229 西より天騒ぐ 09
死の聖霊について考える。
触れれば死ぬような強力な力を持つ聖霊。
それに見初められた勇者。
現実的に考えて、そんな奴が本気で活躍していたら人類領は魔族との戦いに勝利していただろう。
だが、現実にはそんな歴史は存在していない。
そしてラーナにも敗北している。
死にはしなかったようだが。
「つまり、いまのこいつの力はいまこのときに完成した……ってことだろうな」
追いかける黒鎌から逃げながらそう呟く。
「さあ、どうだろうね?」
俺の独白にリストが勝手に答える。
奴は増殖した黒鎌と一体化した繭のようなものに包まれ、俺を追いかけてくる。
「それよりも装備の補充はしないのかい? 無限管理庫に入るなら時間を差し上げるが?」
「そいつはどうもご丁寧に。だが、余計なお世話……だ!」
【雷帝】を付与した【剣神斬華】を雨霰と解き放つ。
リストはそれに抵抗もせずに切り裂かれる。
それが自分の死に届かないと分かっている顔だ。
だが、最初からあいつはそんな顔をしていなかった。
つまり最初は恐る恐る死んでいたはず……てことはやはり完成はいま。
「賭けで俺に偽魂石を出させて、そいつを解析した。それでこの迷宮は完成した」
「正解だ。わかっていて騙されているのだと思ったのだが……以外に間が抜けているのかな?」
「うるせぇよ」
調子に乗っていたのは事実だが、さすがにあの筋肉ダルマが影武者だってのはわかっていた。
偽魂石を使って何かを企んでいるのもそうだ。
ただ、それでなにをするかまではわかるはずもない。
「だから企みに途中まで乗って、完成したそれを丸ごと奪ってやろうと思っていたのだろう?」
「ぎくっ!」
「愚かだね。その傲慢はあの試練を潜り抜けた経験から来ているのだろうが。あそこで傲慢や油断が役に立ったことがあるのかね? 君の経験は歪んでしまったようだ」
「先輩の助言は耳が痛いね」
「ならば先輩を立てておとなしく死になさい」
「やなこった」
俺たちはいまだ均衡状態にある初撃の周辺をグルグル回って戦っている。お互いに均衡を守るために魔力や仙気を供給しているため、もはやそこにあるのは最初の【天雷天破】を超えている。
この供給を維持するためにこいつを中心にして戦い続けている。
爆発したら大ごとだってお互いにわかっているからな。
こいつが爆発したら、さすがにあいつは死ぬかな?
ていうか、俺も死ぬか?
偽魂石がまだある内にそれを試すか?
それとも最初の方針通り、この迷宮への侵食を優先するか?
悩むねぇ、まったく。
そして結局、問題は先送り。
爆発させないために魔力を送り、それによってこいつは強化していく。しかしどうやっても最終的には爆発するだろう。
どちらかが死ねば均衡の維持なんて不可能になるんだからな。
その時にはどこまで被害が及ぶのか。
いま爆発させるべきか、それとも爆発させない道があるか?
「悩むね!」
「悪いが、まだここを破壊されるわけにはいかないんだよ」
「へぇ、そうかい!」
そいつはいいことを聞いた。
つまり現状の爆発範囲に迷宮の中枢が存在するってことか。
「……良くないことを考えていますね?」
「はっ! それはずっとだろ」
「まさしく。ですがここでは私以上に良くない考えなど必要ないのですよ」
気付いた時には遅かった。
位置が悪い。
こっちは均衡のあいつ側だ。
余波で散るのはあいつの魔力ばかり。
つまり、いくらでも仕込みができる奴の有利領域だ。
「ちっ」
「まだまだ戦術の狡知では私の方が上ですね」
気が付けば俺の周りを黒鎌が取り囲んでいた。
「では、偽魂石が尽きるまで死になさい」
死霊刀繭墨・【神器覚醒】・【黒羽撃】・重唱・属性上昇・属性超上昇・付与・【裏式狂舞】×二十。
「そして惨めに命乞いをしなさい」
黒い鎌が解き放たれた猟犬の群れのように襲いかかってくる。
あるいは生者を呪う不死系魔物の群れか。
どちらにしても数の暴力だ。
包囲に隙間がないものだから【雷速】で逃げることもできない。
パンパンパンパン……無限管理庫の中で偽魂石の弾ける音が聞こえてくる。
死に近づくその音にはさすがに背筋が凍り付きそうになる。
だけど、あいつの言うとおりになるのも腹立たしい。
回避の手段がないわけじゃない。
「むっ!」
手ごたえが消えたことにリストはすぐ気づいた。
だが、気付いた時にはもう遅い。
【雷帝】×五・連唱・【極光神槍】×五・連唱・【縛妖網】×五・重唱・属性上昇・属性超上昇・術技昇華・【極雷極槍獄】
「くたばれ!」
空間隔離で逃げ場をなくした局所爆撃だ。
「これでお前は何回死ぬ?」
俺特製非行型監視迷宮【雷天眼】による転移を利用した退避でリストの背後に回り、極大魔法をくれてやった。
とはいえ、これが必殺の一手になっていないことは、超エネルギーの均衡が崩れていないことではっきりとしている。
「……それにしても、面白いことを言ったなぁ?」
俺は魔法的に密封された空間で荒れ狂う破壊を見ながら呟く。
どうせ聞いている。
「命乞いをしろだって?」
俺の偽魂石を使い潰させるだけならともかく、俺を精神的に屈服させたいらしい。
「ラーナに相当こっぴどくやられたってのはわかるが……もしかして、お前が命乞いして助けてもらったのか?」
「その通りだよ。まったく……屈辱的な経験だ」
【極雷極槍獄】の上にリストは現れた。
「いや、思い返せば私の人生には常に屈辱が付きまとっていた」
おいおい、思い出話を始めたよ。
「死の聖霊に見出され勇者となった私だが、当時の私は強くなかった。死の聖霊の力は即死に至らず、弱った兵士にとどめを刺したり、強い者に多少苦しい思いをさせたりする程度だった。ついたあだ名が露払いのリストヤーレ。その程度しかできないと、他の勇者たちに嘲笑われていたものだ」
「そいつはご愁傷様」
「どうも。そんな私に転機が訪れた。主戦場での戦闘中、私は奴らの撤退の捨て石にされた。その時に私は死んだと思っていたのだが、気が付けば迷宮の中にいた。神々の試練場。天へと至る地獄だ」
見捨てられ、地獄に落ちる。
まるで俺みたいだな。
「そんな入り方もあるんだな」
「他人と比べることなどできなかったからね。とはいえ君の経歴を調べたときは興味深いと思ったものだよ。《天》位とは、他から弾かれる者が選ばれるものなのか。しかし、そんな疑問もどうでもいいものなのかもしれないがね」
経緯はどうあれ、俺たちは……。
「こうして殺し合うのだからね」
「いまさら仲直りはねぇよなぁ!」
ああ、びっくりした。
え? これって仲直りする流れ? って思っちまったよ。
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「庶民勇者は廃棄されました」第一巻 六月二十五日に発売されました。
特典SSのリストです。購入の参考にしていただければ幸いです。
■アニメイト
「冒険者的方向性の違い」
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「初めての庶民勇者」
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「目覚めの吸血鬼」
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