191 ダンゲイン家の秘密
秘伝書『葉隠』
ダンゲイン家に伝わるこの書は、まさしく人に《狂戦士》の称号を効率的に獲得させるための方法が書かれている。
……それだけでも十分に価値のある一冊だが、この書の秘密はそれだけではない。
狂戦士たちは戦争における一局面において最強の打撃力を有する存在だが、狂戦士そのものには薬の副作用のような悪い面が存在する。
それは戦闘と破壊の衝動が極大化し自制することが難しいことだ。
一度その面が表に出てしまえば自ら戦いを止めることができない。それだけで強い自制心を必要とすることがわかろうものだが、普段から戦いや破壊への欲求が酒や煙草と同じような気分で顔を覗かせられたらたまった物ではない。
酒に依存するのと同じように戦いに依存されて暴れられては周囲の人間はたまったものではないし、為政者としてはそんな危険人物を側に置いておくことはできない。
だが、戦力としては欲しい。
この問題を解決したのが初代ダンゲイン伯爵か、あるいはそれに近しい者であり、それを記したのが『葉隠』だ。
《狂戦士》という称号そのものを改造することはできない。
それは神の所行に手を加えることだ。人間にできる問題を超えている。
……と、この書で主張している。
そんな《狂戦士》たちの首輪となるべきものを求めた結果、その解となったのが忠誠心だ。
意外に単純な答えのように思えるが、思考を単純化させることの強さはいわゆる狂信者の例を見てみるとわかる話だ。
おお、そういえばこっちも『狂』が付くな。
ともあれ、忠誠心といえばこれ、という称号が存在する。
《騎士》だ。
騎士には忠義という付加能力があり、忠誠を誓う相手のための行動であればあるほど、力を得るし、また主命を受けた状態であれば様々な状態異常への耐性を得ることができる。
逆に忠誠を誓った相手の命令に逆らうことや、裏切りにはかなりの精神的負荷がかかることになる。
と、『葉隠』には説明されている。
となると、先日のハラストのあの放心状態は、あいつが持っているだろう《騎士》が影響を与えていたのかもしれないな。
話を戻そう。
主命を守り、主命を行使するという意味で《騎士》の能力を行使することで《狂戦士》の戦闘への欲求を抑制し、そしていざ戦いとなれば二つの称号は相乗効果を起こし、強力な戦闘能力を実現する。
『葉隠』にはこの二つの称号を手に入れるための効率的な修練方法が記され、またそれを支援する魔法効果が付加されている。
つまり、今回の狂戦士たちは跡継ぎ不在のままで死んだじいさんのせいで暴走してしまったようなものだな。
うん、じいさんが悪い。
そしてそれが落ち着いたのは、俺が後継者を名乗ったことと、それを実力で認めさせたから、ということになる。
連中は俺を主人だと認めたのだ。
そしてリンザに起きた変化だが……。
彼女の申告では《狂戦士》は《侍》というものに昇華したという。
《侍》には《狂戦士》のような戦闘への希求はないものの、より強い忠義の心が宿ったような気がすると言っている。
話を聞く限り、《狂戦士》の延長線上にいたとしか思えないじいさんとは違う方向へと昇華したようだ。
「改めて……アストルナーク・ダンゲイン様。わたしたちダンゲイン狂戦士団はあなたを新たな主君と認め、忠誠を誓います」
「そりゃ、ありがとうよ」
作業の手を止めて集った三十人からの熱い視線に、俺は気恥ずかしいものを感じつつも受け入れた。
しかーし。
その中でも気になったのはリンザの熱い視線だ。
《侍》にも《騎士》と同じように忠義の能力があるのだとしたら?
そしてそれは同一の能力として処理されるのではなく、能力が加算か乗算されているのだとしたら?
主人への忠義が高まりすぎて、愛情に変化しているのだとしたら?
「これは、いけるかもしれんな」
呟き、俺はにやりと笑った。
もちろん、男女の夜戦のことである。
今夜はいけるかもしれんなー。
と、うきうきしていた俺だが重要なことに気付いてしまった。
あれ、今夜はどこに泊まるんだ?
屋敷は再建のために荷物を片付けているし、町の宿屋は狂戦士たちを泊めるために部屋を確保させている。
最初はやらかした連中を泊めさせてくれということでびびられたが、俺のことを話し、二倍の宿賃を支払うことで納得させた。
痛い出費だがしかたない。
リンザもそこに泊まるのか?
いや、泊まるのだろうな。
俺もか?
いや、それも別にかまわないんだが、さすがにそんな詰め込まれたような場所でやれるか?
ていうか忠義心が行き過ぎて仲間に入りたがる奴らがいるかもしれないな。
リンザ以外は全員男だがな。
そして俺が攻める側になるだろうがな。
攻められる側などまっぴらごめんだ。
いや待て、だからと言って攻めたいわけでもない。
しかしどうせ攻めるのなら美少年がいい。
そして連中に美少年はいない。
つまり、そんな危険な選択肢を迫られてしまうような危険地帯に近づいてはならない、ということだ。
そして男の中に女が一人という危険な状況に彼女を置いておくわけにもいかないだろう。
よし、それならリンザを連れていくしかあるまいよ!
「いまからでもノアールの馬なら夜までにタランズに戻ることも不可能ではないしな」
「……なんでしょう。マスターの武器とはいえ、この良いように利用されている感には納得のいかないものがあります」
「ばっかお前、こんなとこで南国美人とお知り合いになれるなんて好機が、そうぽんぽんあると思うなよ」
「……でも、どうせわたしはまたシーツでぐるぐるにされるのでしょう?」
「しない」
するけどな。
「本当ですか?」
「しないって」
するけどな。
「でもまだ、成功するとは限りませんよね?」
「それこそ愚問だ。見ただろう? 俺を見るあいつの目を」
「ええ。それが?」
「あれはもう、いつでもオーケーって目だな」
「本当ですか?」
「マジだって。見てろ」
剣状態のノアールに言いきり、俺はリンザに近づいた。
「リンザ」
「どうかなさいましたか、主様」
主様と来たか!
これはもういけるサインでしかないな。
「あのなリンザ、今夜の泊まるところなんだが……」
「はい、主様と秘書殿は役所の仮眠室を確保しているそうです」
「は? そうなの?」
「はい。さきほど秘書殿の使いが来て、そのように……」
ぐっ……なんだ? 機先を制された気分だが。
いや、まだだ!
まだ立て直せる!
「あ、いや! その件じゃなくてな。リンザがな」
「はっ? わたしですか?」
「そうそう。宿屋で他の連中と一緒じゃあ、色々とまずいだろ? だから……」
「それならご心配なく、わたし、以前から友人の実家に下宿させてもらっていますから」
「え?」
思わぬ返答に思考が止まった。
「屋敷に住んでるんじゃないのか?」
「いえ、ここ数日は落ち込んで泊まり込んでいましたが、普段は下宿先から通っていました」
「あっ、そう……」
「はい。わたしの心配をしてくれたんですね。ありがとうございます」
「あ、うん」
「では、以上でしたら荷物の搬出をしますので」
「あ、がんばって」
「はい!」
と、元気にリンザは去っていく。
「ああ……」
「任務失敗ですね」
ぼそりとノアールに言われ、俺はその場に膝を付いてしまった。
「だが、まだ諦めんからな!」
ならば今夜はラナンシェだと思ったのだが、仕事モードに入った彼女にはそんな気分じゃないと冷たく断られたのだった。
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