218 蒼血の賭博場 06
ゲーム盤をひっくり返す。
イルヴァンが冗談で口にしたその言葉が現実になろうとしている。
いや、なってしまった。
「……ということは、わたしの戦いはやはり退屈だったということかしら?」
「いやいや、うん。まぁ、そのなんだ……退屈だった!」
「何のために口ごもったんです⁉」
「多少は気遣いのできる主人を演じてみたかった!」
「無理でしょう!」
「いやいや、無理のままだとこれから先困る。何とかするべきなんだよ。俺だって俺の嫌いな貴族になる気はないからな」
「貴族ですか?」
そう、貴族だ。
貴族になっちまっているのだ。
この俺が。
かなり笑えることだとは思うが、俺のせいで善人まで笑えないことにはしたくない。となれば多少は貴族らしいこともできるようになっておかないとな。
たとえば部下への気遣いとか。
「連れてきた部下たちの戦いをつまらないと切って捨てる人のどこに気遣いがあるというんですか?」
「まぁね。それは認める。だけど本気で退屈だぞ?」
「そもそも、一人で全部できると思っているのが間違いなんですよ」
「やっぱあれだな。俺は手下じゃなくて部下を育てるか得るべきだな」
「なにが違うんです?」
「手下はなんかいちいち命令しないと動かない感じがするけど、部下って俺が支持してないこともやってくれそうじゃん?」
「それって完全にルナーク様の偏見ですよね? ていうか、命令してないことを勝手にされてたら基本はだめだと思いますよ」
「まぁ、そうなんだけどなぁ……」
イルヴァンに言い負かされて俺はぼりぼりと頭を掻く。
「ていうことで、どう思う? 俺の考え?」
と、俺はイルダオラに意見を求めてみた。
「…………」
筋肉ダルマは身動きしないまま俺を睨み、見上げている。
まったく、困ったね。
「そんなに怒るなよ。たかが百や二百、お前の手下? 部下? を倒したぐらいで」
俺は吸血鬼の山の上に胡坐をかいてイルダオラを見下ろしている。
「……貴様は一体、なんなのだ?」
「なら聞くが? お前はなんだ?」
「っ⁉」
「最初っから、なんかおかしいとは思ってたんだよな。どういう方法であれ俺と同じ《天》位を持ってて、吸血鬼になるなんて選択を採るもんかね? ってな」
「ぐっ」
「俺たちにとってみれば吸血鬼の能力なんて手段の一つであって、吸血鬼そのものに魅力なんてなにもない。血しか飲めない人生の何が正しいのやら」
「あら、美味しいですよ。血」
「俺はいらね」
イルヴァンの言葉に苦笑しつつイルダオラを見る。
ともあれ、こいつ……イルダオラは《天》位持ちではない。
俺のような《天孫》は持っていない。
「まぁ、俺たちって言ったが、俺が知っているのはあと一人だし。三人目がいるのかどうかは知らん。それは賭けの賞品だしな。いまここで正解を言ったら、俺が得るもんがなにもなくなっちまう。それはそれでつまらないよな?」
しかし《天》位に関する情報は持っている。
大山脈の竜どもじゃあるまいし、こいつらがそれを知っている理由がわからない。
いや……。
「……賭けの賞品はそれでいいんだったよな?」
俺はイルダオラから視線を外してそう尋ねてみた。
「当然だ!」
ただのぬいぐるみの虎と化したイルダオラが吠えるが無視。
俺の視線を受け止めるそいつは黙して語らず。
やれやれだ。
俺は吸血鬼の山を影獣に片付けさせ、元のソファへと移動していく。影に潜んでいた連中は半分以上がいなくなったので視線の圧もその分減った。いや、残りも動揺したり逃げ出したりしたので圧そのものはもっと減っているか。
戦う前まで血への欲求で統一していた意思が恐怖で震えている様は面白い。
とはいえ襲ってこなかった連中は、襲ってきた連中よりも臆病か、慎重かのどちらかだろう。それが強さに直結していればまだいいんだけどな。
なぜいいか?
ちょっと支配できないかなって考えているからだ。
現状、俺は使える手駒が少なすぎる。
一般人なら別に手下も部下もいらないが、お貴族様になったらそういうわけにはいかない。
領地経営に関わりそうな連中はラナンシェに任せたら揃いそうだし、普通の兵士も予算の内から揃えていくことができるだろう。
だけど俺の手駒だぞ?
そんな普通で済ませるのはつまらない。
狂戦士団もなかなか面白いが、それだけではいまいちだ。もっと面白い部下を手に入れるかと考えたとき、目の前に吸血鬼がいたわけだ。
……今思いついたという理由が八割方だがな!
ここで大量にいるゾンビよりは使いやすい駒になるだろう。餌になる血の補給をどうするかっていう命題があるが。
わかりやすくイラっと来る敵でもいれば、そいつら捕まえて血液牧場にでもするんだけどな。
なんて……吸血鬼を手駒に加えたときの運営方法なんてものを考えていると、ようやくソファにイルダオラが戻ってきた。
顔色はまったく良くない。
もともと青いのにさらに灰色になっている。
「さて、あいつらは元気にやっているかな?」
アンティークの鏡を再び見守る。
さてさて、単調な戦いに何か進展があったのか。
†††††
この戦いはいつまで続くのか?
ただの《狂戦士》であった頃には感じたことのない疑問がリンザの胸で詰まっている。
しかしそれは疲労に喘いでいるからではない。
狂戦士的な戦闘への狂奔はいまでも感じている。自らの持つ《侍》と《騎士》の称号に存在する忠義の相乗効果によって、主人であるアストルナークのために戦う限り、リンザの力はどこまでも強まっていく。
たかがゾンビなど、いくらだって切っていられる。
それは狂戦士団とて同じだ。
ダンゲイン伯爵家の長年の研究によって誕生した魔書『葉隠』によって《狂戦士》の死ぬまで戦い続ける能力は《騎士》の忠義に寄って抑制され、主人が制御することのできる存在となった。
だが、まだ完成には程遠いと新たな主人であるアストルナークは言う。
そして、リンザの今の姿が完成形の一つの姿だろうとも言った。
だから、まずは皆が《狂戦士》から《侍》になれるよう、戦闘経験を積ませてみよう。そうして始まった『モップ掛け作戦』はタラリリカ王国内の山賊退治から始まり、そしてゾンビ退治に行きついている。
この旅の果てに、本当に《侍》となる道はあるのか?
それは作戦を考えたアストルナークにもわからない。
リンザたちにはわからないが、結局のところアストルナークは戦いに戦った末に手に入れた者しかもっていない。
そしてアストルナーク自身、《侍》という称号を持っていない。
誰かに尽くすという考えが彼にない以上それは当たり前のことなのだが、そうであるから、彼にはとことんまで戦わせてみるしかないという結論以外に採る手段はなかった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
リンザの感想はただ一つ。
「ああ、どうせなら、いつまでも戦っていたい」
戦えるのなら、その相手が山賊だろうがゾンビだろうがなんだっていい。
それが我が主人のためとなっているのなら、それに勝る高揚はなし。
「まさしくまさしく!」
「ぎゃははははは!」
「これ以上の最高なんてありゃしねぇ!」
他の狂戦士たちはいつものように戦の興奮に酔っている。
だが、中には違うものも現れつつあった。
「なんだろうな? これは? いつもと違う」
「ああ。なんだか、すごく静かに心が燃えている」
「この気持ち、もしやこれは……?」
戦いのさなかに戸惑いを見せる彼らの姿にリンザは昇華の予感を察知する。アストルナークの方法は間違っていなかった。
やはり、狂戦士は戦いの中にこそ道が存在するのだ。
死中に活を求める。
まさしくそれこそが狂戦士の行き着く先なのだ。
「調子に乗るなよ貴様ら!」
たとえそこに、いままでとは違うものが現れたとしても、それはただ剣を向けるべき相手でしかない。体の大きさも、強さの多寡も我らには関係ない。
「「「そこに主人の敵がいるならば、皆ことごとく切り捨てる。それこそが我らの道よ!」」」
リンザたちはそう叫び、敵へと向かっていく。
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