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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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221/265

221 西より天騒ぐ 01

 

「まったく……なんでわたしがここに」


 ぶつくさ呟くのはニドリナだ。

 かつては闇姫と呼ばれ世界的に有名な暗殺組織の長であった彼女はいま、タラリリカ王国の新たな女王となるルニルアーラの護衛を行っていた。

 ニドリナの昔の知り合いが彼女の父親を暗殺したこと、そしてそれを防げなかったことに責任を感じて押し売りのように彼女の身を守っていた。

 その間に、あいつはずいぶんと好きに暴れたようだ。

 東の国境では地下から現れた蟲人バガーの大群を焼き払い、後を継いだ伯爵領では制御を失った狂戦士たちを物理交渉で支配下に置き、そしていまは西の国境を越えてランザーラ王国に潜入して何か悪だくみをしている。


「きっとろくでもないことになっている。間違いない。絶対だ」


 だからできれば近寄りたくはなかった。

 あの男が登っていく境地に追いつけるはずもない。追いつく気もない。

 これまで行動を共にしてきてわかっている。

 あの男はあいつが巻き込まれた憎悪の対象だ。

 魔導王シルヴェリア・サーベイナス。

 シア。

 ニドリナが殺さねばならぬ相手だ。

 だがその道は、まだ遠い。

 だからあの男は、近寄りたくはないが近寄らなければならない人物でもある。

 強くなるための道を求めるなら、あの男の側にこそそれはあるだろう。

 あの、下劣なスケベ男に、だ。


「はぁ……」


 憂鬱だ。

 とはいえ、ルニルアーラに『わたしを守るのがあなたの道ではないはずです』と言われてしまえばその通りだと納得するしかない。

 ハラストが護衛として常に気を張っているのであれば、そうそうやられるということもないだろう。

 そんなわけで、ニドリナの孤影はランザーラ王国王都ラーランにあった。


「さて……奴はまだ城にいるのか」


 王都の門をくぐったばかりのニドリナには情報がない。

 暗殺者時代の情報網を辿る手もあるが無用の厄介ごとを抱え込むことにもなりかねない。


「とりあえず城に入ってみるか」


 厳重な警備が敷かれた王城への侵入を何でもないことのように呟き、歩き出す。

 雪に覆われた寒々しい都市にやってくるのは今回が初めてではない。

 仕事として、そして個人の目的で何度か訪れている。

 ニドリナが得意とする影の術。基礎を教わったのは先日決着をつけた《魔操人形師》傀儡のドルトアンテだが、その大元はこの地にいる一人の吸血鬼だ。


「そうか。まだあの男が生きているかもしれないな」


 彼ならばこの都市の動向を最も詳しく把握しているだろう。

 それにドルトアンテからは学べなかった他の影の術を得ることが出来るかもしれない。

 一度は城に向けかけた足を別の方向に向け、ニドリナは歩き出した。

 辿り着いたのは墓場とそれを管理する神殿だった。

 この世界には様々な神がいるが、死生観はほぼ統一されている。

 そのため、墓地は神殿の境なくほぼ同じ場所に置かれ、その近くに建てられた神殿では全ての神が等しく祀られている。

 王都ラーランはどこにいっても薄曇りの陰気さが付きまとうが、ここは墓地というだけあってその暗さはより濃い。昼だというのに、まるで森の奥にでも迷い込んだかのよう錯覚を受けてしまう。

 それは神殿の中も変わらない。


「やあ、いらっしゃい。ここは眠る使者たちのために神への祈りをささげる場所。今日はどなたの眠りを祈りに?」


 腐食の臭いさえしてきそうなくたびれた神殿にいたのはやけに細長い、枯れ木のような男だった。

 日陰に半ば溶け込んで立つその男は子供の悪夢に出てくる怪人のようだ。


「貴様の死を祈りに」

「相変わらず物騒ですね、小さな死神は」

「貴様こそ、吸血鬼のくせに神官の真似事か?」

「死は誰にとっても公平です。吸血鬼であろうと、神であろうと。だからこそ、私はここで祈ることができる。死から逃れるのではなく、死を祈っているのだから」

「貴様こそ相変わらずだな」

「それで、今日はどのような御用ですか?」

「まずは影の術の深淵を覗きに」

「あなたが覗けるものはもう十分に覗いたでしょう。それ以上を求めるのであれば人間をやめる必要が出てきますね」

「そうか……」

「どうします? これ以上、人間をやめますか?」

「いや、やめておく」


 吸血鬼の神官からの提案をニドリナは迷うことなく切り捨てる。


「では、もう一つの要件だ。最近城にタラリリカ王国からの使者が来たはずだ。奴はどこへ行った?」

「やはり、あの人物を追いかけてきましたか」

「なんだ?」

「人間をやめるという言葉には色々な意味があります。人生における脱落や堕落。生態としての人間をやめる変化。その変化において昇るか堕ちるか……あなたも、どうせ人間をやめるなら彼のように昇る道を探した方がいい。そんなものが常人に用意されているのかどうか、わかりませんが」

「知っているのか?」

「直接的には知りません。ですが、私はこれでもかなり長く生きていますからね。私の祖が同種であることは知っています」

「なに⁉」

「彼らは紋章というものを使って法則を引きずり出し、世界を改変する。まさしく神の所業のごとくに」

「…………」


 あいつの不可思議な強さのことはわかっていた。

 その強さにシルヴェリアが興味を示していることも。

 だがそれを、あいつ自身の口から聞くことはなかった。

 非常識な奴めと罵りながら、その力の本質を知ろうとは思わなかった。

 いや、知りたくはなかった。


「…………」

「どうかしましたか?」

「いや。それで、あの男はどこへ行った?」

「王都を出て、我が主の城へと向かいました。罠と知りながら誘いに乗って」

「奴め、騒動を起こすつもりか」


 いや、騒動を起こすことは予定通りのはずだ。

 だが、騒動の中身はすでに予定を大きく外れている。


「この地から早く逃げることをお勧めします。死神の姫よ」

「なぜだ?」

「もうすぐこの地は死に包まれる。我が主の長年の計画が成就するのです」

「……それは、どういうものだ?」

「わかりません。我らの祖は吸血鬼でありながら吸血鬼ではない。地の闇へと引きずられる者を多く生み出しておきながら、自らは天の光へと昇ろうとする卑劣なお方。この地の運命はあの方がここに国を築いた時から決まっていた」

「この国を? では、その男はランザーラ王国の始祖王なのか?」

「はい。その名をリストヤーレ。ランザーラ王国の初代王にして、この地に死を満たさんとする者」

「なぜ?」

「すべては己のため、ただそれだけの方ですよ」


 卑怯者なのです。

 自らを吸血鬼にした親であると語りながら、そこに敬意はない。では憎しみがあるのかというとそうではない。

 ただ淡々と事実を述べているだけのようにしか見えない。

 そんなニドリナの疑問を感じているのだろう。墓守の吸血鬼は日陰の中から静かにほほ笑んだ。


「激しい感情を維持するには私には長すぎる時間が過ぎてしまいました」

「…………」

「時間は優しくもあり、残酷でもある。死神の姫よ。あなたの憎悪もいつか溶ける日が来るかもしれない」

「……時間に任せておくなんて悠長なことをするつもりはない」


 あいつは必ず、わたしが殺す。


「ならばやはり、この地からは一刻もはやく去ることをお勧めしますよ。……いや、もう遅いか」

「なに?」

「御覧なさい。死が狂い始めました」


 彼のその言葉の後、外から何か嫌な気配が蠢き始めた。



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■アニメイト

「冒険者的方向性の違い」


■ゲーマーズ

「初めての庶民勇者」


■とらのあな

「目覚めの吸血鬼」

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■メロンブックス

「ある朝の冒険者ギルド受付」


■特約店

「酒場で冒険者相手に語ること」


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