182 放蕩伯爵 2
「女はな、樽のように丸くてなんぼだぞ?」
「だからそれはドワーフ基準での話です」
「いやいや、そんなことはない。丸いということはな、つまりそのまま栄養を蓄えているということだぞ。健康であるということだし、丸い体でちゃんと動けるということは骨と筋肉もしっかりしているということだ。つまりは健康に子供を産めるということでもある。良いこと尽くめではないか」
「無機物のわたしに生物の機能論を説いてどうしようというのです?」
「むむむ……」
「生物的な話で進めたいというのであれば、わたしはすでに自意識を持ち、自立心を持ち、自己の意思でここにいることを選んでいます。ですからいまさらあなたのところに戻る気はありませんのであしからず」
「待て待て待て、それは気の迷いというものだ。長期被害者心理というものだ。つまり誘拐された自身を守るために犯罪者に協力するという被害者の生存戦略がそのまま自己洗脳となって抜け出せなくなっている状態……」
「おい、なんか俺が犯罪者のように扱われているが?」
問答を続けるゾ・ウーとノアールを無視してラーナと酒を飲んでいたんだが、さすがにその言い種は聞き流せなかった。
イルヴァンは給仕役に徹して付いてきたエルフやドワーフたちに酒を振る舞い、我関せずだ。
「でも、彼から盗ったんでしょう?」
「返さなくていいって言ったよな? 大魔王陛下?」
「言ったかもしれないけど、彼の主張を止めることはできないわ。なぜならわたしはあなたたちが言うところの魔族を束ねる象徴的な首長でしかないの。エルフ族に対してならある程度の命令権はあるけど、他の種族には提案とか要請以上のことはできない。まぁ、ときには『聞き入れるのと拳が飛ぶの、どっちがいい?』ぐらいは言うけど」
「やれやれ……」
「それでもゾ・ウーはドワーフの中ではわたし寄り人物よ」
「そうなのか?」
「ドワーフは戦馬鹿と物作り馬鹿のどっちかに傾きやすいんだけど、あなたが首を飛ばした鉄塊王が戦馬鹿で、ゾ・ウーが物作り馬鹿の方ね。わたしは文化や技術の向上に力を入れてきたから物作り馬鹿の方とは仲良くやっているわ」
「……支配者の発言だな」
「上に立つ権限を持ってしまったんだから、使わなきゃ損でしょ」
「……なるほどなぁ」
「その反応からすると、ついにあなたも上流階級の仲間入りする気になったの?」
あっさりと見抜かれた。
「まいったね」
楽しそうな笑みで俺を見るラーナに、最近あったこととダンゲイン伯爵のことを説明する。
「伯爵ね。階級はともかく支配者の仲間入りするのはいいことじゃないの?」
「いいことかねぇ?」
「まぁ、あなたは上級階級に対する嫌悪感があるのでしょうけど」
「もう、そのことでグダグダする時期は過ぎてる。わかってるさ」
「なら、やるべきことをやるとしましょう。まずはなにをするの?」
「やりたいことは魔導王を泣かせるためにどうするか、だ」
「魔導王ね。知っている?」
「なにを?」
「魔族にも人類にも《王》位が絶えたことはないけれど、その名前は常に違った。だけど、《魔導王》だけは五百年ほど、絶えることはなかった」
「どういうことだ?」
五百年?
いまの魔導王シルヴェリアは、たしか東の果てバラグランズ王国の出身って聞いている。現国王の姉で、大公婦人だ。
「あのロリババが五百歳だって言われても別に驚かんが、それだと国王の姉って身分がおかしくなるよな。バラグランズ国王が不死とか不老だとかいう話は聞いたことがない」
「さあ? その辺りの事情は魔族ではなく人類の方が詳しくて当然でしょう? でも、《魔導王》だけはその保持者を変えて常に存在し、主戦場の後ろから魔族を威圧してきたのは事実」
「ふむ……」
そういえば、ニドリナは魔導王と因縁があるんだったな。
なにか知っているのか?
知っていて、それを教えてくれるのか?
「……それはとりあえず置いとくとして、いまはこの国に倒れられちゃ困るんでな。そのことで頭を使わなきゃいけないんだが……」
さすがに国家単位での嫌がらせとなるといまいち頭が回らない。
「それこそ『むかついたからぶん殴る』の方が簡単だよな」
「でも、それじゃあ人は動かない」
「…………」
「わたしたちが全力で好き勝手やれば、それこそ止めることができるのはお互いだけになる。二人いれば寂しくはないかもしれないけど、景色が少しばかり寒くなりすぎる。人でいたければ、人の中にいるしかない」
澄まし顔で言うラーナの言葉は俺たちにとっての真理だ。
蟲人とのやり合いでハラストに言われたことを思い出す。
俺は大魔法の実験の協力者ということになり、それは噂となって流れていくことになった。
そして、高い能力を持っているから冒険者から貴族になると。
タラリリカ王国にいる冒険者たちが夢見る成功の階段を踏ませることで、俺は地に足の着いた人間として世間に報されていく。
まだ噂は流れたばかりで、それがどのような形で着地することになるのかはこれからだが、俺を少しばかり有能な人間という形で着地させようとすればこうするしかないとハラストは言った。
「《勇者》や《王》程度なら受け入れられるが、それ以上は人間ではない……ってことか?」
「武器が人になるように、人がそれ以外のなにかになることを受け入れたっていいと思うけどね」
ラーナの言葉に誘われて俺たちはノアールとゾ・ウーのやりとりに目を向ける。
「では結婚はどうするつもりだ? そんな細い体では嫁へ行く当てもない」
「だから、どうしてドワーフ基準でだけ物を言うのですか。わたしはすでにマスターの物です。ならばマスターへ嫁いだも同然です」
「な、な……なんだとうっ!?」
ノアールの言葉にも言いたいことがあるが、そう言われて俺を睨むゾ・ウーにも辟易する。
「略奪婚なぞ許さんぞ!」
「結婚した覚えはないが。ていうか略奪婚か?」
どっちかといえば駆け落ちじゃないか?
「ええ……それじゃあわたしは第二夫人なの?」
「ラーナ……」
ダークエルフの悪ノリに俺はこめかみを押さえた。
「俺に結婚する気はないぞ」
「それはそれで最低の発言よね」
「それでいいと言ってくれる女とだけ付き合ってるつもりだがね?」
「ふふふ……まぁいまはそれでいいけど。ゾ・ウー。いい加減にそのやりとりはつまらないわよ」
「うっ……ぐっ! しかし……」
「あなたが持ったままで、その黒号? ノアールちゃん? をそこまで昇華させられた?」
「ぐぅ……」
「あなたの最高傑作が自ら最良の相手を選び、そして順調に育っている。その事実を喜ぶべきじゃないの?」
「それは……たしかに……しかし……しかしぃぃぃぃ」
血の涙でも流しそうだな。
「ていうか、お前さんが黒号を作ったんだから、もう一つ新しいのを作れば良いんじゃないのか?」
「そんな簡単に作れる物ならこれほどこだわっておらんわ!」
「おおうっ!」
思った以上に激しく反応されてしまった。
「黒号は流体金属の研究をしていたときに偶然に生まれた奇跡の産物。その再現に今までどれだけの血道を上げ、そして失敗してきたか……」
「へぇ……そうなのかぁ」
「おかげで完成したものもあるけどね。強化装具とか」
「「陛下っ!」」
今まで成り行きを黙って見ていた護衛のエルフやドワーフが血相を変えて叫んだ。
「あら、いいじゃない。どうせ提供する予定だし」
「しかし……」
「強化装具……もしかしてゴブリンの魔太子とかドワーフの魔王とかが着ていた奴か?」
なんか、いままでとは違うのだよとか調子に乗ってたよな。
「ほら、気付いてた」
「ていうかあれって……ノアール喰ってなかったか?」
「いただきましたね。なにか覚えのある味だと思ったら、お父様の作でしたか」
「お父様っ!」
ゾ・ウーが鼻血でも噴かんばかりに顔を真っ赤にした。
「……もしかして、口ではなんだかんだ言ってるがノアールが好みなんじゃないだろうな?」
「ふ、ふざけるなぁっ!!」
「それはともかく……ノアール、あれって再現できるのか?」
「できますよ」
「おい無視するな! ……って、なんだと!?」
驚くゾ・ウーの前でノアールはなんでもない顔でノアールは薄手の肌に密着する服を出した。
布とはまた違うさらりと乾燥した手触りで、見た目よりも重い。
「か、貸せっ!」
横からかっ攫ったゾ・ウーは唸った。
「……本物だ」
「当たり前です。ゴブリンとドワーフから奪った物をマスター用に寸法直しして再現した物なのですから」
「……その再現というのは取り込んだ物ならなんでもできるのか?」
ゾ・ウーの顔は瞬く間に職人のそれになっている。
「なんでも、は無理ですが。生き物の形や機能を真似ることはできますよ」
「この前は馬になったな」
思い出した俺の言葉にノアールは頷いた。
「ええ。あのときにグリフォンも食べましたので空も飛べます」
「蟲は?」
「……やめてください。思い出したら。……うっ、つわりが」
「なんだとうっ!」
「それつわりじゃなくて、食あたりだ」
蟲人の食べ過ぎを引きずってるな。
「再現できてもそれの作り方を理解できる奴がいるとは思えないから心配するな」
「そんなことは心配しとらんっ!」
ゾ・ウーには怒られたが、他のエルフとドワーフはそこを気にしていると思うな。
まぁ、ラーナたちが提示するまではノアールに出させないことだけは約束した。
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