214 蒼血の賭博場 02
雪の奥に隠れた謎の城。
新たな主人であるアストルナークに導かれてタラリリカ王国からランザーラ王国に密かに侵入し、ここへとやってきたリンザたちだが、その結果が不死系魔物との絶え間ない戦いだった。
(駆逐しろ)
いきなり別の場所に移動する。そういう魔法罠が神々の試練場には存在すると聞いたことがあったが実際に体験したのは初めてだった。
ではここは神々の試練場なのだろうか?
次々と襲い掛かるゾンビたちを薙ぎ払いながらリンザは考える。
戦いの中で戦い以外のことを考えるなんて、いつ以来だろうか?
戦い方を習って後、練習がてらに山賊退治や魔物退治をしていた頃以来かもしれない。
まだ、狂戦士となっていなかった頃だ。
戦いの中で思考するというのは、まるで道を失ったような感覚だとリンザは思った。
迷いなく進んでいたはずの道がもしかしたら間違っていたのかもしれないと不安になるような、無邪気に進んでいて、気が付いたら親とはぐれた子供のような気分とでもいえばいいのか。
ある日、目が覚めたら両親が死んでいたあの日を思い出すような混乱と寂しさが胸の内にある。
それを消したのは主人であるアストルナークの言葉だ。
(この迷宮の主とちょっとした賭けをした)
通信魔法を介してアストルナークの声がリンザと仲間たち、そしてラランシアに届く。
「わははは! どんな賭けですか⁉ 若大将!」
狂戦士たちは元気に問いかけながらも、その手にある武器の動きが鈍ることはない。彼らの意識は戦いにあり、言葉は交わせど、その全ては行動に影響を与えることなく意識の表層を滑り落ちていくのみだ。
つまり、聞いてはいるが、聞いてはいない。
後から問いかけても「そんな会話したか?」と首を傾げることだろう。
(お前らが全滅するか、ゾンビが駆逐されるか、そういう賭けだ。掛け金が高いからお前らが死ぬと俺は大損だ)
「ははは、そいつはひでぇ!」
「ゲスだ!」
「若大将、ひどすぎです!」
「俺らの命をなんだと思ってるんですか⁉」
責めているようにも聞こえるが、その声は笑っている。
(不服か?)
「「「「これ以上の褒美はなく‼」」」」
(よろしい、ならば存分に駆逐しろ)
「「「「「御意‼」」」」」
答える声にリンザも混ざる。
狂った戦士を統率する常識外れの強さを持つ主君。狂戦士という箍から昇華することで脱したリンザは主命を得ることで再び彼らの精神性を取り戻す。
いや、さらにすさまじい鋭さを手に入れて剣舞を舞い踊るのだ。
†††††
そんな彼らの背後でラランシアは微笑とも苦笑ともつかない笑みを漏らしていた。
「やれやれ、望みがかなったかと思えばいきなりこのような戦いですか。勇者の従者というのは刺激が多いものですね」
もちろん、言葉通りにそれを嫌がっているわけではない。
むしろ喜んでいる。
ただ、リンザや狂戦士たちほど無邪気な喜びを見せることができないだけだ。
ラランシアは幼いころに戦士団に所属していた父が戦死し、母が病死したことで戦神の神殿に預けられた。
生い立ちとしてはテテフィと似たようなものであり、この時代の下級な神官のほとんどはそういった生い立ちの者がほとんどだった。
ラランシアも預けられた神殿が、そして近くにあった神殿が戦神でなければ別の道を歩んでいただろう。
ともあれ、戦神の神殿で育てられたラランシアは当たり前のように戦う術を学び、あっというまに頭角を見せた。
二十を超える前には戦士団を補佐する神官団に編入され、大要塞に入り、魔族との戦争を経験している。
種族という単位によって凝縮された武力と魔力のぶつかり合いは、天才と持てはやされたラランシアの精神を簡単に打ち砕いた。勇者という超常の存在をその目で見、そしてそんな存在さえも傷つき死んでいく場面を見た。
新たな勇者を見つけよ。
その時、ラランシアは神の声を聞いた。【天啓】を得たのである。
神の声をその耳にしたことで大神官への道が開いたラランシアは、時期が来て大要塞を去るとそのまま諸国を歩き回り、勇者を求めた。
しかしそれは失意の多い旅路だった。
勇者が見つからないことではない。
あまねく人々の前で神の声を聞こうとすることを、貴族たちに邪魔されることがラランシアには許されなかった。
人の階級など、神の下ではみな同じである。
だというのに、その恩寵は王族貴族にこそ舞い降りるものであると信じて疑わない。
だが、実際、旅の途中で二人の勇者が見つかった。
グルンバルン帝国でユーリッヒを、オウガン王国でセヴァーナを。
まるでラランシアの考えが間違っているかのように、貴族から見つかってしまった。
勇者が見つかったことは嬉しいことではあるが、その方法論には疑問が残る。
勇者となるべき可能性は全ての人々に与えられているはずなのだ。王族貴族の独占が許されるものではない。
それは神を独占するということにも等しい愚かな行為だ。
だからこそ、ラランシアは探し求めた。王族貴族以外からも勇者が生まれてくるはずだと。
存在しているはずだと。
そして、見つけた。
大陸の西側、険しい山脈に囲まれた都市国家群の中にある一つ、シントラナ都市国。
そこに所属する小さな村の悪童。
アスト。
「まじで! すっげぇ⁉」
【天啓】によって得た言葉を伝えると、悪童は無邪気にそう答えたのだ。
その無邪気さがラランシアにはまぶしかった。
使命に燃えて硬くうなずくユーリッヒの時よりも、絶望に震えて青ざめたセヴァーナの時よりもうれしかった。
その無邪気さはラランシアが戦い方を教えているときにも失われることはなかった。
戦神の試練場に入ってからは関わっていないが、二つの貴族からの圧力と戦っていると聞いて、その勝利を信じていた。
戦神の試練場で行方不明となったことには悲しみを覚えたが、不思議と彼が死んだとは思わなかった。
そしてルナークと名を変えた彼と再会した時、年相応の落ち着きと生意気さの変質はありつつも、あの悪童の頃のままの無邪気さを残していたことがラランシアは嬉しかった。
戦神の試練をどの勇者よりも深く乗り越えたのだと理解した。そして彼の精神性が変わっていないのはその強靭さ故だと納得した。多少の人間性の問題など関係ない。その強さこそが真に得難いもの。真に神に選ばれるのに必要なものだと理解した。
彼こそが勇者となり、さらにその先へと進む者なのだ。
人間の価値観など関係ない。
数多の人々の中より選び抜かれたその一人は勇者という第一歩を踏み、ラランシアが決して登ることのできない何かを踏みあがっていくのだと確信した。
そしてラランシアはその瞬間を見たいのだと確信した。
「そのためには、私もまた試練を越えねばなりませんね」
神の階梯を踏む者を見上げ続けるには、その者もまた神に近づける者でなくてはならない。ならばこの程度の戦場で死ぬなどありえない。
戦神に仕える大神官として、見守る者を選んだ信徒として、この戦場を生き抜くのみだ。
【神威ハ我ニ在リ】
ラランシアの放った神に認められし者の放つ魔法、奇跡は狂戦士たちの身を守り、剣を鋭くし、傷と疲れを癒す。
疲れ知らずの狂戦士たちだが、それは疲労がなくなったわけではない。ただ、疲労したという情報を脳が無視し続けているだけのことだ。
癒されれば、無視できない部分で動きが鈍っていたものが元に戻る。
「フハーハハハハ‼ なんだこれ! いつもより動きがいいぜ!」
「さすがラランシア様! さすがは戦神様! わかってらっしゃる!」
「やっふぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「まぁ、それはよかった」
狂戦士たちの歓喜の声に自身も群がるゾンビを盾で弾き飛ばし戦棍で薙ぎ払いつつ、ラランシアは微笑む。
「あら?」
そしてあることに気付く。
「あらあら、あの子のも存外、無邪気のままではいられないのね」
それは変質か、成長か。
はてさてどっちなのだろうと、ラランシアは楽しく微笑みゾンビの頭を潰すのだった。
戦場を進み勝者と敗者の境界線を進んでいく。どちらにも正しく神の愛が存在すると信じて。
それこそが戦神の神官の姿であれば。
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よろしくお願いします。
アキバblog様にて「庶民勇者は廃棄されました」1巻の記事が掲載されました。
http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51584668.html
第一巻発売に向けて6月中から発売日6月25日周辺まで不定期ながら更新していきたいと思います。
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