203 狂戦士と吸血鬼の狩り場 6
俺たちはゾンビたちの後を追ってランザーラ王国の国境に近い地域を北に向かって歩いていた。
俺の引っかけに簡単にひっかかった第二王子……現ランザーラ王国の王太子であるタイタニスは無言のまま後を付いてくる。
前からそれほど饒舌な方ではなかったが、この沈黙は正直言って、うざい。
「なんでこんなことをしてるんだ?」
「……あなた、謁見の間で見たときとまるで印象が違いますね」
俺の質問は黙殺され、逆に質問された。
そうか、あの謁見の間にいたのか。
「演技だ演技。そんなこと、当たり前だろう?」
「では、どうしてそれを続けないのです?」
「騙すのは王だけで十分。言質を取ればもう必要ないからな」
自分が侮られていると感じて睨み付けてくる少年に俺は笑いかける。
「そもそも、護衛もなくこんなところに一人でいる王太子など前代未聞って奴だろう? 侮られるに十分だ。勇気は認めるがね」
「あう……」
俺の指摘に反論もできず、タイタニスは俯いた。
「それに、いまさらダンゲイン伯爵は嘘を吐いていますと告げ口しに帰るのか?」
「それは……」
無理ではないだろうが、それをされたところで痛くもかゆくもない。
もはやすでに動いているのだし、王太子がここにいる時点で俺たちの目論見が当たっていたことも示している。
「このゾンビが向かう先に、俺はちょっと当てがあってね」
「どういうことですか?」
「先日、俺の知人が吸血鬼に襲われてな。あいにくと討ち漏らしたんだが、そいつはランザーラ王国へと逃げていった」
まぁ、実を言えばもっと正確な情報をすでに入手しているんだけどな。
【天通眼】による監視は続行しているので、奴……ヤグオートがどこにいるのか。どうしてそこにゾンビが集まっているのかもわかっている。
とはいえ、それをこいつに教えてやるいわれもない。
とは思ったものの、タイタニスは予想外に頭が回るようだ。
「では最初から、あなたはここでなにが起きているかわかっていたのですか?」
「……ここまで大事になっているとは思ってなかったよ」
とは言ったものの説得力がないことは自覚している。
いまの俺たちはゾンビを追って北へと向かっているのだが、すでにこの辺りは雪深く、人がほとんど入り込んでいないことを示している。
馬など使える状況ではない。
ゾンビたちの遅々とした進みが雪をかき分けてくれるので、俺たちはその後ろをありがたく付いて行かせてもらっている。
「それで、王太子殿はどんな真実が欲しくて俺に付いてきたんだ?」
「…………」
俺がわかっていてここに来たのと同じように、タイタニスだってなにが起きているのか知った上でここに来たとしか思えない。
「…………」
まぁ、それを敵国の貴族に語る必要があるか? となると……ないのだけどな。
ただ、敵国の貴族に紛れて行動しなければならないということは、少なくとも国内で彼の行動を支持するものはいないということだ。
いくら成り立ての王太子と言ったって、本来なら護衛の一人ぐらい連れていくことはできるはずだ。
それができないということは……。
「どうやらこの先には誰もが蓋をしたい秘密があるようだ」
「……一つお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
質問ばかりしてこちらの問いに答えないタイタニスだが、俺はかまわずに先を促す。
「知人を襲った吸血鬼を追ってきたというが。では、謁見の間で言った先代ダンゲイン伯の遺体を探すというのは?」
「見つかれば持ち帰るが、見つからなければどうでもいいですな。実際、俺はもう伯爵になっているわけだし」
「あなたは先代伯爵と血の繋がりがないそうですが、それでもあなたのその態度は冷たすぎるのではありませんか?」
「戦馬鹿が戦場で死んだんだ。じいさんにとってこれ以上の死に様はない。その上で墓にまで入れてくれだなんて贅沢にもほどがある」
「しかしそれは、残された者の気持ちではないでしょう!」
「死んだのは貴族だけではないのですが、王太子殿?」
嫌味を込めて、俺は王太子を強調した。
「殿下の眼前でふらついているあのゾンビどもにだって、探せば帰るのを待つ者の一人や二人いるかもしれない。見つけて差し上げたらいかがか?」
「うっ……」
俺の嫌味が通じたのか王太子は息を呑んだ。
「王族貴族には重責とやらがあるかもしれないが、お前らの理屈でまず死ぬのは平民たちだ。ならば死後ぐらいは平民と同じように野ざらしになってやるぐらいの度量が欲しいものだね」
「なっ……そんな…………」
実際にじいさんがどう考えているかなんて知ったことではない。
ただ、どうせなら拾って欲しいとでも言おうものなら「甘えんな」と返すつもりではある。
まぁ、大人しく死んでくれているなら、そんな会話もできないのだが。
さて、そろそろか……。
「うわっ!」
俺の一言で物思いに沈んでいたタイタニスは、いきなり右側の雪が崩れた事に驚いて声を上げた。
新たなゾンビ……ではない。
「お? どこかに繋がったか?」
「いや、これはまた雪道だ」
「あ」
「あ」
タイタニスの上げた声に反応したのは俺のよく知る連中、ダンゲイン狂戦士団どもだ。
「若大将! ようやく合流できましたな」
「若大将って、俺の呼び名か?」
海に出て弦楽器をかき鳴らしたくなる呼び名だ。
「主様!」
「リンザ、ご苦労」
「はい!」
男連中を押しのけて現われたリンザは嬉しそうに微笑んだ。
「それで、成果はどうだ?」
「残念ながら、団員に兆候を見せるものはまだ」
「そうか。単純に戦果を積ませるだけではだめか」
「それでしたら、わたしよりも年長の者たちがそうなっていなければおかしいですし」
「だよなぁ……。まっ、手探りは覚悟の上。このまま殺って殺って殺りまくるのみ、か」
「我ら狂戦士団、望むところであります!」
三十人の男たちが朗らかに笑う。
だが一人、笑っていない者がいた。
もちろんそれはこの領域内において至尊の位置に最も近い人物である王太子タイタニスだ。
「ダンゲイン狂戦士団!」
雪を割って現われた一団が何者か理解し、タイタニスは絶叫した。
「おっと、いかん」
芝居をしないといけなかったな。
俺はリンザに視線で合図を送った。
「……そういえば、どうしてお前たちはここにいるんだ?」
「え? ここは隣の男爵領ではないのですか? そういう主様こそ、どうしてここに?」
「うん? ここはもうランザーラ王国内だぞ?」
「なんですって。それは……どうも迷ってしまっていたようですね」
『モップ掛け作戦』で進行上のめぼしい賊や魔物の巣を潰してきた結果であり、その指示を【天通眼】を通して即時に出していたのは俺なのだから、迷ったなどということがあるわけもない。
この辺りで合流するのは、まさしく予定通りだ。
できればそれまでにランザーラ王国側からの監視は剥ぎ取っておきたかった。密偵どもはすぐに騙されてくれたのだが、タイタニスは自身の隠された目的のために付いてきているため、離れることなどありえない。
リンザと一緒に白々しい芝居を淡々を演じきり、俺はタイタニスを見た。
「迷ってしまったのでは仕方ない。こんな雪に埋もれた場所で下手に動いては遭難の危険もある。ここは共に行動するべきと考えるが、どうでしょうか、王太子殿下?」
「そんなの信じられるか!!」
タイタニスの言葉はまさしく真理なのだが、この場では真理になんの力もないこともまた真理なのだった。
すでに雪深い場所の奥深くに入り込んでおり、進んだ道も新たな雪に埋もれようとしている。ゾンビの後を俺たちと一緒に行くか、それとも雪を掻いて自力で戻るか……どちらが生存率が高いかを考えられるぐらいには、タイタニスは冷静さが残っているようだった。
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