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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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188 放蕩伯爵 8


 気になったのはその女だけが刀を持っていたことだ。

 他の狂戦士連中が持っていたのはブロードソードと呼ばれる部類の幅広の直剣だったのに、この女は刀だ。


 それに部屋の奥にずっといたのにいままで戦いに参加してこなかったのも気になる。


「ふ~む?」


 ちょうど足首の骨を砕いた二十九人目から手を放し、おれは床に落ちていた剣を蹴り上げて手に取る。


 そのときには二階にいた女は俺の目の前にいて、刀は首を切り飛ばす寸前だった。

 たいした速度だ。

 俺は剣の柄で刀身を下から叩き、むりやり軌道を変える。


 女は焦ることなく空中で身を翻し、変えられた刀の軌道を修正して振り下ろしてくる。

 そのときにはもう俺は後ろに下がって斬撃の間合いから逃れている。

 動けなくなった狂戦士どもはその状態でも戦意は失っていない。

 なんとか俺の足を掴んだり噛みついたりして女に斬撃の好機を与えようとしている。


 その執念に感心しながら女の斬撃をかわしていく。


「お前、なんか違うな」

「黙れっ!」


 出てくるのが遅かったのもそうだし、武器が違うのも気になる。

 それだけではなくて、言葉にしにくい部分でいままでの連中との差異を感じる。


 違うといえば、さっきまでの連中はじいさんとも違うと感じた。

 単純な実力差だけの話ではない。


 技能の精度というか効果量というべきか。


 確認したわけではないが、じいさんは《狂戦士》から昇華していたはずだ。


「はは~ん、つまりはあれか?」


 と、なれば、だ。


【上位急速回復】×十・重唱・範囲化


「ががっ!!」

「ぐはっ!!」

「ぎっ!!」


【急速回復】の優しくない治癒過程に狂戦士たちが悲鳴を上げる。

 それでもさすがは狂戦士だ。砕けた骨が回復するとただちに起き上がり、武器を構えた。

 だが狂戦士たちはすぐに襲いかかっては来ない。リンザの周りに集い、指示を待つかのようにこちらを威嚇する。


「どういうつもりだ?」


 その様子を見て唇が緩む俺に女が問いかけてくる。


「目覚めよと己を震わす声がする」

「っ!」


 俺の呟きに女が驚いた顔をする。

 その顔に予想を確信に変え、俺は手持ちぶさたな狂戦士の一人に奪っていた剣を投げ返した。


「ラナンシェ、もうちょっと下がっていろ。ノアール、守ってやれよ」

「大丈夫なのか? 武器は?」

「いらね。じいさん相手にしたときも最後は素手だったしな」


 あのときはじいさんに武器を壊されたんだが、こいつら相手ならその心配は無いだろ。

 それに素手だから弱いと侮るなら、こいつらもここで終わりだ。


「改めて名乗るぞ、アストルナーク・ダンゲイン伯爵だ」

「……ダンゲイン狂戦士団副長、リンザ・ミュンヒ」

「よっし。お互い不満もあるだろうから、そういうの全部ここでぶつけるぞ。かかって来い!」


「「おおっ!!」」


 狂戦士たちが雄叫びで応じ、戦いが再開された。



†††††



「……なにこれ?」


 そんな戦馬鹿たちの共感行動など理解できるはずもなく、ラナンシェは呆れるばかりだ。


「あなたは元は戦士団だったのでは?」

「戦えるから戦い好きとまとめられるのは迷惑だわ」


 ノアールの質問にラナンシェは普通に答える。

 ここに来るまでにノアールのことは紹介されているので普通に対応できているが、内心では落ち着かない気持ちになっていた。


(魔法の武具とはいえ、こんな人型に変身してしかもこんな美少女)


 ルナーク……いやアストルナークは女好きだ。

 ラナンシェとの勝負でそういうことを求めてきたりもするし、そもそもこの国に関わるようになった敬意がルニルアーラの愛人になるのが目的だという。

 本人も『俺が遊ぶのは遊びを受け入れられる女だけだ』と豪語している。


 そんな彼だ。


(魔法の道具なら責任を取る必要なんてない……)


 つまりし放題だ。


(でも、見た目は子供だし……まさか姿を自由に変えられる?)


 ノアールは自分で話すし、動くし、自分の意思を持っているように見える。

 だが、魔法の道具だ。


 それは人形を相手にしているのと同じことではないのか?


「おっと」


 そんなことを考えているとノアールが不意に動き、なにかを受け止めた。

 見ればこちらに飛んできた破片を受け止めている。

 しかもよく見ていると、大きなものだけでなく小さな破片までもラナンシェに当たらないように動いていたのだ。


 アストルナークに守れと言われたことを忠実に守っているのだ。


(やだ健気!)


 魔法の道具なのだ。

 主人の命令を守るのは当たり前のことなのだが、ラナンシェはその姿に心打たれた。


 少女の姿にアストルナークが惑わされるのを心配し嫌悪感を覚えておきながら自分自身が少女の姿に振り回されていることには気付かないのだった。


「……質問があるのですか」


 ラナンシェがそんなことになっているなどとノアールが気付くはずもなく、破片が飛んでくるのが落ち着いたところで彼女に振り返った。


「え? なに?」

「その胸はやはり有用なのでしょうか?」

「……え?」


 なにを質問されたのかわからない顔でラナンシェが固まってしまっている。


「あっ! そ、それは役に立つわよ。赤ちゃんを育てる上で……」

「いえ、母性的な話ではなく」

「え?」

「男性との性交渉的な部分で」

「っ!!」

「最初のときはよくわかりませんでしたし、先日はわたしが覗くのがわかっているからかマスターに布でぐるぐるにされてしまいましたから見えなかったんです」

「っ! っ!? っ!!」


 アストルナークのせいで開放的な趣向になってきたとは言え、房事の内容を他人と語り合うほどざっくばらんになったわけでもない。

 それなのにそんな話題を美少女の姿をしたノアールにされて、ラナンシェは完全に混乱してしまっていた。


「やはり噂の通り挟むのでしょうか? それとも揉み心地? 体勢次第では揺れるのが?」

「あわわわわ……」


 普通の相手であればこんな下世話な質問にも毅然と対応してみせる自信のあるラナンシェだったが、相手が美少女では勝手が違う。


 ラナンシェはただただ混乱するしかなかった。


「……ところでこの屋敷、もう持ちませんね」


 と、ノアールが話題を変えたことにも気付かないほどだ。




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