249 新米伯爵はやり放題 09
風神の影はどっちつかずな笑みを浮かべて俺を見ている。
「それにしても、君はなかなか粘るね」
「あん?」
変なことを言う。
「いやいや、《天》位を得た段階でもう感じていたと思うけれど《神》位になると決定的でしょ」
「なにが?」
「退屈さが、だよ」
「…………」
「我々は力によって存在を昇華させていく。だから本質的に騒動や争いを好む。それなのに地上には試練場ほどの戦いはないし、敵は弱いばかり。だから、退屈だったでしょう?」
「…………」
「そして自分と同格の敵が万全を期して待ち受けていた。久しぶりに燃えただろう? 楽しかっただろう? 小手先の技を覚えるだけの毎日なんか相手にならないような、自分の心臓を握られているような緊張感がたまらなかったんじゃないのかい?」
まるで自分のことのように風神の影は興奮している。
「そしてそいつを乗り越えた! 結果として《神》位を得た。混沌粒子を握りしめ、創世級の武具を作り出し、紋章の秘奥を覗き見た。もはや君に比する存在など現代では月の彼女しかいないだろう」
おおう、言い切られちまったよ。
そうか、もう《天》位とか《神》位とか持ってるのはラーナだけなのか。
「……やる気を削ぐようなことを言うなぁ」
「ははは! すまないね。でも、だからこそわかっているだろう? もはや君は、この世界においては挑む者ではなく、挑まれる者なのだよ。人の物語においては君こそが倒されるべき存在だ。だが、倒れるはずがない。《王》位が何人でかかろうと《神》位にかなうはずがない。力だけの問題ではない。経験の問題だ。資質の問題でもある。いやいやつまりは結果の問題ということだね。真なる試練場に辿り着くこともなく、辿り着いてもあんな結果しか出せないような者たちが、どうしてただ一人で試練の最奥に辿り着いた者に勝てると思うのか。あらゆる困難にただ一人で勝ち抜くことを証明した哀しき勝者に対して、挑むことからすらも目をそらした者たちが勝てると思うのか」
久しくそんなことになっていなかったのか、風神の影とやらは自分の言葉に振り回されるように目を血走らせる。
しかし同時に「うん?」と思う部分があった。
ただ一人で勝ち抜く?
おおむねの部分でその言葉は合っ
ている。
だが、最後の試練で俺はラーナと共闘した。
それは一人で勝ち抜いたとは言わないだろう?
太陽神の試練場があんな内容だったように、俺にとっての地獄ルート、風神の影にとっての真の試練場というのは同じ内容ではないのかもしれない。
「力を合わせて悪を討つ? 一見すれば素晴らしい言葉に聞こえるが、その実、使いようによっては多数派になれない者に存在する価値はないと言っているようなものだ! 一人にもなれないようなそんな連中が! この世界で選ばれた者ぶっているその様は、まさしく無様! 無様としか言いようがないね‼」
「どうした? 大丈夫か?」
「ああ……すまないね。ちょっとばかり昔の怨念に火がついてしまったよ」
「怖いわぁ」
「恨みや負の感情を忘れるというのも一つの素質だが、もしもその素質があったら我々はこんなになっていたかどうか、疑問だね」
「まぁ、それは認めるな」
「強さを求め、そして恨みを忘れられない。だからこそ、奴が弱いことが許せない。そうだろう?」
奴……ユーリッヒ。
まさしく、そうだ。
「彼は弱い。いや、彼だけではないね。《太陽王》になろうと、《魔導王》を味方に付けようと、いまだ南で沈黙している《武王》を味方に付けようと、すでに《神》位を得た君の前では哀れな存在にすぎない。だからこそ奴が強くなるのを待っている。自分が恨むに足る存在になるのを待っている。だけど……」
そう。
だけど……だ。
「いまの君は彼らが強くなる速度を凌駕して強くなる手段をもう知っているね?」
「……だな」
それはつまり、地下迷宮のことだ。
紋章によって構成された地下迷宮型魔法陣……その目的は神力の生成。
魔力でも仙気でもない。その上の質を持つ力。それが《神》位に昇った者が手にする力。神力だ。
竜どもはその力を得るために仙気を練り修行を続けていた。人間よりもはるかに長い寿命が修行による到達を可能にする。
だが、竜ほどの寿命のない魔族も含めた人間種にその方法は不可能だ。人間よりもはるかに寿命の長いエルフたちでさえ足りない。そのため称号というシステムによって寿命内に辿り着ける可能性を持つ者を選別し、さらに試練場という場で鍛え、さらなる振り分けを行う。
「《王》位を得た者たちの役目はこの世界の安定だ。今まで通りに人間種を神に至る種として維持するように、この世界の平和と争いを調整しなければならない。今は少し争いに寄りすぎている。このままではいずれ文明が後退するので、少しばかり平和に寄らせなければならない。そういう意味ではタラリリカ王国がやろうとしていることは正しいだろうね」
「そりゃどうも。神様のお墨付きだな」
「成功するかどうかまでは知らないがね。いまの《王》位持ちたちは、皆凶暴だ。それに、この世界の方針そのものに異議を唱えている存在もあることだし」
「へぇ……そいつはどこに?」
「いずれわかるだろうさ」
「もったいつけるな」
「何もかもを知っている必要はないさ。それだとただでさえつまらない人生がもっとつまらなくなる。だから、これだけは保証しよう。君にはまだ刺激ある未来が待っている。水面に石を投げ打つ前に、波紋となってカルパを進む先にも、人生が終わる時まで神生が果てるまで、君の未来は火色に明るいよ」
「はっ!」
そいつは楽しみだ。
「そいつを聞けただけ、ここに来た甲斐はあったってことかな?」
「ああ、だからどうか。彼女の願いを少しばかりかなえてあげて欲しいね」
「あん?」
彼女だって?
「もしかして、ミリーナリナか?」
「……そうだ」
「なんで?」
「だって……」
「うん?」
「だって彼女、可愛いじゃないか」
「…………」
少年のように頬を染めてそんなことを言う風神の影に、俺はとてもさめた気分になった。
『庶民勇者は廃棄されました2』の刊行に向けて加筆修正中です。
色々とエピソードが変化していますのでどうかお楽しみに。
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