244 新米伯爵はやり放題 04
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ファランツ王国はグルンバルン帝国とバラグランズ王国との間に挟まれている。バラグランズ王国が海に面していることから二国間の内陸貿易を仲介することで富を得ている。
とはいえさほど豊かというわけではない。
裏社会で有名なセルビアーノ商会の本拠がある国にしては地味だ。
戦時中ということもあってか街を行く人の姿は少ない。
とりあえず教えてもらった宿を探して向かう。
久しぶりに公爵からもらった上級会員の指輪をして受付に向かうと、指輪に目を走らせた職員が何も言わずに最上級の部屋に案内してくれた。
王都は地味だが、さすがに最高級の部屋まで地味ではない。
ていうか、ダンゲイン領の俺の部屋より豪華だ。
剣を外してベッドに放るとシーツに触れる前にノアールの姿となった。
大太刀竜喰らいを背負ったその姿にはなにがなんでも離さぬという執念が宿っていて呆れた。
「まだ喰えないのか?」
「ふふふ、さすがは神話級ですよ。手こずらせてくれます。でも、負けませんよ。かならずや屈服させてみますから」
とろんとした目でそんなことを言う。
もしかしてこれは武器同士の性的な戦いなのだろうかと勘違いしてしまいそうな顔をしている。
おおエロイエロイ。
まぁ、見ていても何も楽しくはないのだが。
「さて、軽く街を見てくるがどうする?」
ついてすぐに迷宮というのも味気ない。
観光がてら美味い物探しでもするかとノアールを見ると、白目を剥いてベッドに倒れた。
屈服するつもりがさせられたらしい。
「やれやれ」
小刻みに痙攣しながらベッドに丸まるノアールを見て、置いていくことにした。
通りを行く人は少ないが店が開いていないというわけではない。
ふと思い立って女たちへの土産を買おうと宝石店を覗き、ネックレスを選んだ。テテフィにサファイア、ラナンシェにルビー、ルニルにはエメラルド、ニドリナには真珠、リンザにはトパーズ、ラーナにはダイヤでそれぞれ作ることにした。宝石買って土産というのも味気ないかとファランツ王国らしい飾りにしてくれと頼んだ。
「あっ……」
なにか嫌な予感がして追加で赤と緑のガーネットで二つ作った。イルヴァンとラランシア用だ。
鎖は丈夫なものにしてくれとさらに頼んでおく。
渡す前に一つ二つ手間を加えるのもいいだろう。
ノアール? あの剣もらっといてまだ何か望むか?
「おい、お前!」
大量の注文を受けて大喜びの宝石商に見送られて店を出ると声をかけられた。
宝石を選んでいる間、店の外から様子を伺っていた奴だ。
そいつを見て宝石商は慌てて店の中に入っていく。
それなりに立派な鎧を着た男が四人。俺の退路を塞ぐように囲んでくる。
「なにか?」
「貴様、見ない顔だな」
リーダー格らしい無駄に背の高い金髪が俺を見下ろすようにして言う。
「この街にいる人間の顔、全員覚えてるのか? すごいな」
「なっ⁉」
動じない俺の物言いに驚き、そしてすぐに怒りに顔を赤らめた。
やだね。仕掛けてきたくせにすぐに顔を真っ赤にする奴って。
「貴様、名を名乗れ⁉」
「なんでだよ?」
「我々は騎士だぞ!」
「貴族の下っ端ってことだろ? だからどうした?」
「この国を守る騎士に向かってその態度はなんだ⁉」
「じゃあさっさと戦場に行ってそのお奇麗な鎧を血で汚してこい」
「ぐっ!」
「戦時に安全な場所できれいな鎧を着ている奴が国の犬を名乗るのか? お前ら詐欺師の類だな」
「無礼者が!」
おう、もう剣を抜いたぞ。
「その口の悪さを呪うんだな」
通りをわずかに歩いていた人々はうるさく騒ぐ騎士どもに気付いて逃げて行った。
衛兵の類がやってくる様子もない。
ただ一台、通りかかった立派な馬車が止まった。
武器は……ああそうかノアールが気絶したから置いてきたんだったか。
「覚悟しろっ!」
前振りがうるさい奴らだな。
素人臭い動きの騎士どもが剣を振り上げると、俺はその場を中心にぐるりと動き、四人の手から剣を奪い取る。
そのついでに相手の指を砕いておく。
「あっ!」
「え?」
「なんっ⁉」
「あっ……ぎゃああ‼」
いつの間にか自分の手から剣が消えていたことに驚いた四人は、次いで自分たちの指が関節とは逆方向に曲がっていることに気付き、その痛みに悲鳴を上げた。
「おいおい、その程度の痛みで悲鳴上げすぎだろ」
地面に転がらんばかりに悲鳴を上げる四人に呆れた。素人か。戦闘中ならそのまま首を落とされてるぞ。
「おやおや? 戦場に行かなくていい理由ができたな? よかったなぁ」
「ぐっ……貴様…………」
「うん?」
「ひっ!」
俺があからさまに指をごきごきと鳴らすと騎士たちは狼狽した。
「そこまでになさってください」
馬車から下りてきた令嬢がそう声をかける。
声を荒げることを知らないかのような静かな声だ。
「なんだ貴様は!」
そう叫んだリーダー格の金髪が令嬢の顔を確認して凍り付いた。
「あ、あなたは……」
「アーゲンティル・ランダルス公爵の孫娘、ミリーナリナ・ランダルスです。騎士の方々、その方は我が家のお客人ですが、何か問題がありましたでしょうか?」
「い、いえ……」
「そうですか。では、ルナーク様、彼らに剣をお返し願いますか?」
「うーん?」
ミリーナリナに願われ、俺はさてどうしたものかと剣身の根元に刻まれたある物を見た。
俺の意図を理解したのか、彼女はにこりと微笑んだ。
「ご安心ください。家紋はすべて覚えましたから」
「ぐっ!」
騎士たちが呻く。
そう。
俺が見ていたのは剣に刻まれた家紋らしき刻印だった。全部が違ったのでなにか意味があるのだろうと思ったのだが、ここの騎士どもには自分の剣に家紋を打ち込む趣味があるのだろうか?
「後ほどそれぞれの家に使者を送らせていただきますので、その時に問題があれば申し伝えください」
ミリーナリナはほとんどの男が夢見心地に見惚れるだろう笑みを浮かべたのだが、騎士たちは絶望に近い表情となっていた。
その恐怖は公爵家という格にだけ怯えているのではないだろう。ランダルス家が怖い存在だということはファランツ王国内ではそれなりに広まっているということか。
俺はそいつらの前に剣を放り投げた。
どれが誰かのなんてさすがに区別していない。投げられた剣を無事な方の手で拾い、みっともなく逃げていく。
「では、行きましょうか」
「あんた、意外に怖い子だったんだな」
「そんなことはありません。あの方たちがただ愚かなだけです」
静かにそう言ってミリーナリナは笑うのだった。
6月25日に発売されました書籍版「庶民勇者は廃棄されました1」ですが、無事に続刊決定となりました。
とはいえ、長期続刊を期待するにはまだまだ販売部数が弱いとのこと。ですので、よろしければ購入による応援をお願いします。
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