171 東方国境決戦 2
一条と呼ぶには膨大すぎる光と熱が平原を焼いた。
それを【瞳】によって戦場を観察していた二者は目撃した。
魔導王シルヴェリアと蟻杖王だ。
地下の大空洞を利用して大きく展開していた映像が光に飲まれる様をシルヴェリアは唖然と見守った。
「まさか……ここまで」
光が去り、蟲人の列が瞬く間に消滅した光景が映像に映し出される。
「【滅気弩】……まさか」
それは魔導王の切り札として開発している魔法の一つだ。
超長距離からの強力な一撃を与えるための魔法。
エネルギーの収束がままならずいまだに完成形はできていないが、いま、眼前で展開した光景はシルヴェリアが脳裏に描いていたものそのままだった。
魔導王はいくつもの切り札を用意している。
一つ二つ作ったところで安心などできない。一つが完成したところでそこから発見した新たな着想や反省点からさらなるものを作り出していく。
キメラやゴーレムなどもその過程で誕生した。
「まさか、あの規模の魔法を当たり前に使うのか奴らは」
奴ら……ルナークと大魔王のことだ。
主戦場での戦いもシルヴェリアは【瞳】によっていつものように観察していた。ルナークがゴブリンの魔太子を殺し、ついでドワーフの魔王を倒すところまでは確認した。
だが、大魔王とルナークが呟いたところで【瞳】はその力を失ったのだ。
一度はルナークに【瞳】を弾かれたことから配置には細心の注意を払っていたのだが、最初から気付かれていたのか。
それとも大魔王とかいう存在に解呪されてしまったのか。
そう呼ばれている者が存在することは戦場で蒐集した魔族たちの会話から知っていたが、それがどんな存在かはいままで知る術がなかった。
結局、その好機を失われ大魔王と呼ばれる者の姿も能力もシルヴェリアは知ることができなかった。
その後の主戦場の状態の調査から大規模な破壊魔法の連続によってねじ曲がった法則がまるで氷のようにその場所にとどまってしまっているのだと判明した。
いずれは元に戻るだろうが、それまでは迂闊に近寄ることもできない状態となっている。
この時点でルナークには相応の破壊力のある魔法とそれを連発するだけの魔力を保持しているのだと判明していた。
それ以前での交戦の記録もあるが、主戦場でのそれは過去のものを役立たずにするに十分だった。
明らかにザンダークでの時は手を抜いていたのだろう。
しかしそれでも、まさか、これほどとは……。
「《天》位とは……これほど、か」
呆然と呟き、シルヴェリアは唇を噛んだ。血が出るのもかまわず。
クッションにしていたぬいぐるみの手を握り、引きちぎる。それをさらに二つに引き裂く。
布を裂く音は静かに。
溢れ出た綿はシルヴェリアの怒りの魔力で炎に。
「これほどのものが……わたしを、選ばなかった、のか!」
シルヴェリアは不健康な少女の姿をしている。
だがなぜか、その姿は妖艶な美女のようにも、あるいは剥き出しの骨のようにも見える瞬間がある。
彼女の周りで揺らめく炎に合わせてその姿が変わっている。
やがて炎は新たな線を空間に描く。
次々と……。
次々と…………。
それは無数の炎を起点として無数の線を描き、無数の円となり、無数の記号となる。
総じてそれは魔法陣と呼ばれるものとなり、広大な地下空間を埋め尽くしていく。
それはそのまま、拡大していく魔導王の力を示している。
「ならばやはり、世界はわたしの敵だ!」
少女の吠え声が新たな具象を戦場に顕現する。
そんな魔導王の隣で…………。
「フハハハハハハハハハ!!」
蟻杖王は笑った。
甲殻は震わせ、胴体にたたんでいた細い腕をも広げ、蟻杖王は全身を仰け反らせるようにして笑う。
それは瞬く間に一万もの同胞を失った者の反応では決してない。
だがそれはあくまでも人間という物差しで見た場合のことだ。
しかしそれでも歓喜する蟻杖王の姿は異常であろう。
「ヨイゾ。ヨイゾヨイゾ! それでこそ神気を帯びし者よ。それでこそ世界に踊らされる愚者よ。存分に我に利用されるが良い!! それだけが貴様ら階梯を踏む者どもの存在理由よ!」
そう叫ぶや、蟻杖王は穴の中へと飛び込んでいった。
「…………」
残された魔導王はそんな蟻杖王を見ることなく頭上に映し出された光景を睨む。
そこに映された砦を睨む。
防壁上から飛び降り様に、こちらに向かって中指を立てるルナークを睨み付ける。
「絶対に殺す」
††††††
「殺せるものならな」
遠く離れたザンダークの地下からの声が聞こえるはずもない。
だが、空に浮かんだその【瞳】を見ていると自然とそんな言葉が浮かんだ。
覗き見餓鬼の目はこそこそ隠れるのをやめ、空にその姿を映し出した。
魔法式を追加して機能を拡大させているのか、目は巨大化を続け、その姿は俺以外にも見えているようで砦の中の同様が伝わってくる。
だがもう知らん。
こっちはすでに動き出しているんだ。
魔導王も俺を殺したいならここに来いってんだ。
俺は新たに吐き出された蟲人どもに向かって跳ぶ。
狙いはその穴だ。
わざわざ地上で整列するのを待つ必要はない。
地下で殲滅してくれる。
落下の軌跡の中で溢れ出した蟲人を薙ぎ払い、そのまま穴の中へと飛び込む。
その穴はかなり広く、蟲人どもはその穴の中にみっしりといて這い上がっていく。
地下では俺の雷属性は相性が悪い。
実際、俺や武器が纏った雷の一部が勝手に地面を這う蟲人を打ち、地面に吸い込まれていく。
それはそれで蟲人どもを地上に上がらせないことに役立っているのだが、制御が利かなくなるのは厄介だな。
とはいえ、手がないわけでもないし……。
「暇してる奴は他にもいるしな」
ここは穴の中。
太陽は届かない。
周りは影だらけだ。
つまり、こいつらが大活躍できる。
【影獣法】
顎持つ影の化け物がそこら中に現われ、蟲人どもをその口内に収めていく。
その一つから飛び出してきたのはイルヴァンだ。
「虫の血は……血というより体液では?」
俺と一緒に落下しつつ、イルヴァンは不満そうに口元を隠している。
「なんだ? 虫嫌いか?」
「一匹二匹ならともかく、びっしりはちょっと……」
「その気持ちはわかるが、やってもらうことは変わらん」
「うう……」
泣きそうになりながらイルヴァンの姿が闇に溶ける。
「嫌なら吸わなければいいんじゃね?」
「はっ!」
そんな俺の声がけに闇からイルヴァンの声が響く。
やっぱり、敵は全部吸血しないといけないと思ってたな。
「そこに気付くとは……」
「いや、気付けよ」
闇から浮かび上がって戦慄の表情を見せるイルヴァンを鬱陶しく追い払う。
「薙ぎ払え」
「はい!」
今度は元気よく返事をした上位吸血鬼は、その指から赤い爪を伸ばす。
【蒼血闘法】
吸血鬼の血によって練り上げられた爪が周囲の蟲人を切り裂いていく。
上位吸血鬼になって新しい技を覚えたみたいだな。
俺の雷と影獣が落下に合わせて周囲の蟲人を焼き殺し食い殺す中、先行するイルヴァンの爪が俺の落ちる先を作っていく。
そのまま落ちるままに落ち続けていくのかと思ったのだが……。
「ぐっ!」
先を行くイルヴァンの苦鳴。
そして俺たちの落下はそこで止まることとなった。
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