248 新米伯爵はやり放題 08
ザルドゥルは相変わらず顔の傷が治っていないのか、半面を革製の仮面というかでかい眼帯とでもいおうか、そういったもので覆っている。目の部分に宝石のような物が組み込まれているので、魔法的な能力も付与されているのだろう。
「で、いまさらこんなところに何の用だ?」
「……できれば君たちのように俺もなりたいと思ってね」
なるほど。
太陽神の試練場でユーリッヒはその奥へと導かれ、あのわけのわからん闘技場みたいなところでのさばっているだけで《王》位を得た。
理不尽なと思わないでもないが、のさばっていただけだから《王》位なのかもしれない、と考えることもできる。
では奴にも、あるいはあの場で《天》位に達する目は合ったのか?
わかるはずもない。
「で、ここでもたもたしていたらこいつらにあったわけか?」
こいつら、シビリスとその仲間たち……その仲間たちはもう死んでしまっているようだが。
「君の知り合いとはね。あまり男の友情に興味はなさそうだったけれど」
「友達は選ぶさ。で、こいつは別に友達じゃない」
「あ、兄貴」
ていうか、なんで兄貴と呼ぶ?
そして切なそうに俺を見るな。きもい。
さて……それにしてもこの状況はどうしたもんかな?
「ここでお前を捕まえたらここの国王には感謝されそうだな」
「俺を殺したところでユーリッヒは何とも思わないぞ。今の俺の力なんて、ユーリッヒはにとって大した価値はない」
「そんなに自分を卑下すんなよ。仮にも《勇者》だろうに」
それに、殺すなんて言ってないんだが?
「ふっ……《勇者》の枠から抜け出せない俺なんて、もはやあいつのために尖兵をするぐらいしか用はないよ」
なんだかすごくひがみ根性が付いてるな。どうした?
「ユーリッヒに冷たくされたのか?」
「あいつがそんなことをするはずがないだろう。ただ、自分の不甲斐なさに嫌気がさしているだけさ」
「ああそうかい」
仲違いとかしてくれてたら面白かったんだがな。
とはいえ、さて……ほんとにこれはどうしたもんか。
「兄貴! あいつはこの国の裏切者なんでしょう? 捕まえましょう!」
シビリスが一人やる気になっているんだが、俺はその気になれない。
そしてこいつ一人でどうにかできるわけもなく、俺が動く気がなさそうなのが分かったのか、ザルドゥルも愛用の弓を下ろした。
「前にも思ったんだが、お前はユーリッヒの味方をする俺を敵だとは思っていないのか?」
「うん? ああ、いまここで殺意を向けてきたら殺すか痛めつけるかはするぞ」
「……では、いまは? 本当に俺をこの国に引き渡すのか?」
「ええ……」
めんどいなぁ。
タラリリカ王国の城の中でもそれなりにめんどいのに、なにが悲しくて他国の王の顔なんて見に行かないといけないのか。
「滅びそうな国に恩を売ってなんか得ってあるのか?」
「それはつまり、この戦争で俺たちが勝つのを見過ごすというのか? では、なんのためにここにいる?」
「そんなん素直に言うわけないだろ」
「なんなんだお前は?」
なんだかよくわからんが、ザルドゥルが混乱している。
「お前は、俺たちの敵なんじゃないのか?」
「お前らの敵じゃない。ユーリッヒの敵なだけだ」
「それはつまり、俺たちの敵ってことだ!」
そうともいうかもしれない。
だが、それがどうした?
「こんなところでお前に闇討ちみたいなことをしないと俺がユーリッヒに勝てないとでも?」
「なんだと?」
「なめるなよぼんくら王子。お前がいようがいまいが、俺にとっては大した問題じゃない」
そういう意味では、さっきザルドゥルが言っていたのは正確な自己評価ってことになるのかもしれない。
「どうせ噂通り《魔導王》も協力してんだろ? ならついでだ。この人類領で俺の敵になりそうなもんを全部お前らが集めればいいだろ。俺はそれを、全部叩き潰してやる」
「なっ!」
「まぁ、俺だって別にそこまで自意識が高いわけじゃない。俺を倒すなんてのが大義名分になるとは思えないが、だが、タラリリカ王国を敵に回すことを同意する連中は多いんだろうな」
なにしろグルンバルン帝国の騒動でうやむやになったが、その前まで魔族との交渉を秘密裏に進めるタラリリカ王国を滅ぼそうと画策していたんだからな。
「そいつら全員、お前らがまとめればいい。そしてそれを俺が叩き潰す。あいつの何年かの苦労がそれで吹っ飛ぶんだ。こいつは爽快だな!」
カラカラと笑って言い放つが、どうも昔ほどその言葉に熱意を感じていない自分を自覚している。
正直、もうユーリッヒなんてどうでもいいのかもしれない。
だからって仲直りできるかもなんて思うほど善人にもなれないので、敵対するなら叩き潰すだけなんだがな。
「へぇ、面白い」
うん?
「誰だ⁉ なっ!」
ザルドゥルが驚いて振り返……ろうとしてその途中で消えた。
「退屈を持て余す時期なんだけど、君はさらなる刺激を求めるのか」
「誰だお前?」
気配もなくいきなり現れた誰かは敵意もなく俺の前に立つ。
緑の髪を耳元でそろえた少年だ。
外見に目立った特徴はないのだが育ちのよさそうな出で立ちに商人のような笑みを張り付けているところが特徴といえば特徴か。
しかし、問題なのは見た目じゃない。
ただ者じゃないのはわかっている。
なぜなら俺の側にいるノアールやシビリスが、なんの反応も示さなくなった。
動いていない? 時間が止まったのか?
それとも別の空間にずらされたか?
「この迷宮の主人、風神……の影だよ」
「影?」
「あるいは水面に投げられた石のようなものかもしれないね」
「なんだそれ?」
「君がこのまま育てば辿り着く場所だよ。無理に答えを知る必要はない」
「そうかい。それで?」
風神。神か。
ラーナやリストは別にしてちゃんと神を名乗るような奴はこれが初めてだな。
「何の用だ。それとザルドゥルはどこにやったんだ?」
「話が聞こえて来てね。面白そうだったから、彼に次の試練を提供しただけだよ。彼の頑張り次第では昇華できるんじゃないかな?」
「試練って、あれか?」
「そう。あれだよ。まぁ僕の見立てだと《天》位はないだろうね。《王》位も危うい。最近生まれた重複加護みたいな変種ならいけるかもしれないね」
「ていうか、あいつがもしも《天》位になったりしたら、お前はどうなるんだ?」
少し前から疑問に思っていたことを聞いてみる。
俺が神になるのだとしたら、それはおそらく雷神だろう。
なら、その前に雷神だった奴はどうなるんだ?
あるいは俺はこの先、雷神の座をかけていまの雷神の戦ったりするのだろうか?
そんなことを思っていたのだが。
「そんなことにはならないよ」
風神の影はそう言って朗らかに笑った。
「そして僕もどうにもならない。まぁ、彼が風神にまで上り詰めたとしたら、ここの管理人の座は譲るだろうけど。僕はこの世界に残ったり、消えたり、まぁ自由自在だよ」
「なんだそれ? いい加減だな」
「いい加減だよ。だって神だもの」
そう言って風神の影は笑う。
「聖霊の数は色々あるし、それが神へのとっかかりとなるのは事実だけど、最後まで聖霊の属性に縛られることはない。万象の欠片を得るのは神への階を踏む資格でしかない。いずれは太極へ、そして混沌へ。神とは旅立つ者たちのこと。ここに残るのはあくまでもその影、あるいは波紋となるために投げ込まれた石でしかないよ」
「……よくわからんな」
「いずれわかるさ」
先輩面の風神の影にむっとはするものの、それを理由に突っかかろうという気にはならない。
好意も敵意もなく風神の影は言う。
こいつは元からそうだったのか、あるいは神になるとそれぐらいに摩耗してしまうものなのか。
想像すると、少しばかりぞっとした。
『庶民勇者は廃棄されました2』の刊行に向けて加筆修正中です。
色々とエピソードが変化していますのでどうかお楽しみに。
また、まだ一巻を購入しておられない方は下のリンクから各種サイトに移動できますのでこれを機に是非。




