196 白い彼女は吸血鬼に好かれる 4
予想通りにびびられた。
いっそ気絶でもしてくれていた方が嬉しかったのだが、世の中うまくいかないものである。
いまの俺はこっそりと進行中だった紋章の改造によってかなり特殊な姿となっている。
一言で済ませれば目玉の化け物。
人の形をした影と無数の目玉の集合体。
それがいまの俺の姿だ。
これは魔導王から奪った魔法を紋章に取り込んでみた結果である。
そう、あの【瞳】だ。
遠隔からの監視用魔法として【瞳】はかなり完成されている。俺はそれを紋章化して他のものと組み合わせると、魔力発生炉という動力を加えて空に放り投げた。
この間の鉄球がそれだ。
飛行型監視迷宮……すでに迷宮としての用件はまったく為していないし、長いので【天通眼】とでもしておこう。
あの鉄球は俺の意思に沿って高空を移動し、地上を観察する。
もちろん、それだけで済ますはずがない。
簡易の転移装置が欲しいなと思っていたことを解決するためにこいつを利用した。
【瞳】とともに組み合わせたのは、吸血鬼の【霧化】や道化暗殺師の【すり替わり】、凶英雄の【窮地に我在り】など、一定条件化での瞬間移動を可能にする技能だ。
これらを組み合わせた結果、天通眼の視界の範囲内ならばどこへでも移動できるようになった。
副次効果として移動後しばらくはこんな姿になっちまうがな。
「……とはいえ、屋外のみならず屋内の生体反応を調べることもできたし、成功といえば成功だな」
「……ルナーク、なの?」
「おおよ」
テテフィに答え、俺は吸血鬼の牙を掴んだ指に力を入れた。
「よくもまぁ……俺に許可も無くテテフィに汚いもんをぶっ込もうとしてくれたな」
「ががっ!」
黒デカの吸血鬼は俺に牙を掴まれてフガフガと唸っている。
「グググ……がぁぁぁっ!!」
「おっと……」
あまりのことに混乱でもしていたのか、ようやく黒デカは【霧化】して俺の手から逃れた。
間抜けめ。俺がその気ならとっくに滅されてるぞ。
このときになってようやく、俺の方も元の姿に戻る。
「下郎が! 調子に乗るな!!」
霧の中から黒デカが俺の背後を突こうとする。
が、無駄。
紋章展開・連結生成・打刻【神祖】
とっくに俺は吸血鬼の最上位存在である神祖の力をその身に宿している。
奴の攻撃は体ごと俺の体をすり抜けていった。
【霧化】には【霧化】だ。
「その爪は【蒼血闘法】か?」
この前、イルヴァンが使っていたな。
だとすれば上位吸血鬼ってことになるが……さすがにその程度ではないだろう。
ないよな?
ないと思いたいが……。
「……貴様は、なんだ?」
「それをお前が知る必要、あるか?」
テテフィ相手に調子に乗っていた態度はどこへやら、その目にはすでに驚きを通り越して怯えが宿っている。
俺の怒りは急転直下に失われていき、自分の影を蹴った。
「ああ、そうだな。これぞ因果応報って奴か?」
因果の報いの話をイルヴァンにしたよな。
あいつの親がイルヴァンした報いを子孫が受け、そしてあいつをこうした報いがいまやって来たわけだ。
俺の合図で現われたイルヴァンはすでに戦闘態勢を整えていた。
自身の血を武器にする【蒼血闘法】を全開で展開した結果、イルヴァンの姿は重武装の神官戦士の如き姿となる。
ただし手にしているのはメイスではなく短槍だ。
「お久しぶりですね、ヤグオート」
「お前は……イルヴァン・ディーナ、か?」
「覚えていてもらって重畳。では、死んでください」
そう告げるや短槍を投じる。
吸血鬼の膂力に放たれた短槍はレンガの壁を砕く。
「なっ!」
イルヴァンにそんなことができると思っていなかったのか、霧に溶けた黒デカ……ヤグオートの顔には驚愕が張り付いている。
「あははは、逃がしませんよ」
イルヴァンの手には新たな短槍が握られ、彼女の足下からは【影獣法】による影が伸び、牙の列が顕現する。
「まさか……そんなことが!?」
「大人しく親殺しをさせてください」
即座に逃走に移ったヤグオートをイルヴァンは追いかける。
できあがった大穴から消えていく二人がいなくなれば、残るのは俺とテテフィだけだ。
ノアールはあのままでは連れていけなかったから剣に戻らせている。
「…………」
「さて」
気まずげに俯くテテフィを見て俺は息を吐いた。
「とりあえず、ここから逃げるか」
倉庫を壊してしまったのだ。
そのことで捕まりたくはない。
「え? でも……」
「騒ぎになって注目されるのはごめんだ」
「う、うん……」
テテフィの説得を完了し、倉庫を出る。
「夕飯まだなんだよな。なに食べる?」
「……こんなときに食事の話?」
信じられないという顔をしたが、俺はかまわずに続ける。
イルヴァンが追跡したのだし、復讐だし、困った事態になればあいつの方からなにか言ってくるだろう。
テテフィを助けた時点で、俺の役目は終わったのだ。
「いやぁ……危地は脱したろ? なら、前向きに行動しようぜ」
「前向きに? なに?」
「なに食べたい?」
「……なにか甘い物食べたい」
「そっちかぁ。俺は塩っ気がいいなぁ……」
「それなら、二つともある店があるわよ」
「なら、それで決まりだ」
二人で向かったのは以前にグラタンを食べた店だ。
テテフィは蜂蜜たっぷりのパンケーキを頼む。添えられるのはマスタードを添えられたウィンナーだ。
俺は以前のグラタンと鶏の腿を焼いた物を頼んだ。
後は大皿に肉団子入りパスタも。
なんだか凄く腹が減ったのだ。
そして酒。
グラタンがほどよく冷めるのを待つ間、塗り焼かれたタレで光る鳥の腿足をナイフとフォークで切り分けて口に運ぶ。
甘辛いタレが舌に染み、そしてそれをワインで流す感触がなんとも痺れる。
いいねぇ。
俺はしばらく食事に集中した。
「ええと……あのね」
俺が食べることに集中しているのがたまらなくなったのか、パンケーキを半分ほど食べたところでテテフィが口を開いた。
「待った」
だけど俺はそれを止めた。
「とりあえず、俺の近況からにしよう」
そして俺はケインたちと知り合ってからのことをテテフィに説明した。
彼らが貴族冒険者たちで、王子の名を持つ俺の素行を調べに来て……というところから王子の影武者として大要塞へと赴いたり、帰ってきてからの先日の国境の騒動などを経て貴族になったことをだ。
あの地下の冒険からこんな形に話が繋がると思っていなかったのか、テテフィはしばらく言葉もない様子だった。
「ええと……貴族になったんだから、おめでとう……なの?」
「どうだろうな?」
なったのは自分の意思だが、別に貴族になって悠々自適に暮らせるわけでもない。おめでとうなのかと問われると困ってしまう。
「まぁ、やりたいことがあってのことだから不満があるわけじゃないけどな」
「そう……なんだ」
と、再び視線をパンケーキに向けていたテテフィはそのままで質問してくる。
「なら、あの女の子は?」
「うん?」
「さっき一緒にいた黒い服の女の子。あんな遅くまで連れていたから……」
「ああ、あれな。黒号だ」
「え?」
「黒号。いまはノアールな。昇華して自我を持ったんだよ」
「え? ……冗談?」
「冗談じゃねぇよ。おい」
俺は座るには邪魔だからテーブルに立てかけていた剣を指で弾いた。
そうすると、ノアールが剣から少女の姿に変わる。
「雑に呼ばれるのは不本意です」
「良いから挨拶しろ」
「はい。ノアールです。あなたとはあの地下でも会っていますね」
「……はぁ」
常識が付いてきていないテテフィはぽかんとした顔で返事をするのだった。
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