172 東方国境決戦 3
雷光とイルヴァンの爪火が落ちる先を灯していたのだが、その片方が消えた。
イルヴァンだ。
なにやら苦しそうな声も聞こえたし、どうやら落ちていく先でなにかがあったようだ。
「なにが起きているのやら……あれか?」
光を遮る黒が落ちる先を染めている。
その中途でイルヴァンが浮いている。
いや、なにかに掴まれている。
いままでの蟲人とは違うな。
「ならばまずは……」
俺は手にしたハルバードにありったけの雷を込めるといままでとは違う蟲人に投擲する。
頭上の殺気に気が付いたそいつは、イルヴァンを放り捨ててその場から退避した。
ハルバードは床を突き抜けてさらに下へと消えていった。
俺はその即席らしき床に着地する。
相対するようにそこに立つのはダンゴムシとは違う。
大きさが違うし、なにより黒い殻も他より硬そうだ。
頭部には見事な一本角がそそり立っており、夏場に見かける虫の王者を思わせる。
ていうか、あれが二足直立したらこんな感じかもしれないな。
ただし、一番上の腕が人間のように太いし、虫の王者は口のところにあんな立派な顎はなかったはずだ。
「誰だお前?」
落下した先は……感触からして蟲人の背中だ。
蟲人どもが連なって床になっているのだ。
死んでいるわけではなく、生きているはずだがぴくりともしない。
これを統率力と呼ぶか、種の違いでしかないのか。
「ごほっ……ルナーク様、お気を付けください」
首の骨を折られかけていたイルヴァンは、怒りに燃えた目で俺のところに戻ってくる。
吸血鬼だから首の骨が折れたぐらいじゃ死なないがな。
「お初にお目にかかるな、《天》位を持つ者よ。我は蟻杖王という」
「うん?」
《天》位?
《王》位みたいなもんか。
俺の《天孫》についてなにか知っているということか?
「俺よりも物知りなのはわかったが……それで? なにしに来たんだ?」
「なに、ちょっと種族の都合でな」
「なんだそりゃ」
「まぁ、気にするな」
あちこちの殻の狭間をギシギシと鳴らしつつ、蟻杖王は体を揺する。
あるいは笑っているのか。
「そなたは黙って我らと戦えば良いのよ。そうすれば、地上の者には手を出さぬ」
「なんだそりゃ?」
「だから……」
と、蟻杖王が腕を上げた。
「気にするなと言っておる」
それに合わせて地が揺れる。
地というか……蟲人どもが蟻杖王の命令を受けて活動を再開したというのが正しいのか。
そしてその揺れはせっかく下りてきた俺たちを地上へと押し上げていく。
「我はそなたと戦いたいのだ」
「女にベッドで言われたら嬉しいセリフだけどな」
「その感覚はわからんな」
「そりゃ、残念だ」
蟻杖王の手にはいつの間にか杖のような物が握られていた。虫の部品を組み合わせたそれが振り上げられると、地上へと押し上げられる速度が増す。
陽の光が見えてきたところでイルヴァンが影獣の中へと逃げた。
それからすぐに、魔導王の【瞳】が見下ろす空へと俺は放り投げられた。
地上ではすでにキメラ軍団との攻防戦が始まっている。
防壁上でときに他とは違う光がキメラを撫で切りにしていく。
ハラストも大活躍しているようだ。
さてさて……空中に放り出された俺にグリフォンが一体、襲いかかってきた。
俺を餌かなにかだとでも思ったのか、無邪気に嘴を広げて近づいて来るそいつを直前でかわし、その背中に飛び乗る。
暴れられたが長居をする気もないので放っておく。
「で、蟻杖王はどこ行った?」
……と、探すまでもなかった。
そいつは空にいる俺の前にいたからだ。
「こいつは驚いた」
そいつはおそらく、蟲人どもが連なってできているはずだ。
だが、その連なりを感じさせないほどの巨蟲がそこにいた。
複数の節と足を持つそれは、ムカデだ。
オオムカデという言葉も生やさしい。巨ムカデはその頭に蟻杖王を乗せ、その杖に操られているかの如くに俺へと敵意を向けて体を動かす。
「どう攻めたもんかね」
【飛雲雷】
雷聖霊から発した雲へと飛び移って巨ムカデの突撃を避ける。
残念ながら最後まで懐いてくれなかったグリフォンはムカデの顎にひっかかって引き裂けた。
【鬼面獣王】を使えば案外いけたか?
しかしそれだと、キメラ軍団全部がそれで鎮圧できそうだな。
……それが成功したときの魔導王の泣きっ面は是非とも間近で見たいものだ。
【飛雲雷】に乗って巨ムカデの背後に回る。
【覇雷】
特大の雷球を解き放ってみたが、巨ムカデの背中に大きな黒焦げを作るだけで終わった。
「やるなぁ」
今回はちょっとした絡繰りがあるから補強を行っていなかったが、これはそういうわけにはいかないようだ。
「どうした!? その程度では我らは殺せぬぞ!?」
「戦闘狂か? 勘弁しろよ」
蟻杖王の声は嬉々としているように聞こえる。声からなにから違うのだが、西の国境で戦っているはずのダンゲインじいさんのことが頭に浮かんだ。
狂戦士は楽しく戦場を荒らし回っているのだろうか。
「戦闘狂か……そんなものでは我らは語れぬな」
「なに?」
「言うなれば我らは死に狂いよ。さあ、死にたくなければ我らを殺すがよい!」
「勘弁しろよ」
蟻杖王の叫びに俺は頭痛を覚えた。
おれは立て続けに【覇雷】を放ってみたが、やはり巨ムカデの殻に焦げ痕を付けるだけだった。
それが蟻杖王は気に入らないようだ。
「そんなものではなかっただろう! さきほどの雷をなぜ使わん!?」
「いやいや、相手の攻撃を望むなよ」
「それを望むのが我らよ。それを望んで地上に上がってきたのだぞ。さあっ!」
「まじかよ」
「我らに容赦の無い一撃を!」
「ちっ、知らねぇぞ」
地上ではキメラ軍団との戦いが広がっている。
砦外にも広がる混戦状態だ。
巻き添えを考えるとあんまり使いたくなかったんだが……。
このまま、巨ムカデに暴れられるよりはマシか。
【雷帝】
そして空から容赦の無い光が降り注ぐ。
だが……。
「あん?」
その威力は最初のそれよりも明らかに弱かった。
光も音も違う。
頭からそれを浴びた巨ムカデと蟻杖王だが、多少黒焦げになっただけでどちらも無事のようだ。
その理由は……体に感じている。
「ちっ、仕掛けを壊されたか」
俺は砦に目を向けた。
砦のあちこちで煙が上がり、防壁の一部などが崩れているのも見える。
俺は空に浮かんだ【瞳】を見る。
魔導王の魔力を帯びた巨大な瞳が会心の笑みを浮かべているように思えた。
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