231 天の顕現 01
ノアールのことを考える。
よくよく考えれば、あれもなかなか理不尽な作りをしている。有機物だろうが無機物だろうが、捕食したものは全て自分の身としているのだ。
どんな動植物だってそれは同じかもしれない。食えば太るし成長する。だが、俺たちには食えないものがあるし吸収できないものは尿や糞で排出される作りになっている。
百パーセントの吸収というのはありえない。
だとすれば、蟲人のときからあいつがたまに口にする胃もたれだとか消化不良だとかは、吸収速度が追いつかないという能力の限界なのか、それとも吸収できない部分を排泄するための器官がなかっただけなのか。
俺が与えたあの能力は一つの答えになっているのか。
「カッ!」
手の中で鬼角ダルダンチュアが砕ける。
ランスと戦斧を組み合わせた歪な武器は、その大きさにもかかわらず、まるで砂の城を全力で蹴散らしたかのように粉砕した。
奴の聖霊刀綾衣は砕けなかった。
神話級を超える武器がそこにある。創世級か? 幻想級か?
どちらであれ神話級武器が内包していたエネルギーの暴走は空間の崩壊を引き起こし、虹色の闇が顔を覗かせる。
混沌粒子は蛍のように宙を舞い。破壊の暴風を存在しないもののように扱い、影響を無視してその場にとどまり続ける。
俺は、それに、手を伸ばした。
「カカカッ!」
ノアールに与えた能力はどんなものだった?
内在する余剰エネルギーを精霊王を召喚する魔力へと変質させ、あいつの得意技となった【王獣解放】を独自で行わせるもの。
魔力への変質は仙気をそれに変えるときのものを参考にした。
しかしあいつは、どれだけの質量を貯めこもうと少女の姿に変化はない。握る剣の重さに変化はない。質量はどこへ消えている?
つまりはこの謎が、あいつを再現できないゾ・ウーの苦悩に繋がるのだろう。
仮にそれを俺が紋章で再現するとしたらどうなる?
神々の試練場での財宝が、挑戦する者がいるからこそ誕生するのだとしたらどうなる?
魔物から武器を奪った時のあの理屈こそが真理なのだとしたら?
紋章展開・連結生成・打刻・【空即是色】
混沌粒子を握りしめた右手に紋章を打刻する。
その瞬間、爪の先を燃やし、肌を結晶化させ、骨を気体に変え、神経を凍り付かせていた混沌粒子の活動が止まった。
俺の手は元に戻り、法則の乱れが鳴りを潜め、虹色の光は俺に集まってくる。
それは一つになり、それはまばゆい輝きとなり、それは物質となった。
「カカカカカカカカカカカっ‼」
それは一振りの剣となった。
ようやく笑いが止まり、俺はリストを見た。
「やっぱ俺って天才だな」
「まったく……忌々しい男だな、君は」
「都合だけいい奴になる気はないんでね」
リストめ、俺が物質化を覚えることはできないと思っていたみたいだな。
余裕の顔が崩れて、俺を忌々し気に睨みつけている。
「予定通りにいかない男だよ、君は」
「他人の予定なんて知るか!」
リストが聖霊刀綾衣で技を放ち、俺はできたての剣で受け止める。
樹木に似せた柄とそれに落ちる雷のような剣身。
そうだな…聖剣大雷槌とでも名付けるか。
「らっ! いくぞ!」
「ちっ!」
聖剣大雷槌・【神器覚醒】・【雷帝】×十・重唱・属性上昇・属性超上昇・付与・【剣神斬華】・術技昇華・【聖天大雷】
聖霊刀綾衣・【神器覚醒】・【黒羽撃】×十・重唱・属性上昇・属性超上昇・付与・【裏式狂舞】・術技昇華・【死告天使】
創世級武器による超絶技が衝突する。
おおすげぇ。
神話級武器でもそうだったが、武器にも属性的相性が存在する。聖剣大雷槌は俺自身が作ったということもあって雷属性に対しての親和性がとてつもなく高い。
初撃の均衡なんて消し飛ばしてしまいそうなぶつかり合いは空間を破壊し、混沌粒子がこれでもかと溢れ出す。
「ふっ!」
「させるかよ!」
俺もリストも混沌粒子を獲得せんとその場に向かっていく。
紋章展開・連結生成・打刻・【空即是色】
奪い取った混沌粒子は俺の体にまとわりつき、衣となった。
戦衣若雷ってとこか。
強力な再生能力を宿す戦衣若雷は、リストが得た新たな装備によって周囲に撒かれた即死の霧を跳ね除ける。
「ちっ!」
「ははっ! こいつはもう、どっちが行きつくかの勝負だな!」
そしてまた超絶技が放たれ、空間が壊れ、混沌粒子が溢れ出す。
【空即是色】によって次々と混沌粒子が武具に変わる。
決戦具足裂雷・伏雷。
天魔杖剣炎雷。
業滅槍黒雷。
賢盾土雷。
八象銃鳴雷。
次々と俺の体は創世級武具で武装されていく。
それはリストにしても同じだ。
俺が新しい武具を手に入れるたびに雷の力を高めていくように、リストも死の力を周囲に満たしていく。
だが、奴の力はもはや俺には届かない。
死の聖霊の手は俺の命に届かない。
偽魂石は砕けない。
命を削ることもなければ、装備が壊れることもない。
奴の力がこの迷宮から外に出ればその被害は想像もつかないが、俺にはもはや届かない。
その事実を奴は認めた。
「……またしても、か」
「うん?」
「またしても、私は届かないのか」
おや、なにかトラウマを掘り返したみたいだな。
「ここまで来て! いまだに私を才能がないと嘲るか⁉」
リストの目が彼方を見始めた。
……ああ、これは本気でやばいかも。
俺はいまだに存在する均衡に目を向けた。
最初に比べればそれはすでに百倍ぐらいに膨らんでいるのではなかろうか。謁見の間なんてもはや形もなく、城さえもすでに跡形もない。
城の中で構成されていた迷宮は拡大するゾンビ禍によってランザーラ王国に再配置されている。
現在も侵食中だが、いまだに迷宮の中核……奴の不死の秘密には辿り着かない。
創世級武具で身を固めれば固めるほど俺たちの力も上がっている。細かい感覚の修正なんてできていないから均衡に供給する魔力もそれに合わせて上昇するのは止められない。
超エネルギーの周辺にはもはや何もしなくても混沌粒子が溢れており、あれが爆発したら一体何が起きるのやら……この辺りが地図から消えるぐらいで済むのならむしろ御の字かもしれないな。
「貴様らはっ!」
記憶の彼方と戦い始めたリストは現実を見ていない。
奴からの魔力の供給がぶれ始め、均衡が明らかに崩れ始めた。
太陽のように余波を吐き出しながら円球を作っていた均衡がぐにぐにと形を乱す。
「おい、目を覚ませ!」
さすがに焦った。
一発痛い目を合わせれば目が覚めるかと思って技を放ったが、リストは消滅と復活を繰り返して、そこに佇むのみだ。
くそ、死なない奴ってこういうときに不便だな。
タラリリカ王国が無事に済む確信がない。さすがに逃げるって選択肢はだめだな。
「くっそがっ‼ やるしかないかよ!」
紋章展開・連結生成・打刻・【空即是色】
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