19 薬草を採取する事
「今晩会えますか?」
おれが渡した依頼札を見て顔をしかめた後、テテフィはそう言った。
「うん? いいけど」
「では、夜に」
後ろで舌打ちされた気がしたが、おれは気にせずギルドの認め印が押された依頼札をポケットにねじ込む。これをなくすと成功報酬をもらうときの手続きが面倒になるのだ。
人目に付かないところで無限管理庫から以前に使った籠を引っ張り出し、屋台で昼飯用の弁当を買うと、スペンザの街を出る。
依頼の薬草があるのは、この辺りだと北に少しいった森になる。
昼前に辿り着いたおれは、さっさと済ませるつもりでそのまま森に入る。
この街に来てから短期間で三度目だ。同じ場所で採りすぎるのは問題だろうと、少し深くに足を踏み入れる。
やはり簡単に見つかる。
太陽が真上に来るまでの間に籠が一杯になったので、その場で弁当を食べる。
中身はパンにウィンナーと刻んだ野菜とピクルスを混ぜたソースを挟んだホットドッグだ。
「こんな簡単な依頼なのに、報酬は良いんだよな」
色んな種類の薬草の採取依頼があるが、この薬草だけ他よりも割高の報酬が設定されている。
近辺ではこの森でしか採れないというのは一度目の依頼のときに調べてわかっているが、ではどうして他の連中はこの依頼を我先にと取っていかないのだろう? おれはけっこうのんびりと掲示板に向かっているのだが。
「なんか裏があるんだろうが、いまのところはなにもなしか」
最後の一欠片を口に放り込み、おれは籠を持って森を出るべく歩き出す。
「おい」
そこで声をかけられた。
近づいて来ていたのはわかっていたが、まさか声をかけられるとは思わなかった。
近づいて来ているのは冒険者たちだった。
ただ、おれのように日雇いではない。ちゃんと装備を整えた冒険者たちだ。
四人組だった。
剣を振る担当が二人。軽装な方が盗賊で、鎧を着こんでいるリーダー風の男が戦士だ。残りは魔法使いと神官だろうか。
男ばかりで華のない連中だった。
「おいあんた、この森には詳しいのか?」
「いや、まだ来て三回目だ。薬草採取の依頼でね」
「薬草採取?」
「ああ」
おれの答えに訝しみながらも、籠いっぱいの薬草を見ては納得せずにはいられない。そんな様子だ。
「この森って、いまなにか問題があるのか?」
「知らないのか!?」
おれの問いに冒険者たちが驚いた顔をしている。
やはり、なにかあるのだろう。
「ちっ、こんな奴相手してても仕方がない。もう行こうぜ」
そう言ったのは盗賊風の男だ。
「そうだな。すまない、知らないのなら迂闊にこの森には近づかない方が良いとしか言えないな」
「そうかい。それならまぁ、そっちも気をつけるんだな」
情報というのはそのまま金銭に変化する。しかもそいつは時期によって値段が違う。だから迂闊にやりとりするんじゃない。
そう聞いたのは、おれが耳年増になっていた時期だ。
だから彼らがおれの質問に答えなかったのは当たり前なのだろうし、おれも教えなかった。
おれが薬草を採取しているとき、ときおり感じる強い視線のことを。
そしてその視線は、冒険者たちが向かっていった方向から感じたということを。
「まっ、幸運を」
乗り越えればなにか良いものがあるのかもしれないが、今日のおれはこの薬草を持ち帰るのが仕事なのだ。
街に戻って薬草を納入し、報酬をもらう。
「さて、そろそろ一通り揃えられるかな」
貯金額を頭に浮かべ、そんなことを呟くとおれは武器屋に寄った。手持ちはそれほどではないが貯金と合わせて買えそうな武具を見繕うぐらいはできる。
冒険者通りにある武具屋には契約している様々な鍛冶師の作品が並んでいる。もちろんそれだけではなく、冒険者たちがどこぞで奪ったり拾ったりした物も研ぎ直されて中古品として売りに出される。
おれが狙っているのは一流の職人が作ったようなものではなく、中古品の方だ。
何度も言うがこの辺りの店では絶対に手に入らない物をおれはすでに山と持っている。ただ、そんな物をぶら下げていては目立つので、カモフラージュ用の武具が必要なのだ。
しかし、そんな武器でさえもそれなりにお値段がするものなのだ。
ただまぁ、おれの場合はその他の道具も含めて一度に買おうと思っていたので時間がかかってしまったのもある。
武具屋や他の店を巡り、貯金額で収まると判断したので、明日お金を持ってくる約束でそれらを予約すると、テテフィの仕事が終わる時間が来たので冒険者ギルドに向かう。
受付の横には別の空間があり、そこは喫茶室となっている。冒険者たちがだべったり、依頼人と簡単な交渉をするときに使われるそうだ。
テテフィの姿はそこにあった。
「あ、ルナークさん」
おれの姿を認めたテテフィがテーブルを離れてこちらに来る。
「悪い。待たせたか?」
「いえ、そんなことはありません」
作り笑いのテテフィがすぐにおれを引っ張って外に出ようとしたのだが、それはテーブルにいた他の連中の声で止められた。
「待てよ! 話はまだ途中だぜ!」
「うん?」
ごつそうな男が威嚇を込めておれを睨む。
「その女はおれたちが勧誘中なんだ。横からかっさらうのは失礼じゃないか?」
「いや、約束ならおれは朝からしてるから。夕方に駆け込み勧誘するトロールの方が顔的に失礼なんじゃないのか?」
「なっ!」
おれの物言いにごつい男が顔を真っ赤にした。おや? 冒険者のくせに挑発に弱いな。この手の文句の言い合いなんて日常茶飯事だろうに。
「てめぇ!」
「やめないか!」
立ち上がったごついのを止めたのは、反比例に細い優男だった。
「失礼した。だが、あなたはデートの約束かもしれないが、こちらはパーティの勧誘でね。同じ冒険者ならまずはこちらの話を優先するのが礼儀じゃないだろうか?」
パーティの勧誘?
「テテフィはここの受付だぞ?」
「その通り。ですが聞けば回復魔法の他に知識も広くお持ちだとか。いま、わたしのパーティは回復魔法の担い手が欠けておりましてね。テテフィさんは適役だと思うのですよ。ちゃんと、ギルドから交渉の許可をもらった上での話し合いです。できれば、もう少しこちらの話を聞いていただきたいのですが?」
ギルドの許可をもらっていると言われ、テテフィが困った顔をする。
「ふうむ」
ここはおれが横紙破りをやらかすところだろうか?
「わたしたちはいま、ギルドから指名依頼を受けています。それを達成するためにも回復役の即時補充は必須なのです」
悩んでいると畳みかけられ、さらにテテフィが困る。
神殿からはうまく逃げ出したものの、それでもやはり幼い頃から大きな組織の下で生きてきたテテフィである。
上から、とか組織の意向、とかいう言葉に弱いのだろう。
「なら、おれが同行してもいいなら。その話は受けるって事で」
「はぁ!? ふざけんな薬草採りが!」
ごついのが叫び、他の連中も苦い顔を浮かべた。
しかし、おれを薬草採りって呼ぶって事はおれのことも知っているのか。
「指名依頼だろうが、ギルドから許可をもらっていようが、テテフィが嫌がってるのは確かだろう? その妥協点がおれの同行だ。それが嫌なら他を当たるんだな。ていうか、あんたらが指名依頼を受けるような有名な冒険者様たちなら、戦神の神殿にでもいけばすぐにでも回復役は見つかるんじゃないのか?」
「てめぇ、調子にのるのも……」
ゴツイのがまた動き出したが、同じように優男が止める。
「……あなた、装備はあるのですか?」
「ようやく金が貯まったんで、明日、店で受け取る予定だ」
駆け出し冒険者ですと宣言しているような発言だと自分でもわかっている。
ごついのや優男だけじゃなく、野次馬をしていた他の冒険者たちからも失笑が零れるが知ったことではない。
「それならいいでしょう。出発は明後日の朝、ここで集合ということで」
「了解」
「言っておきますが、なにかあればあなたを一番に見捨てますからね」
「心配するな、おれもテテフィ以外は見捨てるから」
減らず口とごついのが歯ぎしりしているが、優男は澄まし顔。
さて、なにやら面白そうなことが起きる予感だ。
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