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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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210/265

210 夜の女子会


 主人が一番の恋人との密会所をせっせと作っている間、イルヴァンは少々の暇を持て余していた。

 上位吸血鬼へと昇華し【影獣法】を身につけて以来、自身の住処を自前で用意できるようになったイルヴァンは、するりと夜の散歩へと抜け出す。

 主人に気付かれていないなどと考えるのは甘い。


「人は襲うなよ」


 としっかり釘を刺されてしまう。


「はーい」


 渋々とそう返事をして外へと出る。

 外を警備している騎士たちの視線もするりと交わし、十分に離れてから影から飛び出す。


「さて……どうしましょうか?」


 夜の空気をたっぷりと吸い込んでイルヴァンは呟く。

 出てきたもののここは街ではない。

 そもそも集落へ行けばお腹が空いてしまうので例えあったとしても行かない方が賢い選択だろう。

 そこらの人間の血より、主人の血の方が万倍億倍も美味しいのだ。

 彼の怒りを買ってお預けを食らってしまうことを想像したら気が狂ってしまう。


「しかしそうなると、なにをすればいいのか……」


 このままではあの別荘のような場所で主人を誘惑していた方がよかったということになる。

 それはそれで負けたような気になる。

 なにかないかと必死に感覚を研ぎ澄ませていると、それを聞き取った。


 女の泣き声だ。


「こんなところで?」


 疑問に思いながらも好奇心には勝てなかった。

 イルヴァンは再び影に潜り込むと声のする方へと向かった。


 少し西に移動すると寂しげに立つ木が一本あり、その木に寄りそうように一人の女がいた。


「あらあら……」


 いまにも崩れ落ちんばかりに頼りないその影にイルヴァンは思い当たるものがある。


「バンシーとは珍しい」


 その影から漂う死臭を嗅ぎ逃すことはない。

 バンシーは死に纏わり付く妖精だ。死の運命を嗅ぎ取ってその者に近づき、泣き声を聞かせる。


「誰に向かって泣いているのかしら?」


 好奇心の赴くままにバンシーに近づくと尋ねた。

 バンシーはいきなり現われたイルヴァンに動じることなく、こちらを見る。

 長い髪で顔を隠す青白い女だった。血の代わりに月光でも流れているようで、イルヴァンの食欲を少しも刺激しない。


「……この木の下に愛しい人が」

「愛しい人?」


 死の運命を告げる妖精が、すでに死んだ者のことを嘆く?

 しかも『愛しい人』とは。


「……彼は冒険者でした」


 と、バンシーは語り出す。

 この辺りは魔物も多いため、昔から人が住むには適さない。

 しかし放っておけば増えすぎた魔物が他の土地を荒らしに来るため、適度に狩っていかなければならない。


 いまではダンゲイン家の者たちがその役を負っているが、昔は冒険者たちがそれを行っていた。


 冒険者もその当時にこの辺りの魔物退治で活躍した人物だった。

 多くの魔物を倒し、周辺の人々に感謝されていた。

 しかし、そんな彼でも倒せない魔物がいた。


「それは年経た巨人種でした」

「あら、巨人なんていたのですね」

「昔は……いまでは多くが精霊や妖精に遷移するか、新天地を求めて西へと旅立ちました」


 その巨人種たちと対等に戦うほどに、その冒険者は強かったらしい。


「当時のこの地はいまだ人間種の支配者がはっきりしない場所でした。そんな土地で巨人種と対等に戦えるあの方は英雄と讃えられ、王となることを期待されていました」


「しかし、そうはならなかった?」


 イルヴァンの問いにバンシーは静かに頷く。


「あの方を快く思わない者たちの策略によって、この地で果てたのです。彼の死を多くの人間が、そして巨人たちも哀しみました」

「巨人たちまで?」


 敵対者がいなくなるのなら巨人たちにとってはむしろ喜ばしいことではないのだろうか?


「その気になれば精霊や妖精に遷移できる巨人種は純粋な意味でこの地に縛られてはいませんでした。故に精一杯に生を輝かせる者たちに尊敬の念を抱きます。もちろん、彼にも」

「では……」


 その言葉に隠された意味をイルヴァンは血の臭いと同じように嗅ぎ取った。


「あなたも、元は巨人なのかしら?」

「…………ええ」


 バンシーは動揺もなく静かに頷いた。


「わたしは彼と常に戦い続けた巨人種の王でした。戦いの中でわたしは彼を尊敬し、あるいは愛のようなものを抱いていたのかもしれません。そしていつの日か……」


 いつの日か?


「彼にわたしが勝利することがあれば、その時はわたしの全霊を賭けて祝福し、この地の王とするつもりでした。ですが、その想いは叶いませんでした」


 そうすることが、あるいは巨人の異種族に対する最大の愛情表現なのかもしれない。

 それが叶わずに嘆く巨人の王……あるいは女王は、嘆きの精霊となって告げることのできなかった死の運命を想って、この地に縛り付けられている。


「……では、わたしが解放してさしあげましょうか?」

「なんですって?」

「彼の死はここにあるかもしれませんが、残っているのはせいぜい骨ぐらいでしょう? 怨念でも残っているなら不死系魔物アンデッドとして呼びだしてさしあげてもよかったのですが、どうもそんなものも残っていない。ここにあるのはあなたの未練だけですよ」

「…………」

「それがわかっているでしょうに、哀しみが強すぎて自らの意思ではここから動けない。ならば動けるようにしてさしあげましょう。うまくいけばわたしが行き損なったあの世という場所で、その方と再会できるかもしれませんよ」

「…………言ってくれるな。不浄な血吸い女の分際が」

「あらあら……それが素ですか?」


 ざわりと静かだった夜が乱れる。

 バンシーの青白い顔に赤みが差し、まっすぐに下ろされていた髪が揺らめく。

 枯れ木のようだった体は見る間に厚みを増し、やがてイルヴァンが見上げなければならないほどの巨躯となる。


「我が哀しみを穢した罰を受けよ」

「……ああ、刺激が欲しかったとは言え、これは少し主人の影響を受けすぎているのかも」


 怒れる巨人を前にしてイルヴァンは苦笑を浮かべ、殺意の宿る影を闇へと伸ばした。




「ただいま戻りました」

「おーおかえり。なんか派手にやってたな」

「気付かれましたか?」

「まぁな」

「なら助けてくださいよ。危なかったんですから」

「ん~、お前なら大丈夫だろうと思ってな」

「あら……」

「それに、こいつがうますぎて立つのも億劫になってたしな」

「もうっ!」


 そう言って蒸留酒の入ったグラスを掲げる主人に、イルヴァンは頬を膨らませて抗議するのだった。



よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。


書きため期間に入ります。


新作始めました。

「第百王子のまったりできない覇王道」

偉大なる覇王の後継者争いに巻き込まれた庶子の主人公は、魔女と出会って強大な力への道しるべを得る。

最終的にチート化しますが序盤は成長要素ありの成り上がり冒険譚です。

よろしくお願いします。


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