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02 地獄ルートの日々


 戦神の試練場は十五層で終わりではなかった。

 いや、十五層まではそれこそ初心者のための訓練施設でしかなかった。

 そこから先は成し遂げるまで帰ることの許されない、まさしく試練の道だったのだ。

 魔物の強さは格段に強くなり、罠の種類は豊富になった。眠れる場所はほとんどなく、気を休められる時間は貴重となった。


 そんなところにおれ一人でやってきてしまった。


 身を潜める場所を探し、食べ物を求め、魔物から逃げるだけの日々。


 なぜおれはこんなところで生きているのか?

 死んでたまるか!

 わかりあえたと思ったのに。

 死にたくない。


 絶望、怒り、後悔、孤独……それらはぐるぐると回り続けおれを責め続ける。


 だがしかし、こんな環境にも一月ぐらいしたら慣れた。

 もちろん、正しい時間の概念は壊れ始めていたので正確に一月だったかどうかはわからない。

 おれに勇者に選ばれたという以外で他人に誇れるものがあるとしたら、それはきっとこの図太さだろう。


 食料は魔物を倒してそのまま喰らった。その血をそのまま飲んでも病気になるようなことはなかった。


 小動物のように短い眠りを繰り返して体を休める方法を覚えた。


 地上の魔物どもはわからないが、ここは戦神の試練場。ここに配置された魔物は神々が用意した試練そのもの。

 その肉もその血もその強さも、試練を受ける者たちの糧となるために用意された物だ。


 そうと気付いてからおれは戦い続けた。

 罠をくぐり抜け、勝てない魔物の群からは逃げた後、必勝の策を講じてから逆に襲いかかった。

 影に潜んで必殺の一撃を狙う魔物の気配を察知し、剛力を誇る魔物と力比べをし、炎の魔法で周囲を燃やす魔物に氷の魔法で対抗したりした。


 ときおり現われる強力な個体が守る部屋の奥には必ず宝物庫があり、おれはそこで知識と武器、あるいは冒険に有益なアイテムを手に入れることができた。


 水中呼吸の護符、暗視のバイザー、各種耐性の紋章、身代わりの偽魂石などなど……ありがたかったのは無限管理庫への鍵だ。これは異空間にある倉庫へと繋がる魔法の鍵で、そこではいくらでも手に入れたアイテムを放り込むことができた。

 あいにくと一度の滞在時間は限られているため、この倉庫で休憩するという手段はとれなかったが、それでもありがたいことには変わらない。

 迷宮一層が全て水没していたこともあったし、絶えない炎や溶けない氷、砂嵐に追いかけられ続けるなど、魔物が強くなる以外の難関も多かった。

 一歩間違えれば死に繋がるようなものばかりだったが、おれは早い段階である事実に気付いていた。


 それは、次の層を攻略する鍵は、必ずいまいる層に隠されているということだ。

 水中呼吸の護符を手に入れたら次の階層は水没していた。暗視バイザーを手に入れた次が光のない階層だった。

 と、こういう風に丹念に階層を探れば、必ず次の階層を生き残る術を手に入れることができた。

 もちろん、階層に潜む魔物は常に強く、油断すれば即死に繋がった。死を代わってくれる身代わりの偽魂石が砕けたのも一度や二度ではない。


 それでも焦ることなく丁寧に階層を探りつづけた。

 攻略を焦る必要は無かった。

 もはや地上へと戻る気持ちは薄かった。戻ったところでなにがあるわけでもない。村ではすでに死んだ人間扱いされていることだろう。

 ユーリッヒやセヴァーナたちがおれのことを世間になんと言っているかわからない。どうせろくでもない人間だったとでも吹聴しているに違いない。


 地上に戻ったところで心が求めるものはなにもない。

 生きているのは死ぬのが嫌だからに過ぎないし、攻略を続けるのは生きていてやることがそれだけしかなかったからだ。

 森の動物が「なんで生きているのか?」なんて聞かれたら「腹が減ったら草を食べる。そうしたら生きていた」とでも答えるだろう。


 生きているなんてそんな程度のものだ。


 武器の見映えや形にこだわる気持ちはなくなった。どんなものでも手に取った感触で最適な動きがなにか、本能でわかるようになった。

 下手な鎧は行動の邪魔になるだけだし、それなら肉体に刻むことで様々な恩恵を得る紋章を使った方が効率的だった。

 魔法を使うために詠唱するなんてのは時間の無駄だから、詠唱なしで魔法を使う術を身につけた。

 魔物を殺し、食い続けたことで彼らの特殊行動を獲得する術を手に入れた。そしてそれらを紋章化して管理する方法も得た。


 どれだけの時間が流れたのか、もはや時間の概念は完全に壊れていた。

 階層をただただ、下へ。下へ。

 階層を下ったときに数字だけは書かれている。ある意味で、それが時間の代わりだった。一つの区切りだ。

 九十九から百へとなったとき、それがちょっとした記念のような気はした。


 そしてそれは、本当に記念だった。


 そここそが戦神の試練場の最下層だったのだ。


 そこは闘技場のようなすり鉢状の空間だった。


 おれが出てきた場所の向かい側に同じような穴があり、そこから一つの影が出てきた。


 お互いにお互いを確認し、身構えた。


 この迷宮で出会う動くものは、即ち敵だ。だが、相手がどんな特性を持っているかわからない。まずは生き残ることを優先して防御用の紋章を数個展開し様子を見る。


 ……と、相手も自分の周りになにかを光らせ、その身に打ち付けた。


 紋章だ。


 おれと同じことをした?


 影人間ドッペルゲンガーか? と思ったが違う。


 このときのおれは一人をこじらせすぎて自分の肉体に関してひどく無頓着になっていた。

 だから改めて観察して、それが影人間ではないことに気付いた。


 あれは、魔族だ。

 同じ魔が付くが、魔物と同じ存在ではない。人間の敵、理解し合えないものは魔だという、人間側の暴論によってそう呼ばれているだけだ。

 魔法にも魔が付くのは、それがほとんどの人間には仕組みが理解できないからだ。


 それはダークエルフと呼ばれている魔族の一種族だ。


 そして、女だ。

 浅黒い肌に銀の髪。長い間手入れされていないのか、肌は汚れ、髪はぼさぼさのひどい有様だった。

 まぁそれはおれも同じだろう。


 しかし、魔族、ダークエルフ。

 魔物ではない?


 おれは動揺していた。

 それはもしかしたら、向こうも同じだったのかもしれない。


 魔物以外の動くものを見るのは一体どれくらいぶりなのか?


 敵か、味方か? いや、魔族だから敵なのか? いや……。

 人間だから味方だと断言できないから、おれはここにいるんじゃなかったか?

 ならば、あの魔族が敵だと断言する根拠はどこにある?

 前提はすでに壊れているのだ。既成概念にこだわる必要は無い。


 まずはそれを確かめるべきか。


「……あ」


 なにか言おうとして、喉が引きつった。


 そういえば、魔法の詠唱さえも省略するようになってからは声を出していなかった。無駄な音は魔物を呼ぶだけだ。戦闘音以外はなるべく音を出さないように行動しつづけた結果、喉がかなり弱っていた。


 慌ててなにかを叫ぼうとして、咳き込んだ。


 そして同じようなことが向こうでも起きていた。


 やはり、向こうもおれと同じようにこの地下迷宮をくぐり抜けてきた者だ。


 そう確信したと同時に、それは現われた。


 影が闘技場を覆った。

 上からなにかが来る。

 身構えたと共に、それは地を揺らす轟音を撒いてそこに現われた。


 巨人?

 それは鉄の肌の巨人だった。


「ヨク辿リツイタ、人間タチヨ」


 過去の偉人を模したかのように精巧な姿をした鉄の巨人は唇を動かさないまま喋った。


「コレハ最後ノ試練。神々ノ階梯ニ至ル最初ノ一歩」


 その手はおれを人形のように掴むことができるだけの大きさを持っている。


「ミゴト我ヲ打チ砕キ、天孫ノ称号ヲ得ルガヨイ」


 その言葉とともに、巨人はその両手から衝撃波を生みだし、闘技場にぶちまけた。

 凄まじい破壊力が荒れ狂うが、面白いことに闘技場はビクともしない。


 だが、おれの方は闘技場ほどに頑丈ではない。衝撃波の破壊力に抗うことなく、その波に乗って宙へと舞い上がる。


 天翔疾走の紋章を発動させて、宙を走る。

 狙いは巨人の頭。


 鉄の巨人ならそれを伝導する雷はどうだ?


【覇雷】・重唱・付与・【剛拳】・【神走】……魔法と特殊攻撃と紋章を掛け合わせ、おれ自身が一閃の稲妻となって巨人に迫る。


 だがそれは、巨人の横っ面をぶん殴る前に防がれた。


 目に見えない壁だ。


 魔法による障壁か? とにかく、奴の防護機能が働いて、おれの攻撃は弾かれた。


 反動で右腕がやられたが、回復魔法で即座に回復する。粉砕した骨が肉を裂いて集結する感触は決して心地よいものではない。軟体動物のように蠢いて、右腕は元に戻る。


 無様に宙で躍るその隙を巨人は見逃さない。


 巨人の人差し指がこちらに向き、そしてなにかが放たれた。必殺の光線だ。防護の紋章は十分に配置しているが、はたして耐えきることができるか?


 ……と、その指がずれた。


 放たれる直前に攻撃が巨人の障壁を揺らし、その震動で狙いがそれたのだ。

 光線は横を通り過ぎ、致死の隙から逃れたおれはたすけてくれたダークエルフの側に降り立った。


「た、たすかった」


 どもったのはいまだに喉が引きつるからだ。


「協力」


 それに対して、ダークエルフも短く応えた。引きつった変な声だった。お互いにずっと声を出さずにいたことがわかる。


「はっ」

「ふっ」


 お互いに笑った。

 笑ったのなんていつ以来だ?


 そして、協力なんて……もしかしたら村でチャンバラごっこをしたとき以来じゃないか?


「どうなっても、知らないぞ?」

「同じく」


 そう言い合い、おれたちは巨人に立ち向かう。

 死の危険は感じていたが、恐怖はなかった。


 これまでと同じだ。

 いままでの階層をちゃんと攻略していれば勝てる。

 そして隣にはいままでになかった存在がいるのだから。


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