199 狂戦士と吸血鬼の狩り場 2
ランザーラ王国。
王都ラーラン。
大山脈から降りてくる冷気はタラリリカ王国のそれよりも強く、王国の一年はそのほとんどが雪景色と共にある。
それは王都にしても同じことであり、城のバルコニーから見渡せば雪かき仕事をする子供たちの姿をあちこちに見ることができる。
「タラリリカ王国からの使者が来たと?」
王の問いに控えていた侍従長が答える。
「いえ、正確にはダンゲイン伯爵個人の使者のようです」
「ほう?」
ダンゲイン伯爵とランザーラ王国の関係は根深い。
ランザーラ王国の領地欲がタラリリカ王国に向かうしかない以上、戦いは避けられないものであるのだが、その邪魔をしてきた戦のそのほとんどに代々のダンゲイン伯爵がいた。
つまりランザーラ王国にとってダンゲイン伯爵という名前は恨みに染められたものであった。
「しかも、本人のようで」
「なんだと?」
まさかダンゲイン伯爵の名を持つ者が一人でランザーラ王国にやって来るとは、その事実にはさすがに王も驚きを隠せなかった。
だがすぐに、唇に笑みを貼り付ける。
「今代のダンゲイン伯はやはり剛胆なのか、それとも愚かなのか」
いや……と王はすぐに自分の言葉を否定した。
ダンゲイン伯爵とは常に剛胆で、そして愚かなのだ。
だからこそ、《狂戦士》などというものを引き入れるのだから。
「どうなさいますか? 国使ではない以上、無視することも可能ですが」
「いや、会おう。今代のダンゲイン伯がどんなものなのか、確かめる必要がある」
「御意」
王の意思を受け、侍従長は下がる。
侍従長が謁見の準備にさがったのを確認し、ランザーラ王ゲドシュは再び王都の光景に目を戻した。
吹き抜ける冷気に歯を剥き出す。
彼は冬が嫌いであった。
冷気は人の心を縮こまらせ、土を固まらせ、人の命を減らす。
作物を増やす手段にはいつも困り、本格的な冬の到来は凍死者の数える日々と同義だ。
そんな土地からいますぐにでも逃げ出してしまいたい。
だが、それはできない。
それは彼が王だからだ。
王だからこそ、この土地から抜け出すときは自身を担ぎ上げる者たちと共にでなければならない。
そのための邪魔をしてきた者たちの代表がダンゲイン伯爵だ。
奴を排除することができるならタラリリカ王国など敵ではないと思っている者も多い。
「今代のダンゲイン伯が、惰弱であればいいのだが……な」
それを願い、王はバルコニーを去った。
突然のことでありながら、謁見の間の左右には大勢の者が居並んだ。
本来、このような突然の謁見には儀礼用の装備に身を包んだ近衛騎士が左右にいるだけでも厚遇なのだが、その他にも多くの貴族や騎士、文官たちの姿があった。
中でも多いのが騎士であり、貴族にしても武闘派の者が多い。
ここに集った者たちは新しいダンゲイン伯爵を一目見ようという気持ちから、やって来たのだ。
それはいまだにダンゲインの名を我が国が恐れているということにもなる。
それを相手に知られることにもなる。
ここは彼らを退出させるべきかと悩んでいると、騎士が来訪を告げた。
「ダンゲイン伯爵、入室!」
声とともに謁見の間の扉が開き、その姿が現われる。
ざわついた空気の中を堂々と歩いてくるのはまだ年若い青年であった。
先代ダンゲイン伯であるガルバーズとは似ても似つかない線の細い姿に、彼を軽んじる笑いが左右から聞こえてくる。
青年は少し不慣れな様子で玉座から遠い場所で足を止めるとその場で膝を付いた。
「お初にお目にかかります。アストルナーク・ダンゲインでございます。ゲドシュ陛下にお目通りがかない、光栄の至り」
「うむ。……それでなに用かな? ダンゲイン伯よ」
「まずは戦勝の祝いとしてこれらの物をお納めください」
「なんだと?」
周囲の動揺を無視してダンゲイン伯は共に連れてきた女性に目録を提出させる。
それを受け取るこちらの文官も驚きを隠せない様子で目録を持ってくる。
そこに書かれている内容は黄金に宝石に絹等々と本当に贈り物として定番の物品が並んでいた。
「戦勝……とは?」
「それはもちろん、帰国の勝利のことでございます」
「これは異な事を。我らは目的を果たすことはできなかった。国境を踏み越え留まることはできず、逆に貴公の父によって我らの土地まで押し戻されたのだぞ」
「しかし、我が養父を討ち果たすことに成功いたしたのでしょう」
「う、うむ……」
「ならばそれは、あなた方の勝利です。わたしはそれをお祝いいたしましょう」
「そ、そうか……」
自身の父の死を戦勝と言って祝いにやって来た。
その奇異な行動に周囲だけでなくゲドシュもまた唖然とした。
だがまだ、呑まれてはいない。
これにはなにか意味があるはずだと内心で警戒を強める。
「それで一つ、お願いがあって参りました」
「なにかな?」
そら来た!
本命はなんだ?
「先代ダンゲイン。ガルバーズ・ダンゲインの遺体を引き取りたいのです。お許しいただけませんでしょうか?」
「なんだと?」
新たなダンゲイン伯の願いにゲドシュはわずかに顔をしかめたが、すぐに表情を消した。
先代ダンゲイン伯の遺体を引き取りに来た?
つまりそれは……。
「残念だがそれはできぬ。新たなダンゲイン伯よ?」
「な、なぜです? 貴族や将校の遺体引き取りは人類領戦時協定での……」
「それはわかっておる。できぬのは我らは遺体を保護していないからだ」
「なんですと?」
「戦後の処理として洗浄に残った遺体を処理するのは当然、貴人や将校の遺体を保護することを怠ったことはない。だがその中にダンゲイン伯の物はなかった」
「他の遺体に紛れたか……残念ながら戦場ではありえることだ。ダンゲイン伯には承知願いたい」
「しかし……」
ダンゲイン伯は困惑した表情で動きを止める。
目的が遂げられないために動揺しているにしては……いや、使者として敵国にやって来るような者にしてはあまりに感情を出しすぎている。
なんなのだ?
なにもかもがおかしい使者だが、用件がこれで終わりなら後は追い出すのみだ。
「お願いがございます」
そう思っていたところでダンゲイン伯の方が先に口を開いた。
「……なんだ?」
「祖父の遺体を探すため、しばし貴国への滞在を許していただきたいのです」
「なんだと?」
「そのために必要なものがあるのでしたら、いくらでも献上するつもりです。どうか……」
必死な様子の伯爵の様子にこれはなにかあるなと、誰もが思い始めた。
「……どうしてそこまで遺体にこだわる? その情報を一考の対価としよう」
あくまでも一考、である。
小手先の老獪さであるが、ダンゲイン伯爵は見事にひっかかった。
「実は、わたしは養子なのですが、それを理由に継承に難があると陛下に……」
「なるほど……」
どうやらタラリリカ王はこの新たなダンゲイン伯に不安を抱いている……ということなのだろう。
ダンゲインの名はランザーラ王国に強烈に刻まれている。その名が弱まるということは、そのまま我が国への牽制が利かなくなるということでもある。
「……ですからわたしは、なんとしても養父の遺体を見つけ出し、陛下に示さなくてはならないのです」
死体を持って帰ってどうやってダンゲインの武が戻ってきたと示せるのか。
残念ながらこの男には知恵も足りないようだ。
わけのわからなさに最初は戸惑ったが、愚者だとわかってしまえばどうということはない。謁見の間に訪れた見物者たちにもそれはしっかりと伝わったようだ。
それならば……。
「よかろうダンゲイン伯。どれほどの力になれるかはわからぬが先代ダンゲイン伯の遺体を捜索すること、許可しよう」
「あ、ありがとうございます!!」
いまにも地に頭をつけそうな勢いのダンゲイン伯に興醒めした思いを抱きつつも、滞在費という名で新たに財を搾り取ることにも成功した。
ならばもう、こんな男に用はない。
脅威が一つ減ったことを確信し、ゲドシュは退室を命じたのだった。
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