254 新米伯爵はやり放題 14
やってやったぜ。
そんな笑みを浮かべて戻ってきた俺を出迎えたのはあんぐりとした顔だった。
こうなるだろうと予想してやったのだから、別に意外でもなんでもない。
「あ、兄貴……すげぇ」
一度は痛い目を見たことがあるシビリスでさえ言葉がない様子だ。
まぁこれで、俺がやることへの文句も減るだろう。
「み、見事です」
シアンリーが精一杯の虚勢を張ってその言葉を絞り出した。
「どうも、姫様」
「では、急いでこの場所を離れましょう」
「いや」
号令をかけようとするシアンリーを止める。
「ここに居座るぞ」
「は? はぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
俺の言葉に今度は全員が声を上げる。
「む、無茶だそんなの! 全滅してしまうぞ!」
「ばっかお前。俺たちの役割をなんだと思ってるんだ?」
「なにってそれは……」
「グルンバルン帝国軍への嫌がらせだ」
「そ、そうだ! だから攻撃と撤退を繰り返して……」
「それじゃ、普通だろ」
「ふ、普通のなにが悪いっていうの!」
「俺がいるのに普通のことをしてどうすんだよ。普通じゃないことをするために俺がいるんだよ」
「そんな理屈!?」
それ以上にどんな理屈がいるというのだろう?
反対意見は全員から上がったがそんなことは知らんと無視する。
「逃げたいならそれで構わんぞ。お前らの未来に俺は興味ないし」
これは俺の戦争じゃない。
勝とうが負けようが決まるのは俺の未来ではない。
俺の前で反対しているこいつらの未来だ。
「ここで少しでもグルンバルン帝国の兵士どもを減らしておかなければ、明日なくなるのはお前らの国の旗だ。俺の国じゃない」
「…………ぐっ」
「それともなにか? 千人の兵でできる無難な作戦で目の前の敵兵どもを故郷に追い返す秘策でもあるのか?」
「それなら、あなたにはそれがあるの?」
シアンリーが硬い表情で問いかける。
その目の光を見れば、あるのならそれに縋り付きたいという思いが宿っている。
だが、まだ甘い夢を見ている節がある。
甘い夢だ。
そう。自分たちはまだ勝てると思っている。
十万の軍団を前にしてなお、勝利できると思っている。
必勝の策を持っているわけでもなく、勝利の信念があるわけでもない。
ただ、自分の生活が終わるわけがないと夢を見ているだけだ。
それが悪いわけでもない。夢を見るのは自由だ。
まぁ……。
「あるかバカ」
その夢を守ってやる理由もないんだがね。
「なっ……な…………」
ここで縋り付くように俺を見ていれば気分が変わったかもしれないがね。
女の涙で決意するっていうのを一度やってみたいもんだよな。俺の周りでそういう問題抱えてそうなのはルニルとかニドリナだがどっちも泣かないな。
ミリーナリナが望んだって良かったんだが……いや、彼女は望んだが泣かない。彼女は一見すれば深窓の令嬢だが、すでに商会で働いているような人間だ。他人に縋るしかないという追い詰められた選択肢に自らを置かないように立ち回ることをすでに覚えている節がある。
なんだろうなぁ、俺の周りにいる女って基本的に心強いよな。
「お前らがやることは平凡に立ち回って当たり前の滅亡をその目にするか。非凡に挑戦して万に一つ、起死回生とやらを狙ってみるかだけだ」
「ふ、ふざけるな!」
そう叫んだのはシアンリーではない。
彼女の取り巻きにいた騎士だ。
うん、なんか見たことあるな。
試練場にはいなかったはずだよな? 見ただけで他の奴よりも実力が数段落ちているのがわかるぐらいだし。
「誰だ?」
「だ……誰だと⁉」
「ああ、いや、姫様の護衛だな。で? なにか?」
「我々はシアンリー王女の護衛のためにいる! 貴様の無謀な作戦に付き合う必要はない!」
「好きにすればいいさ。賭けられているのはお前らの国であって俺の国じゃない」
「くっ……」
「いまの俺の立場は傭兵だ。雇われ者の戦場の犬だ。だから雇い主の命令は聞く。千の兵を渡されてここへ行って損害を与えてこいと言われた。それを実行する。やり方までは命令されていないし、お前らは雇い主の部下ではあっても雇い主ではない。俺に命令する立場ではない」
ていうかこいつら、戦場でよくもこんなにのんびりと議論ができるもんだよな?
バカなのか? バカなんだろうな。
「で? どうするんだ? ここは一応、帝国軍の本隊の目からは届かないところだが監視の目はそこら中にある。いまは俺がやらかした後だから警戒しているが、連中もここに部隊が居座るとなれば無視もできなくなる。バカみたいになんの準備もしない奴らを放置するほど、連中が同じぐらいにバカなことを祈るのか?」
俺がそう言うと、顔は知っているが名前は知らない騎士が慌てた様子でシアンリーを見た。
「姫様! ここは移動しましょう。これは戦の常道ではありません!」
「……いえ、残ります。ここに陣を敷きます! 防衛の準備を!」
「なっ!」
「正気ですか⁉」
「……普通のやり方では我が国に勝機はない。それは事実です。そしてこの部隊の指揮権はダンゲイン伯にあるのも事実」
「しかし、ここで御身に何かあっては……」
「わたしは座して亡国の姫になるのが嫌で戦場に来たのです。ただ逃げるなどありえません!」
シアンリーの覚悟の言葉が兵士たちに伝播していく。戸惑っていた顔が徐々に引き締まっていくのを見て、こういう戦意高揚の演説は俺にはできないなと自覚する。
貴族になったのだし、俺も習った方がいいのかね。
「では、陣の準備をしましょう」
「ああ、待て待て……」
そしてついでとばかりに指揮権を奪っていきそうなシアンリーに俺は待ったをかける。
「ここに居座るとは言ったが陣を張るとは言ってないぞ」
ていうか、そんなものを作ったって敵が潰しにきたらあっという間に終わりじゃないか。
この戦場に来たのは成り行きと思い付きだが、どうせ戦場に来たのだからやっておきたいこと、試しておきたいことはやり切らせてもらうつもりだ。
「では、どうするつもりなの?」
「こうするつもりだ」
【上位召喚】・土精王
敵の本陣が砦化しているのを見て思ったのだ。
ならこちらも新しい要塞を作ってみたらどうなるのか、って。
「なっ……」
変化とともに揺れていく地面にシアンリー他が翻弄されている。さっきの文句騎士なんて鎧の重さに振り回されてすっころんだ。
俺たちを囲むように地面がせり上がり、円蓋状の建築物へと変化していく。さすがに頭上の全てを覆うことはできないが、頂点に穴を開けた卵みたいな形にはできた。
そして土精王の魔力によって作られたこの土壁はそこらの城壁よりもはるかに強固だ。
「さあ、要塞二つの籠城戦といこうか」
『庶民勇者は廃棄されました2』の発売日がオーバーラップ文庫のサイトにて発表されました。
10月25日発売です。
EXエピソード他、色々と加筆修正していますのでお楽しみに。




