205 狂戦士と吸血鬼の狩り場 8
ようやく城の前に辿り着いた。
広い堀を見下ろせば気が遠くなるほどに深く、降りしきる雪は視線の届かない闇に飲まれていく。
跳ね橋は下ろされたままだが城門は閉じられていた。
太い鉄柵を引き上げる機械式の門だ。門番の姿はない。
ここまでの長い旅を終えたゾンビたちはためらうことなく堀の中へと落ちていく。
あいつらの旅は一体なんのためだったのか?
感傷的には……まったくならない。
そんなことよりも俺たちには眼前に開かない門っていう問題がある。
「さて、どうやって入るか」
俺は意見を求めてラランシアとリンザたちを見た。
「城攻めの要領で行きますか?」
「梯子はないぞ? 投げ縄でもあそこまで届かないだろう」
「この城壁、バカみたいに高いよな」
「かぎ爪で昇ればいけるんじゃね?」
「登り切れる奴が何人いる?」
「じゃあ、門をぶっ壊すしかないんじゃないか?」
「このぶっとい鉄をどうやって壊すよ」
「そりゃあ……」
と、全員の視線が俺に集まる。
「やれやれ……」
なにか攻城の技術を披露してくれるかと思ったが、そういうのはないらしい。
「この人数でこの規模の城を壊すのはいくらなんでも非常識ですよ」
とラランシアに窘められてしまった。
「できるのなら、あなたがやってください」
「へいへい」
方法はいくらか考えているから一個ずつ試してみるとするか。
まずは……。
俺はノアールを腰から抜く。
【斬鉄】
鉄柵の門に向かって剣の形で大人しくしているノアールを振るう。
鉄を断つ剣技を纏った斬線はするりと城門を抜けていく。
そのまま人が通れる形に斬線を刻み、剣を収める。
「さて……」
蹴りを入れて様子を見る。
成功なら切った部分が外れるはずなんだが……。
なにも起きなかった。
「おや?」
意外な結果に俺はノアールを見た。
「切ったよな?」
「切りましたよ」
剣を残して人の姿を取ったノアールが頷く。
後ろでタイタニスが驚いているが知ったことではない。
「切ったときの味があの場所と似ていました」
「あの場所?」
味があったのかという驚きもあるが似たところを知っているということの方が気になる。
「どこだ?」
「太陽神の試練場です」
「……なるほど」
と、いうことは、ここは……。
「まだ知られていない試練場か。それとも古代人の迷宮か」
しかしそれなら、別の壊し方もあるよな。
「……お?」
そう思って手を伸ばそうとしたとき、音を立てて門が上がっていった。
「よし、入れるな」
「なんですか、この仕掛け?」
「あれっすか? おばけっすか?」
「おおお……俺、おばけだけはだめなんす」
「うへぇ……こえぇぇ」
「うるせぇよ。さっさと入るぞ」
狂戦士どもがうるせぇ。
さっきまでゾンビについて行ってたのにおばけもくそもあるか。
「だってゾンビは切れますやん」
「だよなぁ。血が出るなら殺せるよな」
「もう死んでるくせに殺せないとか反則だよな」
「わたしが殺せるようにできますよ」
本気で怖がっている狂戦士どもにラランシアが告げる。
「わたしの側にいればなにも怖れるものはありません。死を与えようとするものには等しく死を受け取る義務があるのです」
「おお……」
本気で感動する狂戦士どもの目にはラランシアに後光が差して見えているのかもしれない。
「ほれ、さっさと行くぞ」
その場でお祈りを始めようとする狂戦士どもに告げ、俺たちは門を潜った。
四つの見張り塔を繋ぐ城壁に囲われた中庭に雪は届いていなかった。灰色の景色の中に濃い紫の花を咲かせた低木の木々が道をなぞっている。
広大というだけの味気ない中庭を抜け、城へと入る。
城の中も閑散としている。
だが、見た目の寂しさとは打って変わって、ここには気配があった。
「……隠れていますね」
「だな」
リンザが刀に手を掛けて周囲に気をやる。
「やりますか?」
「仕掛けてきたらでいいだろ。とりあえず奥に行くぞ。殿下もそれでよろしいか?」
と、タイタニスを確認しようとして俺たちは絶句することになる。
「殿下?」
後ろから付いてきていたはずのタイタニスの姿がなくなっている。
「うん?」
と首を傾げている間に、また一つ気配が消えた。
視線が動いた隙を突くように隣にいたはずのリンザが消える。
続いてラランシアと狂戦士どもも消えた。
「……いまなにかおかしな力がわたしに働こうとしました」
ノアールがポツリと呟く。
「分散させる力が働いたんだろうが、お前の場合はそれが適応できなかったんだろうな」
こいつは一人の人間ではないし、アイテムだし、俺の腰にある剣とも繋がっているしで色々とイレギュラーだからな。
向こうの目算通りにしようとすれば色々と不都合が起きるだろうな。
「慌てていませんね?」
「そりゃしかたない」
ここにこの建物があることは事前に知っていたし、すでに試練場の系統だとわかってもいる。
そして、吸血鬼が逃げ込むような場所だということも。
「問題なのは、奴らは利用しているだけなのか、それとも……」
そう。
それとも……。
「ようこそいらっしゃいました」
影から抜け出すように執事姿の老人が現われた。
「久方ぶりの温かいお客人にご主人様は大変に喜んでおられます。よろしければご案内させて戴きますが?」
「そりゃどうも」
「では」
白髪を後ろに撫でつけた老人の言い種からすると案内されなくても問題は無さそうだが、断ったときにはめんどうなことになるのだろう。
どちらにしろ、ここの主人なら会っておいて損はないはずだ。
それにしても、温かいお客人とは……奴らにとっては詩的な表現なのかね。
老執事の先導で城を奥へと向かっていく。
姿を見せない気配はそこら中にいて、俺を取り囲んだまま一緒に動いている。
まっすぐ進んだ先に大きな扉がある。
ついこの間見た、ランザーラ王国の謁見の間よりも立派な扉だ。
「よくぞ来た!」
その先の玉座でふんぞり返っていたのは巨人種に迫る大きさの筋肉ダルマだった。
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