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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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208 近衛騎士は今日も控える


 ハラストの一日は早い。

 王城内にある近衛騎士専用の宿舎より起床し、ルニルアーラの寝室の前で不寝番をしていた者と交代する。

 影の護衛たちの交代時間は近衛騎士たちの少し後になる。交代時の引き継ぎ等の隙を突かせないための用心だ。


 しかしそれでもニドリナの気配はわからない。

 彼女とて休憩や交代はしているはずなのだが、それがいつかはわからない。


 ルナーク……アストルナークはそんなニドリナの気配を簡単に捕らえているように見える。

 簡単に見えるだけで、もちろんそこにあるのは壮絶な訓練や実戦の果てに磨かれた感覚の故なのだということはわかっている。


(まだまだ修行が足りない)


 朝の支度のために室内に入る侍女と女性近衛騎士に挨拶をし、しばしニドリナの気配を探す事に集中する。

 彼女には良い迷惑だろうが、これもまた訓練だ。


 昼休憩を挟み午前と午後の執務に付き従うと夕方からは解放される。

 食事の前に城内の訓練場で他の騎士たちと訓練をし、汗を流した後に食事を摂る。

 翌日が休暇か夜番であれば外で酒ということも考えるが、今夜は城の食堂で済ませる。


「しっかし……お前はまじめだよなぁ」


 食堂で捕まった昔の同僚にそんなことを言われてしまった。


「そうかな? 普通だと思うけど」

「いやぁ……普通じゃないって」


 同僚とは騎士見習いの時からの付き合いだ。

 同じ時期に見習いを卒業して騎士となり、いまは騎士隊長に昇進している。

 剣の腕もあり人望もあるのだが、ざっくばらんな部分が強すぎて騎士が似合っていないことが多い。


「庶民出の俺たちがどれだけまじめにやっても出世の天井なんてたかがしれてる。そこまでまじめにやる意味もないだろう」

「ああ……」


 コップの中身が水であることを恨めしく思っている同僚の言葉で、ハラルドは彼の言いたいことがわかった。

 騎士などの武官だけでなく文官にしてもそうだが、庶民出の者では出世に限界がある。

 騎士ならば副団長級が精々だ。

 それ以上になりたければ爵位を授かるしかないが、ただ功績を上げただけで爵位を得るのは難しい。

 実を言えば冒険者として貴族を目指す方が簡単だったりもする。

 ただ、冒険者はその使われ方が特殊になるということと、国家という組織の中においての出世はそこで止まってしまうという現実もある。

 騎士となればその出世の先は騎士団長から将軍、軍属から引退の後に大臣という道もある。

 有能な騎士に迂闊に爵位という地位を与えてしまうと、将来において強力な政敵が誕生することになるかもしれないし、授けられる土地には限りがある。爵位はあっても領地のない、いわゆる官僚貴族と呼ばれる者もいるが、彼らには与えられない領地に比した給金を与えなければいけなくなる。

 土地も予算も無限ではない。そして既存の貴族たちはその有限の二つの大部分をすでに占拠している。

 このことが武官文官を問わず、庶民出の出世を妨げる原因となっている。


 アストルナーク・ダンゲイン伯爵の誕生は、養子という形を取っているにしろ例外中の例外の出来事なのだ。


 だが、そんなことハラストには関係ない。


「……元々出世には興味が無いからね。僕のやりがいは別にある」


 ハラストがここにいる目的は出世や金のためではない。

 家族のためだ。

 タラリリカ王だけが知る秘事によって誕生した竜と人の混血児ハラスト。

 ハラストの存在を父である故ルアンドルだけでなくルニルアーラも知らない。

 知ってもらう必要はない。ハラストは王族の一員になりたいわけではない。


 ただ、父と妹の側にいたいだけなのだ。

 どうして自分がここまで人間の父と妹に固執しているのか? それは自分自身でもわかっていない。

 ただ、人間の中で暮らしながら決して人間らしい家庭を求めない母レティクラに対して反抗心や疑問があったからかもしれない。


 自分が普通の人間だったらどんな家庭で生きていたのか?

 それを人間の父と妹を見て想像していたかったのかもしれない。

 ただあいにくと、その父と妹も普通の家庭とは縁のない人生を生きているが。


 宙ぶらりんな感情を曖昧な笑みで呑み込み、なにも知らない同僚を見る。


「ああ……お前は昔からそうだったな」


 同僚が意地悪な笑みを浮かべた。


「お前って昔から殿下ラブだったからな」

「……その言い方はどうかと思うね」

「どうかもなにもない。事実だろ?」

「むう……」


 同僚の断言にハラストは唸るしかできなかった。


「いまは殿下が……その……真実を公表なさったからいいが。その前からお前はああだったからな。そりゃ、その筋の連中から人気になるわけだよな」

「……迷惑な話だよ」


 にやにや笑いの同僚にハラストは深いため息を吐いた。


 まぁたしかに、ハラストに我慢が足りなかったのは事実だ。

 騎士に叙勲されてすぐにハラストは近衛騎士になることを志願した。

 タラリリカ王国における近衛騎士は王族の警護を主としたものであり、実力はあって当然だが、それでも貴族の子弟がなることがほとんどだ。

 そんなところに庶民出の騎士が入りたいというのだ。出世目当ての愚か者と最初は思われていたのだが、現実を知ってなお挫けぬその姿勢から、やがてハラストはルニルアーラ……当時はルナーク殿下に対して個人的な想いを抱いているのではないかと、持ちきりになった。

 もちろん、そんな噂を持たれるような者など近衛騎士になれるはずもなく、当時ルニルアーラの身の回りの事を全て任されていた神官戦士のナズリーンに毛嫌いされたこともあり、近衛騎士になる目は消えた。


 それでも騎士は続けられたので二人を見ていることはできたが、その後はハラストを同じ性癖と勘違いした連中からの接触を多く受けて苦労することになった。


 そんな苦労の中、アストルナークに出会ったのは人生の大きな転機だったのだろう。


 竜の国へと赴き自身の血統の祖の地を見ることができた。

 それだけでなく、見よう見まねで使っていた仙気の術をより深く知ることができ、さらには先日、国境での戦いで功績を上げて晴れて近衛騎士となることもできた。


 これもみなアストルナークと知り合ったからだ。


 だから感謝してもおかしくはない。

 いや、感謝はしている。


 しかしそれを口に出して言うのは……すごく…………憚られる。


 なぜならあの男はルニルアーラが女王となったその時には、彼女の愛人になることを約束させているのだ。

 約束を破ればあの男はタラリリカ王国を去るだけでは済まないかもしれない。グルンバルン帝国で彼の所行を手伝わされたからわかる。

 彼は裏切りや不当な扱いというものに対し、とても過剰な反応を示すのだ。


「そういえば、あの新しいダンゲイン伯爵。ハラストは知り合いなんだろ? 変な噂があるけど大丈夫なのか?」

「……性格はあまり大丈夫ではないけどね」


 どんな噂なのかあえて聞くことなく、ハラストは話を続ける。


「だけど、信頼できるところもある。変人だよ」

「変人かぁぁ……ダンゲイン家らしいといえばらしいのか?」

「はははは……」


 彼は目的のために自らが悪党となることになんの躊躇もない。

 だが同時に自身が憎む存在と同じものになりたくないという気持ちも強い。


 だからこそ、彼の方から約束が破られることはないだろうし、裏切られることもないだろう。


 彼が本気で人の上に立つことを指向すれば、その人柄に惹かれて付いていこうとする者は一定数存在するだろう。


(だからさっさとグルンバルン帝国でもどこでもいいから国を滅ぼしてそこの王様になってくれたらいいのにな)


 そしてルニルアーラのことなどさっさと忘れてくれ。

 感謝はしている。

 だけどそれとこれとは話が別だ。


 本気で、切実にそう考えるハラストであった。




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