25 難敵を屠る事
「おいっ、どうやって近づきゃいいんだよ!」
戦斧を構えたダンテスの悲鳴がこの魔物のいやらしさを端的に物語っている。
無数の触手に覆われた奇怪な軟体生物は全体からぬるりとした粘液を吹きだしながら迫ってくる。
「あの粘液は麻痺毒だ!」
「げぇ」
ケインの助言で余計に近づけなくなって、ダンテスは仰け反る。
おれたちがいまいるこの紋章だらけの部屋は行き止まりとなっていて、出入り口はローパーの背後にしかない。
つまり、あいつを倒さなくては出るに出られない状況となっているのだ。
毒と触手の量にダンテスは近づけなくなっているし、ケインも初めて出会う本物のローパーに記憶をうまく引っ張り出せていないようだ。ステンリールも小弓を構えているが、自分に注意が向くことを怖れている。
初見の、しかも普通の連携が使えない強敵に動き方を決められなくてまごついている。そう見えた。
それはおそらく、おれたちが原因でもあるだろう。
回復役への信頼感がないことが、一線を踏み越えることを躊躇させているのだ。
それなら魔族がいるのを確認したときに撤退を選ぶべきだったのかもしれないが……まぁ、しかたない。
【風弾】
近づこうとしたローパーにおれは風の初級魔法を当てて、足を止めさせた。
「テテフィ、全員に毒耐性上昇を。あとはダンテスの回復に専念。毒が通ったかどうかを見逃すな」
「あ、はいっ!」
呆然としていたテテフィの背中を押し、おれは次々と指示を飛ばす。
「ダンテス、突っ込め。繋ぎ役はおれがする。ステンリールは弓での牽制を、ケイン、こいつは風属性の魔法で粘液を後ろに散らせることを優先させろ、こいつは生態的に警戒中は粘液を止めることができない。つまりこいつは……」
「戦っている間は水分を急速に失い続けている、だね。わかった。みんなルナーク君の指示に従え」
そう。
ローパーは近づけば毒があり、無数の触手にある牙は噛みつけば鉄の鎧にも穴を開けられるという非常に厄介な魔物だが、弱点もちゃんとある。
その一つが、持続力がないというものだ。
全身から麻痺毒入りの粘液を出し続けているため、それを生成するために水分やその他の成分を急速に消費し続けなければならないのだ。
水分を消耗させるには火属性の魔法が一番良いのかもしれないが、近くで戦っているダンテスへの被害を考えれば風属性の魔法で乾燥させるのが安全で有効、ということになる。
火属性の上位魔法【局所炎熱】や水属性の上位魔法【体液強奪】が使えるなら話は別になるが……。
ああ、後は。
付与・【火炎】
「おお!」
自分の持つ戦斧がいきなり燃え上がり、ダンテスが驚く。
おれが火属性の初級魔法【火炎】を戦斧に付与したのだ。水分の多いローパーが相手なら炎上することはないだろうから、これで切り口を焼くというのも有効な手段だろう。
「こいつはいいぜ!」
ダンテスが豪快に笑いながら戦斧で触手を断つ。
その体格や立ち居ふるまいからもっと大雑把な戦い方をするのかと思ったが、あれでなかなか慎重だ。
触手の最大距離を見切り、その懐に迂闊に入り込まないようにしながら避けられる攻撃は確実に避け、あるいは受けてもいい攻撃なら防具で受け、流している。
彼の篭手は特別ゴツイ作りになっているが、それは盾代わりをしているからもあるだろう。
自身がパーティ内での盾であり火力であると自負し、それを実現している。
彼は一流の戦士だ。
だがそれでも……。
「おう……」
ダンテスが突然に脱力し、膝を付く。
毒耐性が完全ではない以上、こういうこともある。空気中に拡散した麻痺毒が気管に入り込み、魔法による毒耐性を貫通したのだ。
好機を見逃さないローパーはダンテスを食わんと接近する。ステンリールが矢を、ケインが魔法を放って注意を引こうとするが、ダンテスを最大の脅威と見据えたローパーは止まらなかった。
「テテフィ! 解毒!」
おれは彼女に解毒摩法を呼びかけながらダンテスに駆け寄り、彼の首根っこを掴むとテテフィの方へ引っ張り投げた。
宙に浮くほどは力を入れなかった。ゴロゴロと転がったダンテスにテテフィが駆け寄り、解毒の魔法を試みる。
その間の相手は、おれがする。
おれは死んだ冒険者からもらった方の剣を抜いた。
哀しいかなおれががんばって稼いで買った中古の剣よりこっちの方が質がいいのだ。
とはいえ、いきなり全力で相手をするわけにもいかない。
おれは近づいてくる触手をざくざくと切り捨て体液を流させることに集中する。
「こん畜生が!」
麻痺から回復したダンテスが吠える。
その頃には諸々の努力の結果、ローパーはかなり弱っていた。
「とどめ、いけるか?」
「まかせろ!」
おれの呼びかけにダンテスが答え、戦斧を振り上げて迫ってくる。
【獣轟断】
雄叫びとともにダンテスが放った特殊攻撃は、短くなった触手を抜けて本体に届き、両断する事に成功した。
動かなくなったローパーに次はなにをするのかといえば解体だ。
だが、これに関してはおれに知識はほとんどない。
なにしろ試練場での魔物は倒せば跡形もなく消えてしまうのだ。魔物の素材を集めたければ、天然の魔物を探すしかない。
魔物の素材は様々なことに使用できるので需要も多い。
「ローパーから取れるのはやっぱりこの麻痺毒だね」
おれが試練場育ちで解体には詳しくないというと、ケインが教えてくれた。
彼は専用の手袋と液体を採取するための瓶を背嚢から取りだすと、触手にまとわりついた粘液を絞るようにして瓶に入れていく。
「僕も戦うのは初めてなんだけど、毒耐性を上げてもかかってしまうような強力な麻痺毒だからね」
「なるほどなぁ」
専用の手袋がないので麻痺毒取りはケインたちに任せ、おれは周辺を警戒する。テテフィは耐性上昇の魔法を連続で使ったことや戦闘の緊張で放心状態だ。あのまま休ませておいた方がいいだろう。
さて、このダンジョンで気をつけるべき脅威は魔族のみとなったのか。他にもあるかもしれないし、できれば件の魔族とつぶし合ってくれていると嬉しいのだが。
そう思いながら再び操作盤に目を向けると気になる動きがあることに気付いた。
もう一つあった大きな動きが、方向を変えてこちらに向かってきているのだ。
戦いの音を聞かれたと考えるべきか。
操作盤に乗っている紋章の列がこのダンジョンの全てだと考えると、ここはそれほど広くないということになる。となればそういうこともありえるか。
やばい……か?
ローパー相手で疲労の様子を見せる彼らだ。予想通りなら魔族はローパーよりも強いということになる。
この連戦はまずいと考えるべきだ。
しかし、どうやって彼らに接近が近いことを報せるか?
どうやっておれがそれを知ったかと聞かれたときにどう答えるべきか?
さきほどまでの戦闘は途中の会話でいった設定を逸脱したものではない。
だから今回も、設定を逸脱しない方法で伝えられないものか。
その瞬間、おれは閃き、その場で俯せになると床に耳を当てた。
以前に盗賊がこうやって足音や振動を拾って魔物の接近を感知したことを思い出したのだ。
こっそりと紋章を展開し、感覚を強化する。
よし、聞こえた。
「おい、なにかやばいぞ!」
おれはなんとか、それを伝えることができたのだった。
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