251 新米伯爵はやり放題 11
この国の第五王女に捕まって王城に連れていかれました。
「ふむ……予定通りだな」
嘘だ。
「嘘っすよね?」
「間違いなく嘘です」
シビリスとノアールが口をそろえる。
「そもそもこの国なんて滅んだって関係ないと思っていましたし」
「え⁉ マジっすか⁉」
「マジですよ。それが一体、どこで考えを変えてしまったんでしょう?」
「うん? 俺はまだ何かするなんて言ってないが?」
「何もする気がないなら黙って王女に従うわけがないじゃないですか。迷宮を出たところで逃げることだってできたでしょう?」
「むう……」
その通りではあるんだが……。
風神の影との会話をこいつらは知らないしな。
それを説明するのもなんだか面倒だしな。
「ちょっとだけ延命の手助けをするだけだ。資材が集まるまでな」
「美味しい話もないのに気が変わるなんて珍しいですね」
「……まっ、それもこれも、ここの連中が受け入れる気があれば、だけどな」
「そうですねぇ。どうなりますか」
「だ、大丈夫っすよ! 絶対!」
俺とノアールはどうとでもなると思っているから平気だが、シビリスはそう思えないので青い顔だ。
俺たちは王城の一室にいる。
牢屋でないのは、俺が貴族を名乗ったからだろうか。庶民と貴族でこんなにも扱いが違うのか。
なんたる差別。
しかし、いまはそれよりも、シビリスがうざい。
「お前もランダルス公爵の後見があるんだからもっと堂々としてろよ」
「あの人たちに迷惑なんてかけられないっすよ」
「迷惑かけた分、ちゃんと返せばいいだろう」
「あの人たちへの恩義の返し方なんてわかんないっすよ!」
頭を抱えるシビリスにやれやれと息を吐きかける。
「いや、もう恩の返し方はあるんじゃないか?」
「え?」
「あの第五王女。お前に惚れてるだろ?」
「はっ!?」
あの女の俺への食って掛かり方は対抗心からだ。
シビリスが俺に兄貴兄貴とすり寄っていくのが気に入らなかったのだ。
暇をつぶしている間に話を聞いたが、《聖戦士》として太陽神神殿で修業をしていたシビリスをシアンリーが声をかけ、彼女の《騎士》修行の仲間入りをさせられたのだという。シビリスとしても試練場を修行の場として使えるのならそれにこしたことはなかったのだろうが、
「嫉妬深い第五王女だ。なんに使えるのかは知らんが、あの爺さんなら使い方ぐらいすぐに思いつくだろう」
「……また、スケコマシに戻れと」
それはそれで嫌だとシビリスが頭を抱える。
《聖戦士》として風神の試練場の奥にまで辿り着く実力を身に着けたというのに、顔だけしか認められないのは、まぁ、辛いわな。
「頑張れ」
「うぅ……」
とはいえ、なにかしてやれることも思いつかないのでそう言うしかない。
ランダルス公爵家の恩への返し方なんて他にもあるだろうから気にすることはないんだが。
助言してやるべきかどうかと考えていると、ノックの音が響き、ドアが開いた。
やってきたのはミリーナリナだった。
「ルナーク様! シビリス様!」
「ミリーナリナ様!」
血相を変えてやってきた深窓の令嬢にシビリスの顔が紅潮する。
ああ、やっぱりまだ惚れてるのか。
そんな彼女はシビリスを通り過ぎて俺に怒る。
「ルナーク様、一体どうして……許可証ならすぐに発行しましたのに」
「むしゃくしゃしてやった。反省はしていない」
「もうっ!」
子供らしい反応をするミリーナリナが意外だったから驚いた。俺よりも彼女を見ているだろうシビリスにしても意外そうだった。
「まぁその詫びだ。例の件、君の祖父さんが俺の注文を揃えるまでは手伝ってもいい」
「え?」
「それも、ここを出られたら、だがな」
「あなた、どうしてここにいるの⁉」
開きっぱなしだったドアから入ってきたのはシアンリーだ。鎧を脱ぎ、王女らしい衣装を身にまとった彼女だが、その目はミリーナリナへの嫌悪を隠していない。
「我が家が彼らの身元保証人ですから迎えに来るのは当然です。祖父もすでに自領から発っていますので」
「ふん!」
冷静に受け流すミリーナリナにシアンリーは不満げに目をそらし、そして俺を睨んだ。
「ダンゲイン伯爵、父上がお会いになるそうよ」
「ふむ」
「待ってください。祖父がすぐに来ますので」
「自領からでしょう? それまで王に待てというの? 公爵が?」
「それは……」
「いいぜ」
「ルナーク様……」
ミリーナリナは俺を部屋の隅へと引っ張っていく。シアンリーが何かを言いそうになったが、シビリスのケツをひっぱたいてあいつの前に行かせるとちゃんと足止めの役に立った。
「ルナーク様、このままでは危険です」
「なにが?」
「あなたのおっしゃる通り、この国の敗北は近いです。そのため、陛下はあなたに何をやらせるかわかりません」
「俺が言われるままになると思うか?」
「そうですけど」
「俺の気に入らないことが起これば、この国の寿命がさらに短くなるだけだ。そうだろ?」
「そうですか?」
うーん。どうも俺の実力を軽く見ている気がするな。
ただの《勇者》だと思ってるのか?
そういえば、そもそもこの子の前では実力を見せてないしな。
祖父の方はどう見てるのやら。
「まぁ見てろ」
そろそろシビリスが抑えるのも限界だろう。
俺はミリーナリナの肩を叩き、シアンリーのところに戻った。
「さあ、行こうか」
ミリーナリナとシビリスの同席は認められなかった。
もちろん、ノアールも。
案内されたのは広めの応接室だった。
そこにいたのはすでに座っている者が老人一人、その後ろで立っている若いのが二人。護衛が三人。
「こんばんは、ダンゲイン伯爵。代替わりされたとは知らなかったよ」
座っている一人が口を開いた。
「つい最近のことでして、この情勢ではご存じなかったとしても仕方がないことかと。お初にお目にかかります。アストルナーク・ダンゲイン伯爵です」
「そうか。余がファランツ王国国王エンディスである。座ったままで悪いが、最近は足腰が弱くてね」
「こちらはすでに無礼をしている身。構いませんとも」
「後ろにいるのは余の子たちだ」
「第一王子のワンバースです」
「第二王子のデロイトだ」
若いとは言ったが、それは老人と比べての話だ。二人とも髭を生やしたおっさんで、俺よりも年上なのは確実だ。
見た感じ、第一王子のワンバースは父親について政治を行い、第二王子のデロイトは騎士団を率いているというところか。
「それで……ダンゲイン伯爵はどのような用向きで我が国へ?」
ふむ……そこから始めるのか。
悠長な。
そう思いながら、俺は素直に引き継いだ領地の発展のための資材を買い付けに来たことを話した。
「ふむ……わざわざ伯爵にとって危険であろうグルンバルン帝国を通過してこの国にかね? ランダルス公爵の手腕は知っているが、それにしてもちと無謀ではないかね。単身で来るのはともかく、そんな大量の資材を持ってどうやって帰る気なのかね?」
「そこは独自の秘密ということで、ご容赦いただきたく」
当たり前の疑問を投げかけてきたが、そこまで馬鹿正直に答えてやる義理もない。
俺が軽薄な笑みで王の質問を受け流すと、二人の王子は変化の差こそあれ不満を見せた。
「なるほど、では、その件に関しては一つ、質問に答えてくれることで見なかったことにしよう」
「それはどうも。……それで?」
「君は噂通りに雷の《勇者》アストなのかね?」
「その件に関しては我が女王もお認めになっておりますし、国内の大神官も同様です。ご懸念なら貴国の大神官に【天啓】をご命じになられればよろしいかと」
「ふむ……」
王が何かを考えるように黙り込む。
ここで斜に構えて場を掻き回すのがいつもの俺なのだが、王は値踏みに忙しく、二人の王子も難癖をつけてはくれない。
かといって自分が売るのもばからしいし、真面目に戦力を売り込む気もない。
俺が考えていることをこちらが提案すればバカにしているのかと言われるだけだしな。
だから俺は、向こうが提案してくれるのを待つしかない。
なに、そんなに焦る必要もない。
《勇者》に裏切られた国だ。
だからこそ《勇者》の怖さも知っているのだから。
『庶民勇者は廃棄されました2』の刊行に向けて加筆修正中です。
色々とエピソードが変化していますのでどうかお楽しみに。
また、まだ一巻を購入しておられない方は下のリンクから各種サイトに移動できますのでこれを機に是非。




