200 狂戦士と吸血鬼の狩り場 3
案外騙されるもんだな。
城の中を歩いているから口には出さず、思うだけだ。
いまだ疑われているのか、それとも念のためか、諜報部隊のような連中が気配を殺し、俺の側で耳をそばだてている。
迂闊なことは口にはできない。
後ろから付いてくるラナンシェもそのことを承知しているのか黙ったままだ。
とはいえ、言質はすでに取った。
今回の芝居は俺だけの考えではない。
ルニルアーラの部下たちが頭を捻って潜入作戦のための知恵を授けてくれたのだ。
持つべき者は有能な部下ってことか。
ともあれ、こうしてランザーラ王から滞在の許可を得ることができた。
後はこっちのものである。
自分たちがやらかしてしまったことを存分に後悔してもらうとしよう。
城を出て宿に入る。
しばらくだらりと過ごし、過ごすだけも暇なのでラナンシェといたしていると、ようやく気配が去った。
「よし、もういいぞ」
「もう、いいぞ……じゃない、バカッ!!」
かわいい声で鳴いていては説得力もない。
俺は当たり前に最後まで楽しんだ。
ラナンシェが落ち着いたの頃には暦が一日進んでいた。
「それで……これからどうするの?」
「もちろん、じいさんの遺体を探すのさ」
戻っていないのは事実だし、それがあるなら連れ帰ってやりたいという心情はある。
もちろん、本命は別なので、あくまでもついでなのだが。
「その態で国内をうろついて、噂の第一王子を探すとしよう」
ランザーラ王国に内乱の種はないのか?
王都タランズの会議場でそれを尋ねると、あると答えられた。
それが第一王子の突然の廃嫡だ。
重病のためと公表されているが、前日まで元気な姿を見られている。
あまりに唐突なため、新たに王太子となった第二王子派閥の暗躍を疑われ、これまで第一王子を指示していた貴族たちもいきなりのことに王への不信感を露にしているという。
今回の突然のタラリリカ王国への侵攻は、人類領会議からの要請もあっただろうが、それ以上に新たな王太子にその資格があることを示すための戦争だった。
その結果としてタラリリカ王国内部への侵攻はかなわなかったものの、ダンゲイン伯の討ち取りには成功した。
さらに次代のダンゲイン伯はおよそ惰弱な性格となれば新王太子の初陣は成果のあるものだったと認められることになるだろう。
突然に担ぐものを取り上げられた第一王子派は行き場を失い、かといっていまから新王太子となった第二王子に擦り寄ってもいまさら美味しい部分など残っているはずもなく、弱い立場におしやられるだけとなれば、不満が溜まっていく一方だろう。
「第一王子を見つけ出してタラリリカ王国が援助して内乱を起こさせる」
そうすることでタラリリカ王国は東の脅威に悩まされることがなくなるし、場合によってはタラリリカ王国の傀儡とすることも視野に入れることができる。
「そんなにうまくいくものかしら?」
「別にそこまでうまくいかなくてもいいさ」
ラナンシェの懐疑的な言葉に俺は笑いかける。
「大事なのは俺が舐められている間に、やらかしてやるってことだ」
一度は侮った新ダンゲイン伯爵が実は侮れない存在だったと思い知る。
そのときに刻まれるのは新たなダンゲインへの強い警戒心だ。
それもまたランザーラ王国に対する抑止力となるだろう。
他にもイルヴァンの血を吸った吸血鬼ヤグオートを追いかけるのだが、それはラナンシェが知らなくてもいいことだ。
彼女はこのままタラリリカ王国に戻ってしまうのだ。
伯爵領の調査やらなんやらしてもらわないといけないことがあるからな。
ずっといてもらうわけにはいかない。
まったく、有能な部下ってのは大事だよな。
「それと、もう一つわかったことがあるわね」
「……ああ、そうだな」
ラナンシェの言葉に俺は少しだけ同情的な気分になった。
「あいつら、俺が誰か聞かされていないな」
情報遮断の努力はしていたそうなので東部国境の戦いの経緯をランザーラ王国がいまだ知らないということはありえる。
だが、俺が誰か……アストルナーク・ダンゲインがかつてどういう名前であり、どういう身分であったのかについて、人類領会議はランザーラ王国に伝えていない。
かつて《勇者》として天啓を得、そして貴族制度の前に殺されたアストという勇者であり、人類と魔族の主戦場を怪現象によって使えなくした過去を持つ者だと教えられていないのだ。
その情報を持っていれば、俺がどんなに惰弱の振りをしたところで信じなかっただろう。
王都タランズで知恵を授けてくれた連中もそのことを心配していたが、同時に高い確率でその情報は封印されているであろうとも推測していた。
「人類領会議からすれば、勇者アストが抱えている暗殺騒ぎは、現役勇者の中でも一番の実力者であるユーリッヒやセヴァーナの名を汚す醜聞だし、主戦場の異常現象にしたところで、それを個人がやった結果だなんて公表しようものなら、世界中に制御不能の破壊現象が解き放たれていますって言うも同じだからな。人類領会議自ら、力不足を主張するようなこと、するはずもない」
と教えてくれたのは以前に国王救出作戦で活躍してくれたコルヴァンドだ。宮廷魔導師団の窓際族だった彼は、あの一件で知恵者の仲間入りをしたらしく、俺が提案した作戦の補強会議にも参加していた。
そういうわけで、この国で俺を知る者はいないだろうし、いたところでもはや遅い。
伯爵領へと戻るラナンシェの馬車を見送り、さて行動を開始するかと思っていると近づいて来る気配があった。
「ダンゲイン伯爵でしょうか?」
「そうだが?」
振りかえると、そこに立っていたのは騎士の鎧を着た若者だった。
俺よりも若い……というか、若すぎる。
そして見目も良すぎる。
顎の辺りまで伸びた金髪は細くゆるい風にも簡単になびき、青い大きな瞳は荒事を知らないかのようだ。
なにより顔には幼さを示すかのような丸みがあり、緊張のためか頬を赤くしたその姿は鎧ではなくドレスの方が似合いそうだ。
少年というよりは少女の方がよく似合う。
少年なのか少女なのかはっきりしない騎士は緊張した顔で居住まいを正して名乗った。
「ランザーラ王国近衛騎士団のイグニスです。閣下の案内役をせよと仰せつかっております」
声まで中性的だ。
「……ふむ、ご苦労さん」
「え? あ、あの……」
遠慮なく近づいて首の辺りで鼻をならす俺に中性騎士イグニスは戸惑いを見せる。
「一応は、男か?」
「完全に男です!」
と、主張するその姿も男勝りな女の子にしか見えない。
まぁ、さすがに自由にはさせてくれないよなとは思っていたから案内役という名の見張りが付くのは別にかまわないんだが……。
「ガキは範囲外なんだけどな」
「いや、だから……」
「おっと、俺はそっちの気もないからな。勘違いするなよ」
「しません!」
俺の態度に短時間で疲れ果てたのか、イグニスは長いため息を吐いた。
「それでは伯爵閣下。これからどうなさいますか?」
「とりあえず、この前の戦場に連れて行ってもらおうか」
ああ、それなら方向が同じなんだからラナンシェと行動を共にすればよかったなと思ったが、時すでに遅し、だ。
「では、馬を用意します」
「頼む」
俺の腰で大人しくしているノアールを使えばいいだけだが、今回は大人しくしておけと命じている。
敵の縄張りで自分の手札を切るまでもない。
今回はじっくりと貴族として歓待されてやろう。
まぁ、望まれない客だろうけどな。
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