184 放蕩伯爵 4
簡単に言えば、ラナンシェは前回の俺との行為ではまってしまったらしい。
強烈な快感が襲いかかる体験を恐れながらも、もう一度あのときの感覚を味わってみたいという欲求に勝てず、ああいう店に行っては一人で呑み、男が声をかけてくるのを待っているのだそうだ。
「へぇ……」
「いつもそうしているわけではない。休暇のときだったり、どうしても我慢できなくなったり……」
俺のにやにや顔に耐えきれなくなって、ラナンシェは安物のシーツに顔を埋めた。
「だけど、俺以外で満足なんてできないだろ?」
「それは……」
あのときのラナンシェは俺とレティクラの房中術合戦で生じた淫蕩の仙気に当てられて体が芯から淫乱になっていた。
その上で俺が覚えたての房中術を使ったものだからたまらない。人間ではないレティクラよりも加減していたとはいえ、それでもラナンシェには過激な体験となったようだった。
そのせいでしばらく寝込んでいたということだったのだが。
今回は手加減に成功したので気絶もしなかったし、明日から寝込むことはないだろう。
ただ、起き上がる気力はないようだが。
「いまではすっかり淫乱か」
「い、淫乱言うな!」
なんて言いながらも起き上がれない。
ただ、房中術はたとえ仙術の心得がなくとも仙気の充実によって体調を整え、身体能力の向上が見込める。
「前のときも数日は体調がよかったんじゃないのか?」
「あ……そういえばそうだったかも」
「なら、少し仙術の呼吸法を教えやる。そうすりゃ、体調が整うだけじゃなくて体の動きも良くなるはずだぜ」
「……ってなにをしようとしてるんだ?」
「うん? 仙術の呼吸法だ」
「うんっ! う……こ、これじゃあ息ができない」
「だから、舌の動きで覚えるんだよ」
「そんな無茶な! うっ! うん……」
そんな感じで何回戦目だかを開始し、結局そのまま朝まで過ごした。
朝になった。
「と、いうわけで城に行きたいんだがこのまま行くか?」
「行くかバカっ!」
そういえばラナンシェは俺とルニルアーラとの連絡係として雇われたんだったなと思いだして言ってみたのだが、なぜか怒られた。
「なんでだよ?」
「着替えさせろ!」
「ああ……」
「お前も、もう少しちゃんとした服を着てこい」
「変かこれ?」
いま着ているのはいつもの冒険者衣装だ。
この間もこれでルニルアーラたちと会っていたんだけどな。
「貴族になるんだろう? ならその格好はだめだ。……来い。君が着れそうな衣装は用意してある」
「……そりゃ、たすかる」
思わぬ言葉で思考が動かなかった。
俺が素直な対応をしたことにラナンシェは機嫌を良くして引っ張っていく。
到着したのはまいどお世話になっているあの館だ。
ラナンシェと同じようにレティクラとの仙気にやられた執事やメイドたちはいなくなっていた。
なんだか悪い気がしてきたので理由は聞かなかった。
「おそらく。ここを使うのは今回で最後だ」
「そうなのか?」
「ああ。ダンゲイン伯爵の別宅はちゃんとあるからな。お前……じゃないなルナーク様が伯爵位の相続を許されるのはルニルアーラ様が戴冠した後になるだろうから、以後はその屋敷を使えばいい」
「ふうん。……ていうか、いきなり様付けってのも変な気分だ」
「慣れろ……いや、慣れてください。わたしも態度を変えないとな。それにあなたが貴族となったら連絡係なんて仕事はいらなくなる。……また仕事探しかな」
「それなら俺のところで働くか?」
「え?」
ため息を吐くラナンシェに俺は提案してみた。
「貴族になってもなにしていいかわからんしな。わかる奴が側にいてくれたら助かる」
「……それはありがたい申し出だけど、いいのか?」
いきなりの話に戸惑っているようだが、俺としては用意してもらっているこの貴族っぽい服でも好感触だ。
ただ買っているだけじゃない。
田舎者の俺が着てもおかしくならないような意匠のものを選んでくれているのだ。
「この服って俺のために用意してくれてたんだろ? こういう準備の良さが高得点だよな」
「……ありがとう」
「こちらこそよろしく」
そんなわけで準備も終わり、屋敷を出たときには馬車が待っていた。
すでに先触れの使者も出されており、俺は馬車に乗っているだけで待たされることなく城の中に入り、ルニルアーラのところまで辿り着いた。
「ああ、無事にラナンシェと合流できたのですね。よかった」
扉の前に立っていたハラストとともに中に入ると、ルニルアーラはお茶の支度をしながら待っていた。
その顔色はあまり良くない。
父親の死を消化するには時間が足りず、とはいえ世間は彼女の傷心が癒えるのを待ってはくれない。
むしろ外の連中はルニルアーラが長く傷心でいることを望んでいるだろう。
それがわかっているから、彼女は強くあろうとしている。
男とか女とか関係なく、結局のところルニルアーラは強さを求められるのだ。
「まぁね」
「それで今日は?」
「ああ、隠れ家の件でな」
ルニルアーラの淹れてくれたお茶を飲みながら用件を済ませていく。
護衛魔物の件。
目に見える場所に魔物がいるのは外聞も悪いし余計な話題も呼ぶ。さらに共に働くことになる騎士や兵士たちの精神状態も気になるということで、基本は隠れているということになった。
ただ、屋敷の警戒に犬を使うということは良くあることなので、一見して魔物とわからない類なら問題ない。
次に入るための手続きの問題。
その度ごとに俺の許可や同伴が必要では、緊急のときに対処できなくなる。
なにか考えはないかと聞きたいところだが、この件ではそもそも俺が作っているダンジョンの仕組みがわからないのだから助言も考えにくいだろう。
なので、一応は考えてきた。
案は二つ。
俺なしで隠れ家に出入りできる人物を設定する。
あるいは鍵となる物品を設定する。
どちらにも問題はあるが、逆に問題の無いやり方というものもないだろう。
「ねぐらを作ればそれによって穴ができる。穴がいやならねぐらを作らなければ良い。だが、ねぐらがなくては暮らしていけぬ。……なんかそんな感じだな」
「そうですね」
俺のたとえ話にルニルアーラは少しだけ笑う。
やはり元気はない。
「では鍵となる物品を二つ、それと出入りできる人物というのをわたしに設定してください」
「わかった」
「すぐできますか?」
「ああ」
俺は頷くとルニルアーラに幾つかの紋章を打ち込んだ。
「こいつは誰にも見えないから心配するな」
「ええ……」
「肌になにか違和感があるかもしれないが、すぐに慣れる」
「わかりました」
「で、物品だが……なにかそれらしい物はないか?」
「それらしい……ですか?」
「ああ。ルニルアーラにした要領で使えるようにするから……」
「ルナークさん」
「うん?」
ハラストが渋い顔で口を挟んできた。
「殿下。あるいはルニルアーラ様、ですよ」
「ああ……」
「あなたももう貴族になるんですから、多少は外聞を気にした態度でお願いします」
「りょうかいりょうかい」
なるほど。だからさっきから目に見えないところにいる連中の殺気が増していたのか。
「では殿下。なにか物品の用意をお願いします」
俺はルニルアーラの影武者をしていたときの話し方を思い出して使う。
「用意するから少し待って。なんでもいいの?」
「そちらでわかりやすくて使いやすく、他と区別が付くのでしたら」
「わかったわ」
俺の態度の変化で思い出したのか、今度の笑みはさっきまでとは少し違った。
ハラストはルニルアーラを追って部屋を出るし、彼女の動きに合わせて護衛たちの気配も動いていく。
隠れているニドリナまで一緒に、だ。
城の中でも決して油断しないのはいいことなんだが……。
「やれやれ。なんだか取られちまった気分だ」
「なにを?」
一緒に残ったラナンシェはわからないだろう。
「仲間……かな?」
はたしてニドリナを仲間と呼ぶべきなのかどうか、難しいところだ。
冒険者としては組んでいるから仲間でもいいが、はたしてそれ以外の部分で俺とニドリナは仲間なのか?
ニドリナは全力で「違う!」と言うだろう。
だがあいつはロリババでツンデレだからまともに相手をしてはいけない。
そこまで考えて、もう一つ、疑問が出てきた。
「そういや俺って、もう冒険者には戻れないのかね?」
「あなたの立場は普通の貴族冒険者とは違うから。……でも、平和になれば冒険者をすることだってできるでしょうね」
「平和になればね……」
はたしてそんなときがくるのやら。
そうなると、俺はもうテテフィと会うことはできないのだろうか?
冒険者への未練はそんなにないが、彼女に会えなくなるということには、罪悪感のようなものが胸を突く。
「……一回、まじめな話をしないとだめかな?」
考えると少し憂鬱になった。
よろしければ評価・ブックマーク登録をおねがいします。




