176 東方国境決戦 7
形となったのは巨大な甲虫と竜が合わさったようななにかだった。
大山脈で竜の国を体験した俺からしたこんな竜がいたところでおかしくはなさそうだが、それ以外の一般人が想像する竜は翼と角のあるでかいトカゲだろう。
俺の目の前に現われたのは鱗のと角の代わりに甲虫の殻を、翼の変わりに翅を持つ竜の姿だ。
しかも、八匹の巨ムカデを吸収してで来ているだけあってその質量はたいしたものだ。
その重量が空を飛ぶなんて普通に考えればありえない。
いや、竜だって本来はありえないのだ。
つまりこいつは竜と同じようにごく自然に魔法に近いものを使い、飛翔しているということなのだろう。
蟻杖王には蟲人どもを統率してダンゴムシ人間みたいな連中を組み合わせて巨ムカデにする能力があった。
それに魔導王にはキメラ軍団を作るほどの生命混合に関する魔導的知識がある。
この二つが融合した結果が、この蟲竜なのだろう。
「やれやれ、だな」
その圧巻ぶりにはさすがの俺も言葉がない。
「あははははははははははははははは!!」
空に解き放たれる魔導王の哄笑も絶好調だ。
「さあ、どうするんだい!? ルナーク? アスト? こいつを自由に解き放ったら……一体、どれだけの被害が出るんだろうね!? むしろ、止められる者はいるのかしら?」
「楽しそうでなによりだ」
「おや? それは余裕の表れかな? それとも強がり?」
「蟲人相手にするよりやりやすくなったのは確かだよ」
おれと蟻杖王の会話を魔導王がどう受け止めていたのかは知らないが、この点だけは感謝してもいい。
「魔導王、お前は絶対にその正体を暴いてコマしてやるからな」
「ふふ……ん。そんなことが本当にできると……」
「できないとでも思うか? お前、この前どんな目に合わされたか忘れたわけじゃないだろうな?」
「ぐぐっ……」
「覚えてろよ、いつか絶対、アレをぶっこんでやるからな」
「う、ううう……うるさい! 死ねぇぇぇぇ!!」
相変わらず、大人なのかガキなのかよくわからん奴だ。
蟲竜が咆哮する。
獣が咆哮するような雄々しさや猛々しさはなく、殻をすり合わせるような耳障りな音を空に解き放つ。
「はぁ……甲虫は嫌いじゃないが、鳴き声はいまいちだな」
とはいえ、さっきよりはやる気になった。
魔導王は嫌いだし、絶対にあいつはいつか泣かすし、そして恥ずかしい目に合わせてやることは確定事項だ。
蟲竜はそれを遮る障害だ。
「だからもうお前、消えろ」
【覇雷】×十・重唱・属性上昇・属性超上昇。
足下の砦を一噛みで崩壊させそうな顎が迫ってくるが、俺はそれに特大の雷球を叩きつける。
蟲竜は向かってくるそれに対して顎を開き、なんと噛みつきやがった。
激しい光と轟音、蟲竜の全身を雷光が駆け巡り悶えた。
周囲に髪の毛が焦げたような嫌な臭いが立ちこめたが、蟲竜め、耐え切りやがった。
エルフの城で魔王と魔太子を威嚇するのに使った魔法なんだがね。
「頑丈だな!」
突進を再開した蟲竜に、俺は避けることを考え……やめた。
背後には砦がある。
この巨体が突っ込んだら、それこそキメラ軍団との戦いごと押し潰してしまうだろう。
「それは、させられんなぁ!!」
【飛神盾】×二十・付与・【覇雷】×十・属性上昇・属性超上昇。
前面に盾を展開し、蟲竜の突進を受け止める。
「ぐぐっ……やるねぇ」
魔法の防壁というものはそのときに込められた魔力によって受け止められる破壊力が決まってくる。
蟲竜の突進は俺の二十枚張りの【飛神盾】を貫いて、俺に衝撃を届けて来た。
だが、付与によって張り巡らした【覇雷】が蟲竜を焼いてもいる。
とりあえずは痛み分けか?
いや、どうかな?
さすがに巨体過ぎて【飛神盾】による防壁にも隙間がある。そこを【覇雷】で埋めているのだが、蟲竜はその雷膜に前肢を突っ込み、俺に爪を振るってくる。
動きを阻害された攻撃だ。
かわすのはさほどの問題ではない。
「いいから……大人しくしろ!」
【飛神盾】の配置を換えて押さえにかかる。
蟲竜は【覇雷】を喰らって悶えているが、痛みを感じているというよりは雷撃が神経を狂わせているだけだろう。
虫って痛覚なさそうだもんな。
とはいえ魔導王の魔力に支えられた蟲竜は雷撃に対しての防護を身につけつつある。魔導王自身が雷耐性の魔法を送り込んでいるようだ。
魔導王相手に魔法対決をするというのは頭が痛くなる展開だが……。
おっと……今度は爪じゃなく首が【飛神盾】の隙間を押し広げて入ってきた。
俺に向けて顎を開く。
そこから生まれる積層型魔法陣。
ブレスのつもりか!
「ええい!」
追加・【飛神盾】×五。
属性変化・【覇雷】から【業氷】
追加の【飛神盾】をブレスを受ける形で展開しつつ、付与していた魔法を【覇雷】から【業氷】に変更する。
魔法の格としては【覇雷】と同等だが、さすがに雷属性ほど得意じゃない。威力は落ちるが、すでに雷属性が対策されているのなら同じようなものだろう。
蟲竜が放ったのは土属性のブレスだ。
魔法によって擬似的に誕生した鉄杭が雨霰と放射される。
【飛神盾】はそれを受け止め、付与した【業氷】が氷柱を発射して迎撃する。
氷柱と鉄杭がぶつかり合えば、当然ながら氷柱の方が砕ける。
だが、俺と砦へと直接向かってくる分は【飛神盾】によって防いでいる以上、撃ち負けていようとかまわない。
【業氷】の方は防御のために使ったわけじゃないからな。
いま、俺の【飛神盾】は攻撃を受け止め、相手の行動を阻害するという防御的行動だけではなく、【業氷】による氷柱を放ち続ける移動砲台ともなっている。
氷柱の一発一発は蟲竜の殻に微細な傷を付けているだけのようだが、本命はそこではない。
氷柱の雨が続くことで蟲竜周辺の気温がどんどんと下がっていく。
湿気が凍り付き、周囲には雪が舞い踊るようになっていった。
そして蟲竜の殻全体が霜で白くなっていき、体の各所にある関節……節の部分には砕けた氷柱が欠片となって堆積し、いまや氷塊となって動きを阻害するまでになっている。
「はっは! やっぱりか!!」
魔導王が耐冷を講じているようだがもう遅い。
「地下深くで押し合い圧し合い密集して暮らしているなら寒さには弱いだろうと思ったが、当たったな!」
「くっ、おのれ……こうなったら」
魔導王め、方針を切り替えたな。
蟲竜の周りで展開していた魔法陣が次々と消滅し、別のなにかに置き変わっていく。
それに合わせて、蟲竜の内部でなにかの圧が発生しようとしていた。
「自爆させる気か!」
「死にたがりの命だ! 最初からこうしておけばよかった!!」
「ああ! それはまさしくな!」
蟲人どもの生命力を全て魔力に変換しての自爆魔法……そんなもんを使われたこの辺りは地形が変わっていたかもな。
そうなっていたら、俺も対処できなかったかもしれないな。
だけど、いまさらだ。
「だが残念! こっちの仕上げはとっくに終わってるよ!!」
俺はさらなる魔力を吸い上げ、次なる魔法を仕上げる。
そう、俺はさっきから魔力を吸い上げている。
どこから?
足下でぐったりしているノアールの巨大針モグラからだ。
針モグラの内部で消化不良となった蟲人どもはまさしく魔力となってその場にとどまっていた。
俺はそれを吸い上げ、さっきから魔法を使っていたのだ。
魔力発生炉も壊されたし、俺の基礎的な魔力だけでは一度に使える量は限られている。
ラーナとやりあったときの状態はしばらく使いたくなかったしな。
消化不良の針モグラは俺にも、そしてノアールにとってもちょうどよかったってことだ。
「くたばれ!」
【飛神盾】×二十五・付与【業氷】×十・属性上昇・属性超上昇・術技昇華・【封槍氷獄】
【飛神盾】を中心としてできあがった氷の巨槍が次々と蟲竜を貫き、その巨体は氷の針山へと変化する。
「砕け散れっ!」
俺の言葉は現実となり、蟲竜は幾億の氷片となって空に散華した。
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