181 放蕩伯爵 1
国王が暗殺されたことはまだ秘密になっている。
そして、外の国でタラリリカ国王が死んだことが公表されることもない。
まぁ暗殺しておいて公表される前に死んだ死んだと騒ぐバカもいないだろう。
こちらが混乱することを見越して粛々と侵略準備をするぐらいか?
とはいえそんな話は聞こえてこない。
聞こえてこないところでなにかされているのかもしれないし、タラリリカの首脳陣はなにかの情報を持っているのかもしれないのだが、少なくとも俺のところにはやってこない。
王都タランズではルニルアーラが戴冠するための準備が着々と進められているはずだ。
俺は俺で忙しい。
隠れ家に戻った俺は改めてダンジョン造りに勤しんでいた。
構想はすでにできているので、後はそれを実際に展開してみて齟齬や勘違いがないかを試して修正していく作業を繰り返すだけだ。
この土地の所有者であるダンゲイン伯爵の地位をもらうことになっているのだが、その手続きがどうなっているのかは知らない。
おって誰かを送ると言っていたから、それが来るのを待つばかりである。
そんなわけでダンジョンを造っては修正しての日々である。
ニドリナはルアンドルの暗殺を許した自分が許せないのか望んでルニルアーラの護衛を申し出ている。
普通の騎士にはできない影からの守護は頼りになるだろうし、夜姫とかいう昔の呼び名が以前からいる護衛たちには効いたようで、ニドリナは歓迎されているらしい。
ハラストも同じくルニルアーラの護衛だ。
公表はできないが、実の父であるルアンドルの死はあいつにとってかなりショックだったようなので、いまはなにがあってもルニルアーラの側を離れることはないだろう。
俺の方もあいつのキメラ軍団との戦いを語ってから、実力者を側に置いておくべきだと言っておいた。
というわけで隠れ家にいるのは俺以外では、武器だったのだが最近になって自意識と人間の姿を手に入れた黒号改め、武器少女のノアールと上位吸血鬼のイルヴァンの二人だ。
「まともな人間は俺だけか」
酒を飲みながらそんなことを呟いたのは失敗だった。
「まともな人間って、なんですか?」
ニンニクたっぷりのローストビーフに挑戦したイルヴァンが冷たい目で俺を見た。
「ルナーク様がまともな人間なら、この世の人間のほとんどが聖人君子になりますね」
「しかもマスター以外の人間は機能的に未完成品ということになります」
「ノアールさん、それだとルナーク様を褒めていることになりますけど?」
「そんなことはありません。自身の能力を考えずに自分がまとも……正常であると考えるのは他者を貶める行為でありますし、つまりマスターは傲慢であるということになります」
「懇切丁寧に嫌味を解説されるってのもなかなかきついな」
ノアールに言われ、俺は苦笑するしかない。
そんな彼女は食事には興味ないので自分の指でひたすらにフォークを研いでいる。そんなに刺さりやすくして一体どうするつもりなのか。
二人の冷たい視線とローストビーフを取り上げられ、俺はさっさと降参した。
「へいへい、どうせ俺もまともな人間じゃありませんよ」
「「わかればよろしいんです」」
二人揃って頷かれ、俺はローストビーフを口に放り込む。
質素な料理しか作れないのを気にしてか、イルヴァンはどこぞから料理本を手に入れてきて色々と試している。
今回のローストビーフはその成果物の一つだ。
「そういえば、吸血鬼って味はわかるのか?」
「実を言うとほとんどわかりません」
「そうか」
そんな気はしてたのだ。
「味覚がないわけではなく、味覚が薄れているというか……辛い甘い濃い薄いはわかっても、それを美味しいと感じる部分が薄れているというか。まずいわけではないんですよね」
「食事が必要ないんだから、そりゃ、そうなるわな」
「味がわからないわけではないですから、趣味としてはいいですよね。……あっ、血を使った料理なら美味しく感じるのかしら?」
「おいおい……」
「あら、料理の本を色々調べましたけど、血を素材にした料理は色々ありましたよ。ソーセージとかプリンとか……」
「やりたいなら作っても良いが、人の血を使ったのは俺はいらないぞ」
「ルナーク様の血は新鮮な内に生でいただくのが一番美味しいと思いますよ」
「別の意味で言ってくれたらエロいんだけどな」
「ルナーク様の下品こそ、食欲の敵だと思いますけど?」
「なにを言う。これなくしてどうして生きていることを語れようか。いいや語れまい」
「かっこつけてもだめですよ」
なんてことをやっていると、鈴の音が鳴った。
「鈴? なんですか?」
「さあ?」
隠れ家に呼び鈴なんてものはなかったはずだがと首を捻る二人とは別に、俺にはその意味がわかっていた。
「客だ。上がってくるぞ」
「上がってくる? ああ……」
その言葉でなにかを理解したようだ。
そう。
この鈴の音は俺が新たな取り付けた機能で、地下にある転移装置が起動したらそのことを報せるようにしたものだ。
「足音は複数。気配と音の数が合わないから、一人はラーナか? それに……一人がやけにうるさいな」
地下から上がってくる足音で誰が来るのかを探っていると、そのうるさい足音がうるさいままにやってきた。
「黒号はどこだぁ!?」
扉を蹴破らんばかりの勢いで開け放って現われたのはドワーフだった。
なんか見たことあるな。
「誰だお前?」
「貴様ぁ!」
呑気に首を傾げる俺に対し、そのドワーフは毛むくじゃらの顔の中にある小さな目を吊り上げると、俺に迫ってきた。
「黒号を返せ!」
「ああ……思い出した。魔太子ゾ・ウーか」
いや、最初に見たときからわかっていたがね。
ケインたちと知り合うきっかけになった地下の冒険で出会ったドワーフの魔太子だ。
そして黒号……いまはノアールの製造者でもある。
「返せと言われてもなぁ……」
「うるさい! あれは儂の物だ! 返せ!!」
「本人の意思ってもんもあるしなぁ」
「なにが本人だ! ふざけるな!」
聞く耳など欠片もなく返せの一点張りだ。
正直めんどい。
「ゾ・ウー、落ち着きなさい」
そんな魔太子をやんわりと宥めたのはラーナだ。
遅れて上がってきた彼女は俺の隣に腰かけると当たり前のように自分で酒を注ぎ、ローストビーフを口に運ぶ。
止める気ないな、実は。
「いいや止めてくださるな陛下。あの黒号は儂の最高傑作。なにを失ってもあれを失うわけにはいかん!」
「だから、本人の選択を尊重しろと言ってるんだ」
「だから! 武器にどうやって決めさせろと! あれに自意識は……」
「決める権利はわたしにあります」
ここでようやく、ノアールが口を開いた。
「なんじゃお主は……」
「わたしのマスターはこの人です。あなたは親かもしれませんが、親に嫁ぐ気はありませんので」
「嫁ぐって……」
「あら、ルナークはこんな小さな子にまで手を出すの?」
「出してねぇ」
ただ、イルヴァンとの……まぁ、そのあれだ。
あれを見学させたのは事実だ。
あれはなかなか……刺激的だった。
「ガキが口を挟むな!」
「自分のことを主張してなにが悪いと言うのです?」
「だから……」
「あのさ……」
いかん。
この二人だと、きっとずっと平行線だ。
「気付いてないから説明するとだな」
俺はノアールに手を向けて紹介した。
「この子はノアール。元の名前は黒号。現在は昇華してこんな感じに自分の意見を持つようになった」
「あらすごい」
「なっ!」
ラーナはさほど驚いた様子もなくイルヴァンが新たに出してきたチーズに手を伸ばし、ゾ・ウーは大口を開けてノアールを凝視した。
「……本当に黒号なのか?」
「いまはノアールです。マスターに名付けてもらいました」
そう言うとノアールは自身を剣の姿に変えて俺の手に握らせた。
微妙な記憶だが、その形はおそらくゾ・ウーが持っていたときの形だ。
そしてすぐに黒髪の少女に戻る。
「どうですか? 製作者なら見誤ることはないでしょう」
「黒号……なんだな?」
「いまはノアールです」
頑なに自分の名前を主張するノアールに対し、ゾ・ウーはいきなりその目から涙を溢れさせた。
「うおおおおおおお、黒号! ……そんなにやせ細ってかわいそうに!」
「ドワーフ基準で語らないでください」
抱きついてこようとするゾ・ウーをひらりとかわし、ノアールは冷たく言い放つのだった。
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