169 国境異変 8
セリとキファ、それに斥候のおっさん。
偵察に向かった三人の話では、砦の北で御行儀よく隊列を組んでいる魔物たちは数が多すぎて判別するのは無理ということだった。
俺の方も蟲人との戦いに集中していたのでグリフォンとヒポグリフ以外は見ていない。
とはいえ、では偵察任務が失敗だったのかというとそんなことはなく、斥候が持たされていた遠隔義眼とやらいう魔法の道具がちゃんと働いていたようで、その陣容は魔法使いたちによって解明された。
「その全てがキメラ……魔法で合成された魔物だということです」
作戦会議で分析された情報は冒険者たちにも公開されるのだが、俺はそれとは別に会議が終わったばかりのハラストから聞いていた。
「天然のキメラは珍しいからな」
この前、グルンバルン帝国冒険者ギルドへの嫌がらせのときに一度依頼が出たが、普段はキメラ退治なんて依頼は見かけない。
そんな希少な魔物がおよそ三千もの大群を作っているなど、何者かの作為以外には考えられない。
そこに蟲人なんていう、これまた誰も見たことがないような存在が出てきたとあっては、偶然という言葉に出番を与える奴はむしろ頭がおかしい。
「立地的にもやらかしてるのは魔導王か?」
スペンザを東に進めばザンダークだ。
以前に差し向けられたのはゴーレムだったが、色んな動物を切ったり貼ったりした合成魔法生物を作る技術だってもちろん持っているだろう。
「しかし、これほどの戦力を投入して、魔導王はなにを考えているのか?」
「俺を潰したいんじゃないのか?」
考え込むハラストに俺は冗談半分にそう言ってみたが、ハラストは首を振った。
「それはそうでしょうが、そのための策としてこれは有効でしょうか? わたしはその目で確認していませんが、大要塞の主戦場をあなたは立ち入り不可能地帯にしてしまった。そんな人物を倒すための策として、これだけでは足りないと思うのですよ」
「いや、十分にすごいことはしてると思うけどな」
キメラが三千に蟲人が大量だぞ?
そう言うとハラストは冷たい目で俺を見た。
「で? あなたはそれで命の危機を覚えていますか?」
「んにゃ」
俺は首を振る。
ハラストの視線がさらに冷たくなった。
地獄ルートの後半はさすがに一対一なら俺の方が強いという状況が続き、その代わりとばかりに大群の敵が襲いかかるということが多くなった。
蟲人の総数がいくらかはわからないが、いま、地上に見えている連中が百倍になっても俺が負けるということはない。
その代わり、ここにいる連中は凄く非常識な光景を目撃することになるだろう。
俺が気にするとすればそちらの方だな。
「半ば以上諦めているとはいえ、自分からそれを捨てるとなると惜しいよな」
「そんなに冒険者の生活が惜しいですか?」
「特別視されたくないってことだよ」
冒険者そのものに強い魅力を感じているわけじゃない。
いまさら《勇者》に戻りたくないという気持ちはやはり強い。
自分でもぐだぐだしすぎなのはわかっているが、それでもだ。
危険地帯に自ら赴き、戦闘もそれなりにこなす冒険者という仕事は自分に合っているのではと思ったのだ。
「無駄なことですよ」
ハラストは冷たい。
冷たいというより、おそらくは怒っているのだろう。
兄だと告げられない関係の妹の運命を俺が握っているというのに、その俺が本気を出すのをためらっているのだ。
そりゃ、イライラして当然というものだ。
「あなたは戦う力を捨てられなかった。その時点で、あなたはどういう立場であれ衆目を集めることになるのは決まっていたんですよ。後はそれが勇者と呼ばれるか、それとも世界の敵と呼ばれるか、だけですよ」
「世界の敵、ね」
「その昔、魔王という言葉は魔族たちが使用する称号ではなく、世界の敵への呼び名だったそうですからね。あなたがそうなったとしても別におかしくもないでしょう?」
「魔王ルナークなぁ……」
しかしこの場合の敵ってのは世界じゃなくてタラリリカ王国以外の人類ってことだろう?
「それを世界の敵と呼ぶのは、これまた傲慢な気がするな」
「あなたは傲慢ですよ。これ以上なくね」
「うわっ、ひでぇなぁ……」
「だけど、あなたは傲慢に踊らされてはいない。あなたにはあなたを貶めた貴族のようになりたくないという思いがある。それがあなたの傲慢を制御している。あなたなら案外、良い王にもなれるんじゃなかと思いますね」
「それは持ち上げすぎだろ」
「冗談ではないですよ。ですからどうか、愛人とかじゃなくきちんと夫になるか、それとも他の土地で即位でもしてください。そしてタラリリカの良き同盟者となって二度とここに戻ってこないでいただきたい」
「そっちが本音か!」
「妹を宙ぶらりんな態度で扱っているのは、やはり気に入らないものですよね」
「宙ぶらりんじゃねぇよ。おれは決然たる意思で愛人になりたいんだよ」
「どんな意思ですかそれは」
俺の態度にハラストが呆れかえるが、これだけは譲れぬ。
「たとえ再び勇者を名乗ることになったとしても、俺の意思は変わらん。いやむしろ俺は女たちのための勇者となるだろう」
「はぁ……まったく」
ハラストはひどく長いため息を吐くと首を振った。
「わかりましたよ。きれいに話をまとめようと思ったのに、まったく」
「そうやってなんでも美談にしようと思うのはいかんことだと思うぞ?」
ていうか、いい話にまとめようとしてあのオチというのはどうなんだ?
「ほっといてください」
そんなやりとりの末、ようやくハラストは本題に戻った。
「魔導王があなたを意識してなにかを企んでいるのは確かですが、いまはとにかくこの場を凌ぐことです。そのためにあなたの行動の自由は確保してきました」
「おっ、そりゃご苦労さん」
「大雑把な作戦ですが、キメラ軍団は我々が、ルナークさんは蟲人の対処をしてもらいます」
「そうだな。共闘者はいない方が俺も好きにやれる」
「でしょうね」
「ところで、ハラストはどうするんだ?」
「僕ですか? あなたが戦っている間はキメラ軍団と戦っていますよ」
「そうか。なら大活躍するんだな」
「どうでしょうかね」
「お前こそ、実力を隠さなけりゃキメラ軍団もそんなに怖くないだろ」
「いや、数に限度というものがありますよ」
「まぁな。でも、派手に活躍はできるだろ? 新しい武器、それ仙気が乗せられるだろ?」
「……これを使っているところなんて一度だけですよね? それにあのときは」
そう、城を奪還するときには仙気は使わなかったな。
ただ剣の周りに光の刃が走っていただけだ。それだけでも中々の武器だということはわかるが、ハラストにとってあの剣の本領はそこではないはずだ。
「だけど、ときどき柄に触ってちょっとだけ仙気を流してたろ? お初の道具を信用するのは怖いからな」
「……まったく目敏い」
本領は仙気を流して光刃を強化することにあるはずだ。
魔法にも【覚醒】という武器強化の魔法があるが、それと同じようなことが仙気にもできる。
【覚醒】よりも【属性付与】に近い部分があるが、仙気の方は己の実力が高ければただの木切れをどこまでも硬く鋭くすることだってできる。
ハラストの剣はそれだけでなく、仙気を受け入れて光刃へと変化する仕組みが組み込まれているのだろう。
「以前に母に教えてもらった方法を試してみたのです。いままでは素材の格が足りずに実現できませんでしたが」
太陽神の試練場で手に入れた太陽の欠片はその要求を満たすものだったようだ。
「面白そうだな。こんど素材を渡すから俺にも作ってくれよ」
「あなたに必要ですか?」
「ノアールに喰わせて覚えさせる」
「……なるほど」
武器の性能としては必要ではないが、その能力は欲しい。
せっかく覚えた仙気の使い道が増えるのはいいことだし、その方法をノアールが覚えてくれれば使い分けを考える必要もない。
「いま味見してもいいのであれば」
「やめてください!」
ずっと沈黙を守っていたノアールに物欲しげに剣を見られ、ハラストは慌てて彼女の視界から隠した。
「はぁ……それにしても非常識な武器だとは思っていましたが、まさか人型になるなんて……」
「まったくな。だがまぁ便利だ」
そういえば魔族と交流を持てるようになったんだった。
「いつか、こいつの製作者と再会することもあるかな?」
名前は確かゾ・ウーだったか?
ドワーフ族がラーナに逆らってなければ、いずれは顔を合わせることもあるだろう。
それに……。
「そういえばかっぱらったんだったな。返せって言われたらどうしたもんか?」
「え? 嫌ですよ。わたしのマスターはあなた一人です」
さらっと拒否られてなんだか哀れな気にもなる。
それはともかく。
「ともあれ、そいつで思いっきり戦えば存分に目立てるよな。なにしろ輝く剣だしな」
「なにを考えているんです?」
俺のにやにや顔にハラストはなぜか、嫌そうに顔をしかめる。
「たいしたことじゃないさ。ただ、国に英雄が一人じゃなくても良いよなって、な」
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