240 女王の戴冠 05
ルニルアーラ・タラリリカの戴冠式はつつがなく終わった。
国外の使者がほぼいないという異例の事態であったが、戴冠式の華々しさは類を見ないものとなった。
まずは功績の面において、ゾンビ禍という異例の事態で滅んだランザーラ王国は王族でただ一人生き残ったタイタニス王太子によって申し込まれた降伏を受け入れた。
現在タイタニスは男爵の地位を与えられ、王家直轄領となったランザーラの代官として近々派遣される予定だ。
普通ならば反乱を危惧される人事だが、ランザーラの現在を知っている者からすればそんなことは不可能であるとわかっている。
そしてもう一つ。それは富だ。
新たな王の戴冠を祝い諸侯が祝い品を送るのは通例だが、今回新たなダンゲイン伯爵が送った品が話題となった。
こういう場合、爵位などで相場が決まっているものなのだが、ダンゲイン伯爵はそんなものを無視した金銀織物などの財宝を山と積み、さらに剣を一振り献上した。
その剣は目に覚えのある貴族が神話級かもしれないと脂汗を垂らしながら呟いたのだが、多くの者はさすがにそれはないだろうと乾いた笑いを浮かべた。
そしてそのダンゲイン伯爵が、かつて修行途中で行方不明となり二人の勇者によって死亡したと伝えられていた雷の勇者アストであることも発表された。
しかしそれらもまた、戴冠式を彩る一例でしかない。
最大の例外はほぼいないとされていた国外からの使者だ。
いいや、使者ではなく賓客だ。
その人物は魔族だった。
大魔王とも呼ばれ魔族を取りまとめる首長、ラーナリングインであった。
優美なエルフたちを引き連れた彼女の周囲は奇妙な空白地帯となっていたが、戴冠の儀を終えたルニルアーラによって魔族は敵ではなくともに栄える味方であることが伝えられた。
こうして戴冠式はつつがなく……つつがなくではないかもしれないが、無事に終わることができた。
「……に、してもずいぶん急に発表することにしたな」
城の一角。ラーナのために用意された一室で、俺はのんびりと彼女と酒をかわしていた。
「ルニルアーラ女王の申し出よ。どうせ戦いは避けられない状況なのだから、貴族や国民たちにはなじんでもらおうって」
「なるほどね」
「近々、魔族の物品を扱う商店を開くつもり。……しばらくは閑古鳥が鳴くでしょうけどね」
「そういうもんだろうな」
「それで、今夜はここにいていいの? これで正式に女王の愛人になったのでしょう?」
「愛人が初夜からでかい顔してたらだめだろう?」
「それなら、今夜はなに?」
「いや、ちょっとな」
「ちょっと?」
「いい加減、俺が何者なのか説明しとこうと思ってな」
「ああ……」
俺が誰か。
雷の勇者アストであることは発表された。
対外的にはそれでいいだろう。
だが事実はもっと進んでいる。
俺は地獄のような試練を潜り抜けて《天孫》という称号を得た。
最初は紋章術を使えるだけの特殊な称号なのかと思っていたが、そうではなかった。
紋章術は迷宮を作るための基礎となる力であり、そして迷宮とはそもそも力を生み出すための機構だった。
その力の果てに辿り着く先にあるのは、竜たちの言う天へと至る階梯……神となる道だった。
そして俺はいま、神となった。
とはいえいまだ現世に縛り付けられている程度の神ではあるが、その力はおそらくラーナ以外に匹敵する者はいないだろう。
そしておそらくだが、俺が辿り着くだろう境地のことをユーリッヒやシルヴェリアは気が付いている。
ユーリッヒが無事になり上がるのを俺が見逃すはずもないし、《天》位を憎むシルヴェリアが俺を放っておくはずもない。
いずれ来る戦いは、それはもう今までの歴史にないくらい派手なものになることだろう。
「関わっちまった連中に、せめても覚悟ぐらいはさせてやろうってな」
「優しいのね」
「うん?」
「わたしはそういうことを考えたことは一度もなかったわ。力を示せばそれでいい。付いてきたいものは付いてくればいい。敵対したければ敵対すればいい。道は見えている。後はあなたを待つだだったけ」
「待たせて悪かったな」
「いいわよ、勝手にやったことだもの。でも……」
「でも?」
「信じないだけならともかく、あなたを受け入れないとなったらどうするの?」
そんな問いかけをしてくるラーナを見て、俺はこの瞬間、彼女の弱さを見た気がした。
単純な戦闘力なら俺はいまだに彼女との間にある五百年の差を埋めることはできていないだろう。
だがラーナの心にはひどく脆い部分がある。
それは最初からそうだったのか。
それとも俺と出会ってしまったからそうなってしまったのか。
地獄ルートの孤独を耐えきったはずの彼女が、まさか五百年を経て孤独を恐れるようになっているなんて、誰が想像できるだろう。
「心配すんな」
俺はラーナを抱きしめた。
「敵になる奴は敵になればいい。離れていく奴は離れていけばいい。だが俺は、俺の味方でいてくれる連中を見捨てることはない。ラーナ、お前を見捨てることはない」
それは変わることのない俺の中の絶対的なルールだ。
「……ありがとう」
ラーナの手が俺の背中に伸びた。
やがて部屋にノックの音が響く。
ここに来るように言っておいた者たちが来た。
ルニルアーラを先頭にラナンシェ、ニドリナ、ノアール、テテフィ、リンザ、ラランシア……ラランシア、なぜラランシアがいるのか? いや、まぁいいんだけど。ついでだからハラストも呼んでやれ。
そんな感じで皆を集めて、俺はこれまでのことを話すのだった。
信じてもらえるかもわからない話を。
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