201 狂戦士と吸血鬼の狩り場 4
戦争大好きダンゲイン伯爵家は、代々において領地経営にそれほど積極的ではなく、業務のほとんどを王家から派遣してもらった職員たちに代行してもらっていた。
そうするとより多くの税金を王家に支払わなければならないのだが、ダンゲイン家は戦費さえ稼げれば後はどうでもよかった。
とはいえ、その戦費を稼ぐというのが最も大変なことであり、ダンゲイン家も金稼ぎと無縁の生活を送れていたわけではない。
独自の方法を編み出して、戦費稼ぎに精を出していた。
その方法がダンゲイン家らしいといえば、らしいのだが。
「がーーーーーーーはははははっはははっはははっは!!」
「あはははははははは!!」
「弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い!!」
「どうしたどうした! 根性見せろやおりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!! もうらめぇ!! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
むさ苦しい雄叫びに続くむさ苦しい悲鳴。
雄叫びがダンゲイン狂戦士団の男たちなら、悲鳴は盗賊団のものだ。
「誰だよダンゲイン家が弱くなったとか言った奴!」
「お前だよ!」
「こんな死に方は嫌だぁ!」
「おかあちゃあああああん!!」
「うわはははははははははは!!」
盗賊団の隠れ家を襲撃した狂戦士団の面々は彼らの悲鳴を哄笑でかき消し、血と臓物のにおいが山の中に満ち、刺激されたカラスたちが泣きわめく。
敵がいなくなるまで戦いを止めることのない狂戦士たちを相手にして降伏はありえない。彼らは自分たちが破れた肉袋と化すその時まで、血臭に酔いしれる戦闘狂を相手にしなくてはならないのだ。
この世の地獄はここにありという光景の中、リンザは勝敗が決した時点で刀を振るのを止め、状況を見守った。
ダンゲイン家の金稼ぎ。
それが、この行為だ。
ダンゲイン伯爵領と境を接する領主たちを相手に街道の安全保障や治安維持を請け負い、賊の討伐や魔物退治を引き受けていた。
完全に冒険者たちのお株を奪う行為なのだが、同時に有能な冒険者を自軍に勧誘していたためか、それほど不満が高まることはなかった。
それでも本来なら、狂戦士団が治安維持で出張ることは滅多にない。派遣される兵力は他にいる。戦いを制御できない彼らに街道での護衛などを任せられるわけもない。
というわけで彼らの出番は主に、こうした賊の隠れ家の襲撃ということになる。
相手が金持ちの子供などを誘拐していたりしたらまためんどうなことになるのだが、今回はそうなる前にリンザが混乱に乗じて人質を救出している。
「そういえば、以前はこういう役をガルバーズ様がなさっていたのか」
ふと過去を思い出し、そしてその役を自分が引き継いだのだと思うと胸が温かくなると共に、目頭が熱くなる。
現在の主であるアストルナークにはガルバーズに通じるものがあるが、しかしガルバーズとはやはり違う。
ガルバーズなら、リンザに手を出すことはなかっただろう。
それが嫌だということではない。
むしろ嬉しい。
あれほどに圧倒的な力を示す存在に支配されているのだという感覚は、リンザになんとも表現できない恍惚を脊髄に宿らせた。
「しかし……」
狂戦士の頃にあった止めようのない血のたぎりは収まっているとはいえ、戦いに入ったときの興奮は酒よりも強い快楽をリンザにもたらす。
その感覚を抑えながら彼女は疑問を漏らした。
「こいつらの隠れ家の場所にしても人質の場所にしても、どうして主様はこれほど正確な情報をお持ちなのか?」
しかも現在、アストルナークは国外……ランザーラ王国にいるというのに、だ。こちらの状況を【交信】で指示しているというのに、まるでついさっきまで見ていたかのような情報を伝えてくる。
「リンザ。終わったぜ」
狂戦士団の中でもリンザと同年の男サイスがやってきて告げる。
かつては百名の狂戦士によって構成されていたダンゲイン狂戦士団はガルバーズの死とともに多くが死に、三十名しか残っていない。
その三十名の頂点にリンザが指名された。
生き残った三十名が比較的若い者たちだったということもあるだろうが、一番の理由はリンザが《侍》に昇華したことで冷静な行動ができるようになった、という点が大きい。
なにより一番の理由は……。
「大将の代わりにめんどうなことを引き受けてくれるんだな? やったぜ!」
ということになる。
大将というのはガルバーズのことだ。
彼らは戦い以外にやりたいことがない。それこそが《狂戦士》たる由縁である。なのでそれ以外はなるべくやりたくないのだ。
「若大将は俺たちに餌をたくさんくれそうだな」
「そうね」
返り血で汚れたまま快活に笑うサイスに笑い返す。
若大将とはアストルナークのことだ。
現在リンザ率いるダンゲイン狂戦士団は、アストルナークがランザーラ王国に出立する前に命じた『モップ掛け作戦』を遂行し、移動中である。
移動は街道を避けた山間部や荒野ばかりを通らされる。
まるで悪所を行く行軍訓練のようだが、その行き先はその都度、【交信】によってアストルナークに指示される。
まるで子供がむちゃくちゃにモップ掛けをしているかのような行軍路なのだが、その進む先には必ずといっていいほど、賊の隠れ家やゴブリンなどの魔物の住処が存在する。
「物資はまとめたぜ。食料と水と酒は持てるだけもらった。金目のもんはまとめて隠した」
「怪我人はおりませんか?」
そう言ったのはリンザではない。
「治しますので言ってください」
「これは大神官様、もったいないお言葉です」
リンザは慌てて礼をして彼女を迎えた。
そこにいるのラランシアだ。
タラリリカ王国における戦神神殿の最高責任者である大神官の言葉に、リンザだけでなく周囲に集まりつつあった狂戦士たちも緊張する様子を見せる。
戦い大好きな彼らだけあって、戦神への信仰も厚い。ゲインの町にも小さいながら戦神の神殿があり、怠け者の彼らが酒場以外で唯一足繁く通うのがそこであったりする。
中には信仰を得て《神官》の称号を獲得している者もいるぐらいだ。
しかしなぜ、ラランシアがここにいるか?
アストルナークに命じられて出発の準備をしているときに、ラランシアはふらりとゲインの町に訪れ、リンザたちが移動するのだと察すると同行を申し出て来たのだ。
どうしたものかとアストルナークに【交信】で伝えると、彼は好きにさせろと返した。
「しかし、ラランシア様、よろしいのですか?」
少々やりにくい気持ちもあるとはいえ、尊敬するラランシアがいてくれるのは嬉しい。
とはいえ、責任ある立場である彼女がお付きもなくこんな場所にいていいものなのか?
「問題ありません」
リンザの心配をラランシアは一笑に付した。
「なぜなら、わたしはアスト……ルナーク……めんどうですね。アストルナーク様に忠誠を誓いましたから」
「……は?」
「戦神に仕える者の忠誠の誓いは絶対。これを邪魔することは例え法王とて許されません」
「ほ……本気ですか?」
実力派の大神官として知られるラランシアの忠誠を得るなど、それこそ国王か勇者しか値しないといわれている。
それを貴族とはいえ伯爵のアストルナークが得るなど……。
実際のところアストルナークは勇者なのだが、それは狂戦士団のみなにも明かされていない。
「本気ですとも」
引き付けられるような笑みで頷かれてはリンザもそれ以上はなにも言えない。
「怪我人がいないのであれば、まずはその格好をどうにかしましょう。さあ、お湯を沸かしていますので、みなさんその返り血を拭ってください」
「は、はい」
ラランシアに誘導される狂戦士たちには、さきほどまで賊たちに恐怖のあまり糞尿を垂れ流させていた恐ろしさはない。
まるで悪戯をした後で逆らえなくなった悪がきと院長のようだと、孤児院育ちのリンザは思うのだった。
その後もラランシアを加えたリンザたちダンゲイン狂戦士団はタラリリカ領内を進む。
冒険者たちも近寄るのを嫌がるような場所ばかりであり、そのために賊や魔物たちの大きな住処や縄張りが集中しており、狂戦士たちは戦いに困ることはなかった。
リンザにしても一度動き出したら止まりようのない彼らの指揮をどうするべきか考える機会を得て大きく成長することができた。
そしてなにより、いくら負傷しようとも戦神の大神官であるラランシアの強力な治癒力が彼らを支え続ける。
こうして『モップ掛け作戦』は続けられていく。
無茶苦茶な軌道を描いているようだが、彼らはある方向に向かって誘導されていた。
それは西……気付けば彼らはランザーラ王国に入り込んでいた。
しかしそんなこと誰も気にしない。
なぜなら彼らは狂戦士。
それを引率するリンザにしてもラランシアにしても内面においてはそう変わりないのだ。
主人であるアストルナークがそうせよと言っているのだからそうするのみである。
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