23 ダンジョンを探索する事
裂け目の奥へと入っていくと、様相は完全に変わった。
切り出されたばかりのようなつるつるの石材によって組み上げられた床と壁。永続的な魔法の明かりが等間隔に天井で光っている。
とはいえその光は弱く、ときおり明滅している。
中に比べれば裂け目周辺の石材の劣化が格段にひどかった。
「劣化が始まっているね。やはり古代人の施設か」
「そういえば、古代人っていうのは、なんなんだ?」
おれは古代人というものをよく知らない。
ただの庶民だったおれには古代人がどういうものなのかなんて知るよしもない。そんなことを知る暇があったら野菜の世話の仕方を覚えろと言われてしまう。というか言われた。
勇者認定されてからも、覚えさせられるのは戦い方と魔族との関係のみだ。そのまま戦神の試練場に連れて行かれたので、おれにとってのダンジョンとはあそこでしかない。
古代人のダンジョンとついては、そういうものがあるという知識以外はなにも知らない。
「さあ、なんなんだろうね」
そういうことに詳しそうなケインが苦笑気味にそう答えた。
「人類領会議が誕生するよりも前の時代の、魔法がいまよりももっと多様に活用されていた文明……という以上のことはほとんどわかっていないみたいだよ。地上部分にはほとんど遺跡は残っていなくて、こんなダンジョンがときおり地下から発見されるだけだ」
「へぇ」
「ただ、出てくる魔法的な宝物は神々の試練場から見つかるものと似ているから、同じ神から影響を受けているのは確かだろうね」
そう言って、ケインは裂け目を撫でる。
「神々の試練場のような永遠の存在ではないようで、こうして破綻が起こると朽ちるまでの時間はけっこう早いんだ。このダンジョンの寿命もあるいは近いのかもしれない。そうなると、この辺りで大規模な崩落が起きるかもしれないね。戻ったらそのことも含めてギルドに報告しないと」
「報告する前に、お宝を根こそぎもらっちまわないとな」
「残っていたらいいけどね」
陽気に笑うダンテスと、それに苦笑するケイン。
そういえば、先に入った冒険者がいるのだったか。
眼前にあるダンジョンの光景は、おれが見知っている戦神の試練場と似ている。
正しき道を隠し、人を迷わせ、死の罠に誘う。つまりそれは、迷宮だ。
「先客はあっち側のルートを行ったみたいだ」
足跡を調べていたステンリールが戻っていた。
「どうする? 追いかけるか?」
「そいつらが正解のルートを行っているとは限らないんだろう?」
「そうだね。それに彼らの食べ残しをわざわざ漁る必要もない」
「なら、別の道を行くか」
そういうことになった。
「ところでルナーク君はダンジョンの経験があるのかい?」
先頭を行くステンリールが折り畳みの竿で床を叩きながら聞いてきた。
「どうしてそう思うんだ?」
「歩き方が堂に入ってる。感圧式の床の見分け方を君は知っているな?」
「……昔、戦神の神殿で教育を受けてね」
「へぇ……もしかして聖戦士候補として拾われたのかい?」
「まぁ、そんなところかな」
聖戦士というは称号の一つだ。上位の回復魔法や奇跡に加え戦士や剣士としての戦闘技術でも高いレベルを所有する、得難い称号だ。
奇跡が使えないから、おれは取得していない称号だ。
「あいにくと、神様と仲良くなれなかったから神殿からは追い出されたけどな。戦神の試練場で修行もしたからそのときに盗賊の技や魔法も覚えた」
……と、本当を混ぜ込んだ嘘を吐けば、ステンリールはそれで納得してくれた。
「なるほど。なら、もっと活躍してくれることを祈るよ」
「おれの出番なんてあるのかい? あんたたちは三人で十分に強いと思うけど?」
こんな話をしている間にもステンリールは罠を一つ見つけ、そこに印の色石を置いていく。
色の種類でなんの罠かを示しているようだ。
彼らはとても有能だ。
「ん? 待て」
ステンリールが待ったをかけ、皆の足が止まる。
「どうした?」
「別の足跡だ。さっきの連中とは違う」
「なんだって? 他にも先客がいるのかよ」
ダンテスが大いに嘆くが、ステンリールの表情の険しさにはそれ以上の物がある。
「ステンリール、他にもなにかあるのか?」
「足跡が気に入らない。……これは、人間のものか?」
「おいおい、魔族だってのか? ここは人類領だぞ?」
ダンテスが笑い飛ばそうとするが、ケインは違った。
「とはいえ、方法がないわけでもない。このダンジョンに入るための転送施設のようなものが魔族領にあるのかもしれないし……あるいはもっと原始的に。ステンリール、その足跡を遡って見てもらえるか?」
「わかった」
ケインの決定にステンリールはあっさりと頷き、ダンテスも文句を言わなかった。
やがて、おれたちの前には新たな裂け目が姿を現わすことになる。
「入り口は他にもあったって事だな」
「けっこう奥まで続いている。おれたちが来た方とはかなり違う。ちゃんとした洞窟があるみたいだ」
裂け目を覗き込んだステンリールの報告にケインは難しい顔をする。
「ステンリール、さっきの足跡が魔族と思った根拠は?」
「一人の足の形だ。靴を履いているが、その形が違う。全体的に幅広で、楕円形をしている。そんな足で靴を履くような種族といえば……」
「ドワーフだね?」
「ああ」
「ちっ、冗談じゃねぇな」
二人が出した結論にダンテスが唾を吐く。
「せっかくのお宝探しが魔族退治に様変わりかよ。おもしろくねぇ」
そう言いながら、手にした戦斧に込められた力は並のものではなく、鉄の柄がぎりぎりと音を立てていた。
「よし。ならステンリールはできるだけ連中の足跡を探ってくれ。ダンテスと僕はいつでも動けるように準備しておこう。……君たちも戦うつもりで頼む」
ケインが硬い表情でおれたちを見る。
優男ながら有無を言わせない雰囲気を込められ、テテフィは緊張した顔で硬直してしまっている。
おれとしては、違和感だらけだ。
「なぁ、聞いていいか?」
「なんだい?」
「どうして魔族退治にこだわる? ここを探るときの危険が増えたからってだけじゃなさそうに見えるけど?」
ステンリールが足跡の不審を見出してからのケインに迷いはなく、魔族と判明してからはダンテスもあっさりと宝を諦めた。
熟練の冒険者なのだから、そこら辺の割り切りは生き残るための必須技能だと言われればそうなのかもしれない。
だが、方針を魔族退治に切り替える必要がどこにある?
そこに感じるのは冒険者としての臨機応変さではなく、なにか別の使命感のようなものがあるように見えるのだ。
そんなおれの質問に、ケインはじっとこちらを見た。
そして少し、微笑んだ。
それはおれを哀れんでいるようにも、あるいは自嘲の笑みのようにも見える。
複雑で、そして影のある微笑みだった。
「……君は、大要塞に行ったことは?」
「いや、ない」
「それなら、いずれは行ってみるといい。そうすれば君にもわかるようになる」
ダンテスもステンリールも変わらない。
彼らも揃ってさきほどとは違う影を含み。テテフィが不安でおれの袖を掴む。
「魔族への憎悪がね」
果たしてそれは冒険者にとって必要なものなのだろうか?
彼らのぞっとする決意を見ながら、おれは首を傾げるのだった。
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