21 遭遇する事
優男のパーティは三人いる。
優男が魔法使いでリーダー、名前はケイン。
ゴツイのが大斧を振り回す重戦士のダンテス。
そして寡黙な盗賊、ステンリールだ。
そしておれとテテフィの二人。テテフィは回復魔法と知識を買われてだが、おれの方は自己紹介もなにができるかも説明していない。
徹底して必要ないという態度だ。
「お前は後ろで彼女の盾をしていな」
バカにするようにダンテスが言い、リーダーであるケインがそれを諫めなかった以上、おれの役割はそれでいいということなのだろう。
森に入ってからはステンリールが先頭に立ち、周辺を警戒しながら進む。
「一応、ここは四度目なんだけどな」
感じの悪い連中だが同じパーティなのだ。
十五歳のときの嫌な記憶を繰り返す必要もないと、おれはそのことを言ってみる。
ゴツイの……ダンテスがまた嫌味を言ってきそうな場面だが、彼はじろりと睨んだだけでなにも言わなかった。
代わりに尋ねてきたのはステンリールだ。
「……で、なにかおかしなことはあったのか?」
ステンリールは痩せぎすで目が吊り上がった、怖い印象のある男だ。
だが、ダンテスのような粗暴さではなく、冷静な怖さのある男だと感じた。
「おれはなにもない。そういえば、三度目のとき他の冒険者が奥に入っていったな。それと奥から変な視線を感じもした」
「へぇ……利口じゃないか」
ステンリールに感心され、おれはなんとなく居心地の悪い気分になった。
彼は、おれが視線に気付いて奥に近寄らなかったと判断したようだが、事実はそうではない。ただ、奥に入るまでもなく薬草が集まったからだ。
そんなに感心されると本当のことは言い辛い。ただ、隣でテテフィが真実に気付いて苦笑している。
「ならやはり、この奥にはなにかがいるということか」
「そいつがやってきて、森の魔物が外に出てきたってことか?」
「あの……それはどうかと」
ケインとダンテスと予想にテテフィが待ったをかける。
「この森での採集ですけど、魔物の噂が出るまでは比較的に安全な場所とされていました」
「つまり、この森に魔物が巣くっていた事実はないと?」
「いたとしても、人を襲わない類のものです」
「人を襲わない魔物なんているものかよ」
ダンテスに笑われてテテフィは唇を尖らせた。
魔物というのは大雑把に言えば人に害をなす生物のことであるので、ダンテスの言い分は正しい。
たとえばゴブリンなどは賢者たちの分類では亜妖精となるのだが人々は魔物と呼ぶ。実際に人類領近くに生息し、特定の集落を形成できないゴブリンは人を襲うため魔物と呼んでもおかしくない。
だが、これが人の手が届かない領域に生息するゴブリンではその限りではない。とある冒険者の体験談では南に存在するという砂漠で迷って行き倒れた彼をゴブリンたちが助け、自分たちの集落で介抱し、回復してから砂漠の外まで案内してくれたというものがある。
魔物と呼ばれている存在でも、環境によっては人に害をなす存在ではないという好例だ。
まぁ、おれの体験談ではないからそんなゴブリンが実在するのかどうか、真実はわからない。
なのでテテフィには悪いが黙っておく。
真実がどちらであれ、ここにいる魔物に関しては人と戦う運命が決まったようなものだ。
再び森の奥を目指して移動していると、ステンリールが手信号で待ったをかけた。
奥でなにかを見つけたらしい。
ダンテスが戦斧を構え、ケインも魔法の使用を補助する杖を握りしめる。ステンリールも小弓を取りだし、矢を番えた。
おれはというと彼らから少し距離を置き様子を見る。そんなおれにならってテテフィもその場に止まった。
ちらりとダンテスがこちらを見た。
そのとき彼の目に浮かんだ表情は失望だったような気がした。
ここは臆病者めと挑発するところではないだろうか?
首を傾げながらも成り行きを見守る。
彼らは奥に控える集団にゆっくりと接近していく。
そこにいるのは犬の頭をした小さな人間……コボルトだ。さきほどのゴブリンと同じように亜妖精に属するのだが、人間との仲は決して良好ではない。そういうわけで魔物である。
犬の頭をしているが体毛はなく、代わりに鱗のようなものに覆われている。ともすればリザードマンの子供と間違えそうだが落ち着いて頭の形を観察すれば違うとわかる。
彼らがいまだこちらに気付いていないコボルトへ奇襲をかけるタイミングを計っているところで、おれは別のものを見ていた。
それは、彼らの頭上だ。
音もなくするすると下りてきているのは蜘蛛だ。
胴体部分だけでおれの掌ぐらいありそうなその蜘蛛は背後に回ったステンリールの首筋を狙って暗殺者のごとく距離を詰める。
黙って見ていようかと思ったが、おれと同じように蜘蛛に気付いたテテフィが慌てて悲鳴を抑え、おれの袖を引く。
仕方がないか……。
【火矢】×三。
おれの放った初級の魔法は即座に蜘蛛を貫き、胴体ごと糸を焼き地面に落とした。
ついでにおれとテテフィの隙を伺っていた蜘蛛も焼く。
「きゃっ!」
自分の頭の上にもいると思っていなかったのか、すぐ近くに落ちてきた黒焦げの蜘蛛にテテフィが悲鳴を上げ、それでケインたちも奇襲者の存在に気付いた。
それは同時にコボルトたちに気付かれた、ということでもある。
「燃えよ爆ぜよ迸れ! 其は命に近きもの命を破壊するもの!」
【爆炎球】
我に返ったケインの詠唱によって生み出された火の玉は驚き慌てるコボルトたちの中心で爆ぜ、彼らを焼き、吹き飛ばす。
ダンテスが混乱するコボルトたちの中に飛び込み、戦斧を振り、ステンリールの矢が瀕死のコボルトにとどめを刺していく。
そしてその間にケインが次なる魔法を詠唱する。
だが、次の魔法を使うまでもなくコボルトたちは全滅した。
他の敵が近づいてこないか警戒する彼らを無視し、おれは焼け焦げた蜘蛛を観察する。
「ふうむ?」
きれいに焼けてしまったのでわかりにくいが、こいつはダンジョン・スパイダーではないだろうか?
「この蜘蛛、ダンジョン・スパイダーじゃないですか?」
と、おれの後ろから恐々と覗き込むテテフィも同じことを言った。
「わかる?」
「はい。本で見たことあります。洞窟やダンジョンに住み着く蜘蛛です。侵入者をさっきみたいなやり方で襲って麻痺毒で動けなくしてから糸で縛って……」
そこまで言って、自分に迫っていた運命がそれであると気付いたのかテテフィは体を振るわせた。
「コボルトもそうだ」
戻ってきたケインが言った。
「あいつらも基本は洞窟やダンジョンに住む。腐肉食らい。ダンジョンの掃除屋だ。森で暮らしているというのははおかしいな」
「てぇことは、どっかに洞窟かダンジョンがあるって事か?」
「ああ。そして、そこから出てきた」
ダンテスの質問にケインが頷く。
洞窟とダンジョンの違いはわかりやすい。
洞窟は天然……自然現象によって生まれたもの。
ダンジョンは人工物、あるいは神が作った創造物だ。
冒険者にとって洞窟かダンジョンかで旨味に大きな違いがある。
洞窟にいるのは退治する対象だけなことがほとんどだが、ダンジョンには宝がある。
そして、神が作り出したダンジョンであるなら、その宝は再生されるのだ。
戦神の試練場がその最たる例だ。魔物との戦いが主となるため危険は多いが、そこから持ち帰った宝……さまざまな魔法的なアイテムは冒険者たちを強くする。
冒険者を強くするということは、それを所持する他の者も強くするということであり、つまりは売れば金になるということだ。
特に魔法の武具はそれそのものに需要がなかったとしても、金属そのものが鋳つぶしても特殊な性質を残すため、名のある鍛冶師たちはそれらを素材に新たな武具を作ったりもする。
戦神の試練場に集う冒険者のほとんどはそんな連中ばかりだった。
そういえば、あそこにあった冒険者の宿に少なからずおれの貯金があったはずだが……とっくに処分されてるだろうな。
こっそりとため息を吐くおれとは正反対に、ステンリールがにやりと笑った。
「ダンジョンだったら嬉しいねぇ。ギルドに届けなければ、しばらくは儲けを独占できる」
「それはどうかな?」
ケインがちらりとおれを見た。
「彼……の言葉だと先に森に入った冒険者がいるって話だ。そしてそんな仕事を受けた冒険者はいないはず。そうだよね、テテフィさん」
「え? ええと……はい。たぶん」
「てことは、おれらよりも先に鼻の利く奴らがそれを見つけてるかもってことか?」
「そうかもしれない」
「そいつは冗談じゃないぜ。早く見つけよう」
「ああ……そうだな」
俄然、やる気を見せたダンテスとステンリールたちが森の奥を目指して進み出す。
おれたちもその後を追うべく歩き出すのだが、ケインがなぜか隣についた。
「ところで質問があるんだけど、君の名前って本物?」
それに、おれは顔をしかめた。
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