの魔物ども、一体どのように使われるおつもりか?」
「それは決まっておる」
子供が木々を適当に組み合わせて作った人形のような姿のトレントたちは体のあちこちに洞を持っている。
その洞は特殊な魔法的空間と繋がっており、その空間がどれだけ広いかがトレントの中で有能を示す指針の一つにもなっている。
魔物使いともなれば、その中に自らが使役する魔物を収めるためその指針はより厳しくなる。
ゾ・ウーはそんなトレントの魔物使いを十人も引き連れていた。
「この穴の抜けた先にある地上に解き放ち、周囲一体を混乱させておく。奴らがその魔物を退治しておる間に、我らは一度戻り、軍を率いてここから攻め上げるのよ」
「なるほど。このまま魔物と我らだけで街の一つでも取るつもりなのかと思っておりましたが」
「そなたらのような有能な魔物使いを使い捨てにはせぬよ。そんなことをしたら儂の考えに賛同し、そなたらを貸してくれた悪樹王殿に対して顔向けができなくなるわ」
カカと笑うゾ・ウーにトレントたちが再び腰を折る。
「さすが魔太子様でございます」
「おう」
感情の窺えないトレントたちからでもゾ・ウーに向けられている感情が尊敬や敬意であることがはっきりとわかる。
『魔太子』とはなんなのか?
それは次なる魔王候補であるということ。
血統ではなく、神によって選ばれた特別な者たち。
人類領でならば『勇者』と呼ばれる者たちのことである。
「これでこのダンジョンの魔物を全て手に入れたのであれば、あとは地上に向かうだけか」
「お待ちを」
「どうした?」
「蟲使いが言うには侵入者がいるとか、あのローパーと戦っているそうです」
「ほう。……人間どもの冒険者とやらだな、どっちが勝ちそうだ?」
「どうやら冒険者たちが優勢のようだと」
「ローパーに勝てるような連中を放置するのは厄介だな。今のうちに狩っておくとしよう」
「かしこまりました」
こうして、ドワーフの魔太子ゾ・ウーと彼に従うトレントの魔物使い十名。彼らが従属させた魔物たちが冒険者に向かって移動してくることとなった。
†††††
おれの警告を彼らはすぐに信じなかった。
「そんな音がするか?」
ステンリールが同じように壁や床に耳を当てるがおれと同じようには音が拾えないらしい。
どうも感覚の強化を強くやりすぎてしまったようだ。
パーティの警戒装置である盗賊が探知できないとなればおれの言葉を信じないのも仕方あるまい。
だが、連中がこちらに近づいているのは事実だ。
そしておれは、どうも嫌な予感を感じてもいた。
どうしてダンジョンに入ってからローパー以外の魔物に出会わない?
全ての魔物がローパーを怖れて逃げ出したなんて事がほんとうにあるだろうか?
そして、魔族はどうして人類領にいるのか?
重なり合った疑問を一つの結論に押し込めると、どうにもろくでもない絵が浮かんでくる。
おれにとってはなんてことはないだろうが、しかしテテフィやケインたちを生き残らせようと考えるとめんどくさいことになったと考えてしまう。
そうだ。
おれはテテフィだけでなくケインたちも生き残らせたいと思っている。
最初は嫌な奴らかと思ったが、意外にそうでもないことがわかった。
となればおれも簡単なもので、ケインたちに死んで欲しくないと思ってしまっている。
だが、奴らはまだ腹になにかを隠している。
それも感じているから、できればおれは本気を出さずにこの場を切り抜けたい。
「近づいてるってのは魔族か? ならちょうどいいじゃねぇか。ここで決着を付けてやろうぜ」
ダンテスが戦斧を構えて気炎を吐く。
そんな彼の猪突猛進的な発言を、ケインやステンリールは諫めない。イメージだが、普段の二人はそんなダンテスを窘める側のはずだ。
だがどうも、魔族という言葉が彼らから冷静さを奪っているように思われる。
「たしかに、ここで片付けてしまうというのは悪くない」
「魔力の方は問題ない。いけるよ」
まったく、大要塞でどれだけの目にあったのか。
……おれも恨みで暴走するような真似はしないようにしよう。
大事。
冷静さ大事。
とはいえ、このままというのはまずい。
「……戦うなら戦うで、せめて場所は変えよう。ここは逃げ場がない」
反対して揉めるだけ時間の無駄だな。
ならば少しでもテテフィを逃がしやすい位置に移動するのが建設的だろう。
「大丈夫なんですか?」
「知らね」
もうこうなったらなるようになれだ。
おれの提案で場所を移動しながら、おれは近づいてくる気配の方角を見る。
まぁなんとか、間に合いそうだ。
「おいっ!」
ステンリールが警戒の声を上げ、全員がおれと同じ方向を見る。
連中の先頭が曲がり角から姿を見せる。
人間の子供ぐらいの身長だが、そのゴツさはダンテスにも負けない。
黒々とした衣装が目に付く。マントにしろ鎧にしろ立派そうだ。
へぇ、ドワーフって斧のイメージだが剣なんか持ってんのか。
「逃げろ!」
おれがのんびりと観察しているとケインがいままでとは真逆の叫びを上げた。
「魔太子だ!」
よろしければ評価・ブックマーク登録をお願いします。




