177 魔導王の策 1
俺の放った【封槍氷獄】は蟲竜を粉々にして空へとばら撒いた。
大粒の氷片も中にはあっただろうし、それに当たった不幸な奴がいたとしても、そこら辺は必要な被害だったと諦めてもらいたいもんだ。
「さて……今度こそ終わりだろうな?」
まさか二人目の蟻杖王が出てきて「まだまだいるぞ!」とか言ってこないだろうな?
さすがにそれは嫌だぞ。
心配になってみていたが、どうやらそういうことにはならなそうだ。
「やれやれ……終わりみたいだな」
ほっと息を吐く……が、全てが終わったわけではない。
「……で? どうするんだ?」
「…………」
俺はいまだ空に浮かぶ【瞳】……その奥でこちらを覗き、干渉している魔導王を見た。
「なるほど、そこはザンダークの地下か? ずいぶん広い空間だな」
「なっ!? 見えているのか?」
俺の呟きで魔導王の沈黙はあっさりと破れた。
「魔法に長けているのがお前だけだと思ったか?」
魔導王、お前はあまりにその場で魔法を見せすぎた。
【瞳】の魔法はとっくに解析済みだし、魔力発生炉の俺の魔力を喰らったのも裏目に出たな。魔導王の魔力を追いかけるのが簡単になった。
使える物はなんでも手に入れる。それが敵の能力だろうと、魔法だろうと。
全てを手に入れてきたんだ。
「おれはそういう世界で生きてきた。お前がどれだけ辛い人生を生きていようとな、こと戦いに関する苦労で俺と肩を並べられるのは世界でもう一人だけだ」
ラーナリングイン。
彼女以外に誰が俺を理解できるだろう。
「お前が俺に勝とうなんてのが、そもそも間違いなんだよ」
「くくく……」
お? 悔しがったか?
「ククククク…………」
いや、なんか違うな。
「あはははははははははは!! なるほど! なるほどなるほどなるほど!! 確かにそうかもしれない。いまはまだ……ね」
「なに?」
「君をここで殺せないのは残念……だけど、最初から君の死なんてどうでもいいんだよ。今回は、ね」
「……はっ! 強がりか?」
「ふふふ。そう思うのはそちらの自由。だけど、君をここに引き付けたことで色々とうまくいったはずだよ」
魔導王の【瞳】が言葉とともに薄れていく。
隠れたわけではない。魔法の維持を放棄したな。
さらになにかあるかと思ったが、それはなにもなかった。
ただ、キメラ軍団だけは残していきやがった。
足下の戦いはまだ続いている。
しかたないのでその手伝いをした。
だが、魔導王が言っていたことも気になる。
もしかして、俺はここに引きずり出されたのか?
だとしたら俺のいない場所でなにかを企まれているのかもしれない。
†††††
それはルアンドルの眠る室内で起こった。
彼女はずっと待っていた。
傀儡のドルトアンテがただの情報収集で仕事をするわけもなく、そして仕事を失敗したままで撤退するはずもない。
では奴はどこにいるのか?
スペンザで武器を受け取ったニドリナはその足でタラリリカ王都タランズへと戻ると影に潜んだ。
ルナークには近づかないようにした。
これまでの付き合いでルナークが接近に気が付く距離は把握できている。
なにより、ルナークが目標の側にいるのであればドルトアンテも人形を近づかせることはできないだろう。
だからルニルアーラのことは放置して、占拠された城に侵入し囚われの身となった国王ルアンドルを影から守っていた。
状況からして人質の国王を殺すのは下策だろうと判断していたが、その中にドルトアンテの人形が混ざっていてはいけない。ニドリナは油断なく影に潜んで様子を見守り続けた。
隠れ家で戦ったとき、ドルトアンテは言った。
「タラリリカ王の首を差し出せば許す」と。
ドルトアンテにそう言づてたのは「お嬢様」と呼ばれていた人形師の主人……魔導王シルヴェリアだ。
そう……《魔繰人形師》傀儡のドルトアンテは魔導王子飼いの暗殺者だ。
ドルトアンテは情報収集のためにやって来た他の密偵に紛れてタラリリカ王ルアンドルの首を狙っていたのだ。
そしておそらく、いまも諦めてはいない。
魔導王がこの状況に関わっているのは明らかだ。
そしておそらく、いまのこの状況には魔導王の意思が大きく関わっているに違いない。
新たな「人類の敵」となりつつあるタラリリカ王国を内部から揺さぶるために、国内で少数派となった王弟派貴族たちを焚きつけてこんな暴挙を起こさせ、さらに東西の国境で騒動を起こす。
内外で振り回されて隙を大きく作ったところで国王の首を狙う。
「それが奴のやり口だろう?」
ミスリル銀の剣身を持つレイピア、銀睡蓮を背中に押しつけニドリナはそう言い放つ。
ここは王城奪還作戦の本部となっていた宿屋の一室。
王の寝室となっている部屋だ。
ニドリナは新しい水差しを運んできた侍女の背中に剣先を押し当てている。
待ち続けた甲斐があったというべきか……ついに人形がやって来たのでニドリナは姿を現わしたのだ。
王を守るために影に潜んでいる者は他にもいるはずだが、ニドリナの言葉を大人しく聞いているのか、姿を現わしていない。
「そなた、ルナーク殿の仲間の……」
ベッドにいたルアンドルがそう言ったことも関係しているのかもしれない。
「たしかにそれは、ありうるかもしれん」
最初は驚いていたルアンドルだが、ニドリナの説明に説得力を感じたのか大きく唸った。
「では、この者は……人形なのか?」
「ああ。傀儡のドルトアンテの操る人形だ。本物に見えるかもしれないが、それは……」
言いながら、ニドリナは侍女の背中から銀睡蓮の刃を突き刺した。
「はうっ」
胸に突き出たレイピアに痛みと絶望の表情を浮かべる侍女の姿にルアンドルが表情を凍り付かせるが、それはすぐに別の驚きに変わった。
侍女の姿だったものが瞬く間に表情を失い、色を変じ、木肌を晒した球体関節の人形となってその場に崩れ落ちたからだ。
「これは……」
「《魔繰人形師》の能力だ」
「そのようなものが」
困惑するルアンドルにかまうことなくニドリナは周囲に気を放って探る。
あくまでも人形を倒したに過ぎない。
そして、確実な成功を狙うドルトアンテが人形一つだけで済ませるはずがない。
「……姫は、ルニルアーラは無事なのか?」
「むっ……」
困惑から抜けだしたルアンドルの言葉にニドリナは顔をしかめた。
たしかにルニルアーラにも暗殺の危険はある。
そしてルアンドルだけではなく、ルニルアーラの死も国内を混乱させるだろう。
どうするべきかと悩んでいると、潜んでいた王の護衛者たちが姿を見せた。
「この者たちがいるので私はもはや大丈夫だ。すまんが姫を頼む」
「……わかった」
しかたない……と、ニドリナは応じて部屋を飛び出した。
ほぼ同時に激しい物音が聞こえてきて、彼女は先を急ぐ。
そして……ニドリナのいなくなった王の部屋では。
「…………かっかっかっかっかっ。まだまだ甘い。技では夜姫と謳われても心はいまだに乙女のように甘いのう」
老人の声が部屋の中で重なって響く。
それらの声は王の護衛たちから響いていた。
「ぐぬぅ……貴様」
「甘いよのう。儂を《魔繰人形師》とわかっておりながらのこの油断。儂が操れるのが人形だけだとなぜ信じてしまうのか」
そう。
侍女の人形を故意に気付かせてニドリナの注意を引き、ドルトアンテの魔繰の糸は王の護衛たち、そして王自身に及んでいたのだ。
「さらばじゃ王よ。国の滅びを見ずに済むのが慈悲と思うがよい」
こうして、魔繰の糸はルアンドルの運命を震わせた。
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