187 放蕩伯爵 7
荒れ果てた屋敷と山賊の宴会みたいな声が聞こえた時点で方針は決めた。
「ラナンシェはちょっと離れてな」
「……あまり壊さないでよ」
「心配すんな直す金ぐらいあるよ」
と、言ってみてもラナンシェは信じた様子はなかった。
そりゃそうか。
俺のどこにそんな金があるんだって思うだろうな。
だけど持ってるんだな、これが。
「それはともかく、いまはこっちだな」
「どうするつもり?」
「とりあえずは殴ってしつける」
情に訴えて情で支配するなんて、俺の柄じゃないからな。
「おらっ、ごめんよ!」
俺はすでに壊れかけていた屋敷の扉に蹴りを入れとどめを刺した。
ロビーに飛んでいった扉の激しい音が屋敷の中のどんちゃん騒ぎを止める。
「お前らの新しい主人が来てやったぞ! さっさと出てきて靴でも舐めろ!」
「ああんっ!?」
俺の声に反応してどかどかと大勢が移動してくる。
「一、二の三……二十九?」
生き残ったのは三十人って話だったが、一人足りないな。
「なんだ貴様は!?」
「うん? そこで『てめぇは!?』ってならないところが山賊との違いか?」
「はぁっ!?」
「貴様!! 俺たちを山賊だとでも思っているのか?」
「なんか違うのか?」
「ふざけるな!? 俺たちはダンゲイン狂戦士団! 戦場を恐怖に染める猛者だぞ!」
「かつては、だろう?」
「なっ!?」
「いまは主人の不在を良いことに好き勝手やって市民を恐れさせているだけだ。山賊となにか違うのか?」
俺がそう言った瞬間だ。
普通の山賊ならさらに喧しく威嚇してきたことだろう。
だがこいつらは違う。
一瞬で空気が冷めた。
「ほう……」
少しばかり感心し、俺はにやりと笑った。
それから腰に大人しく吊るされていた剣状態のノアールを外し、背後のラナンシェに放る。
「ちょっとっ!」
「ただの腕試しに武器なんざいらんよ」
笑いながら拳を打つ。
だいたい、俺が手加減するつもりでやってても、ノアールが手加減するかどうかわからんからな。
「なんだか失礼なことを考えられている気がします」
「うわっ!」
いきなり人型に戻ったノアールにラナンシェが驚いている。
だが、狂戦士どもはそんな光景が見えていないようだ。
どうやらもう、戦いに入っているらしい。
「見せてみろよ。じいさんの成果を?」
俺の挑発に狂戦士たちは静かに乗った。
感心するのは宴会をしていたにもかかわらず、誰一人として武器を手放していなかったところだ。
じいさんに鍛えられたからか、全員が似た形の剣を持っている。
軍の支給品だろうか。
じいさんみたいなバカでかい戦斧を持っている奴が誰もいないのは意外だ。
そいつらが全員、一度にかかってきた。
といっても同士討ち覚悟の特攻ではない。
酔っ払いながらもきっちりと連携のための位置に付き、襲いかかるとなればその瞬間から酒精が汗となって体外に吐き出された。
二十九人分の酒精だ。
それは一瞬にしてロビーを包む霧となり、奴らの動きを追えなくする目隠しとなった。
なかなか見事なもんだ。
さて、どうやって処理したもんか。
霧を破って現われた一番手は正面から俺の喉に向かって突きを放ってきた。
とりあえず剣身を指で挟んで止め、驚いているそいつの顔をぶん殴る。
そうしている間に次の一人が地を滑るようにやって来て足を切ろうとする。ぶん殴った動作のついでに剣を踏む。次の動作のついでに顎を蹴る。
三人目は大きく迂回して背後から切りかかってきたが体を回転させて指で挟んでいた剣をそのまま回し、柄のところで側頭部を叩く。
顔面を殴られて鼻血を吹き出す一人目の背後から四人目が跳びかかってくる。
逆回転に体を戻し、同じように剣の柄で殴って迎撃する。
そんな感じで蹂躙してやった。
途中で不幸な二人の足を掴んで振り回して武器の代わりにし、狂戦士どもを薙ぎ払ったりもした。
俺たちが暴れるものだから屋敷のロビーは瞬く間に壊れていくが、誰もそんなことは気にしない。
手加減してやっているのもあるのだが、こいつらも一回気絶したぐらいじゃ諦めない。
《狂戦士》による加護なのかすぐに復帰して襲いかかってくる。
じいさんのときみたいに体中の骨を砕きでもしない限り止まらないかもな。
それならそれで、存分に付き合ってやるだけだ。
†††††
その音はいつもと違った。
ガルバーズが死んでから狂戦士たちは破壊衝動を持て余すようになっていた。
どうしてそうなるのか、リンザにはわかる。
だが、止める方法はわからない。
いや、わかりかけているような気がするのだが……わかりたくない。
自身に訪れている変化への恐れに震えているリンザだが、その音を無視することはできなかった。
「なんだ?」
抱きしめていた枕を怖々と手放し、部屋を出る。
「なにごとだ!?」
精一杯の声を放ったのと、なにかが飛んできてロビーへと下りていく階段が壊れたのは同時だった。
「なっ!?」
「うん? お前が三十人目か?」
「何者だ!?」
突然のことに混乱しながらリンザは誰何した。
その態度に何者かは首を傾げている。
何者か……目付きに難のある青年の周りには仲間の狂戦士たちが倒れていた。
「何者だとか……狂戦士にしてはのんびりしたことを聞くな? お前、本当に狂戦士か?」
「何者だと聞いているのはこっちだ!?」
いきなり核心を突かれ、リンザはどきりとした。
「俺か? 俺はアストルナーク・ダンゲイン伯爵だ」
「なっ!?」
「書類関係もちゃんとあるぞ。じいさんは跡継ぎがいなかったんだろ? 俺はじいさんの養子になってここを継承することになった。証人はルニルアーラ姫殿下だ」
「そんな……」
アストルナークと名乗る青年の言葉に驚きながら、リンザはガルバーズの言葉を思い出していた。
それは戦場へと向かう途中の道だった。
その日のガルバーズは格段に機嫌が良かった。
最初はいつもの国境での小競り合い以上の戦いが待っているからなのかと思ったのだが、どうも違う。
「どうかなさいましたか?」
「うん?」
「なにか嬉しそうですから」
「ああ! 顔に出ていたか。カカッ! いや、おもしろい若者に会ってな!」
「そうなのですか?」
「この儂がぼろぼろにやられてな! その場の勢いで息子になってくれと頼んだ」
「まぁっ!!」
「なかなかおもしろい奴だからな、たとえ息子になってくれんでも会ってみると良いぞ」
「はい! わかりました」
御行儀よく聞いていたけれど、本心は嫉妬で焼け付きそうだった。
ガルバーズが自分以外のことを褒めるだなんて!
そんなことがあって良いはずがない!!
幼い頃に自分を保護し導いてくれた老人への想いは尊敬を越えて恋愛へと発展していた。
その恋が実らないことは覚悟していたが、それでも彼の興味が戦いにのみ向いているならば許せた。
それなのに他の誰かを見るだなんて!
しかもそれが、あの方との最後の会話だなんて!
「……あなたがそうなの?」
「うん?」
許せない!
「殺す!」
宣言と共にリンザは刀を抜いた。
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