168 国境異変 7
蟲人どもを見送って砦に入るとなぜかハラストがいた。
「何してるんだお前?」
「あなたのためですよ」
「はん?」
「あなたをただの冒険者として扱われていたのでは解決が遅れるだけです。早期解決のためにあなたが自由に動けるように僕が仲介役をする事になったんですよ」
「なるほどね。それで愛しの姫様から離されてしまったわけだ」
「まったくです。恨みますからさっさと貴族になってください」
「……なるとは言ってないね」
「またそんなひねくれたことを」
「え!? 兄貴、貴族になるんですか!?」
砦に入ってすぐにうだうだとやっていたせいか、セリとキファに聞かれてしまった。
「ならねぇよ」
「え? どうなんですか? 兄貴は噂の貴族冒険者っていうのになるんですか?」
しかし二人は俺を無視して隣のハラストに質問する。
「明言はできませんが。ダンゲイン伯爵に養子にと望まれていたのは事実です」
ハラストは好青年な表情にどっち付かずな笑みを浮かべてそんなことを言う。
しかしそれは、誤魔化しているというより『言えないけど察してね』みたいな感じになってないか?
まさしくその通りになっていた。
「え? それって普通の貴族冒険者と違うんじゃないの?」
「ダンゲイン伯爵って、あの猛将ダンゲインなのか?」
おい、兵士まで会話に混ざろうとするんじゃない。
「さっきもなんか凄い活躍してたよな?」
「ただの薬草採りが剣姫の相棒ってなんかおかしいとは思ってたが……」
「ラランシア様の弟子って噂、本当なのか? この前のギルドの講義で一緒にいたって」
そして他の冒険者まで集まってきたぞ。
やめろ、そんなキラキラした目を俺に向けるんじゃない。
「マスターは人気者なのですね」
と、後ろでいまだ馬の姿をしていたノアールがおもむろに少女の姿に戻った。
「ノアール、わかってやっているだろう?」
「なにがですか?」
このタイミングで戻るかよ。
俺が呆れる背後で冒険者や兵士たちから声が上がっている。
「馬が……女の子に?」
「魔法使い? でも、あんなに小さいのに」
「マスターって言ってた? もしかして知性のある魔法の道具? 嘘、伝説級じゃないのそれって?」
「伝説級!? うわっ、マジですごい人なのか?」
「……やめろ」
皆の視線のキラキラ度合いが増していく。
いや、もちろん中には嫉妬なのかなんなのか負の感情も混ざっていたけど、視線の大変を占めている感情はただ一つ……尊敬。
「勘弁してくれ」
ガキの頃はこういう目で見られることを望んでいた。
勇者アストここにあり! ってな。
だけどいまはそんな目で見られたいなんてまったく思っていないんだよ。
ラランシアの手伝いをしたときはあくまでも自分はおまけだったからなんとでも受け流せたが、一人だとだめだ。
期待とかされたって、うぜぇ……としか思えない。
「いまさら普通の冒険者なんてなれるわけじゃないじゃないですか」
俺が頭を抱えているとハラストがにこにこした顔で肩を叩く。
こいつ……俺が困っているのを楽しんでるな。
「そもそも、あなたの能力があなたをそうさせてはくれない。そしていま、あなたは普通の冒険者が関われないようなより大きな事象の中に飛び込んでいる。諦めたらどうです? 悩むだけ時間の無駄だと思いますよ?」
「うるせぇ」
そんなことはわかってるんだよ。
冒険者稼業も悪くはないが刺激が足りない。
それに比べればいまのタラリリカ王国の現状は刺激だらけだ。
そいつを存分に楽しもうと思えば、冒険者といういまの立場じゃだめなことはわかっている。
そのための席をルニルアーラたちが用意してくれている。
そこに座れば良いじゃないかと、俺だって思っている。
だが……。
待てと注意する俺もいるんだ。
「だが、どうぞ座ってくださいと言われると、そこに罠があると疑いたくなるのが俺なんだよ」
「めんどくさいですね」
ハラストに呆れられたが、そういう性分なんだからしかたがないと思ってもらうしかない。
「まぁとりあえず、作戦会議とかは僕が参加してルナークさんの役目をもぎ取ってきますよ。一番危険なところを取ってきますがいいですよね?」
「へいへい」
なんか砦に戻ってきたからの方が疲れた。
……と、忘れたらいかんな。
作戦会議に向かおうとしたハラストを俺は呼び止めた。
「そうだ。俺がやりあった連中の情報、お前は持ってるか?」
「いえ、知りません。初めて見ました」
「あれな。たぶん、蟲人だ」
「蟲人?」
「俺も本でしか知らなかったが、地下に住んでいる連中だ」
「そんな連中がどうしてここに?」
「それは知らね」
俺のざっくりした返答にハラストはがっくりとうな垂れた。
「……まぁ、作戦会議に行ってきます」
「おう、行ってこい」
今度こそハラストを見送ると、兵士たちは解散していたが冒険者たちは残っていた。
そしてやはり、全員がキラキラした目で俺を見てやがる。
「いや、ほんとに勘弁してくれない?」
「さあさあ兄貴。冒険者の待機場所はこっちですよ」
「お酒もありますよお酒! お酌とかしちゃいましょうか?」
セリとキファが手でも擦り合わせんばかりにおれに擦り寄ってくる。
「他の人たちが兄貴の武勇伝を是非とも聞きたいって言ってるんですよ」
「あ、さっきの変なの、蟲人って言うんですか? さすがは兄貴! 博識ですね」
「……なぁ、お前ら」
「あ、兄貴、今晩の食事はスープらしいですよ」
「お肉たくさん入ってるのを取ってきますからね!」
「パンもたくさん取ってきます!」
「なんならわたしのも上げちゃいます!」
「その程度で俺の借りが返せると思うなよ?」
「「ぐうっ!!」」
やっぱり、それが目的のゴマすりか。
「うう……やっぱりこの運命は避けられないのかしら」
「しかたないよ。いまや兄貴はスペンザ冒険者の中でも一番の実力者。しかも貴族になるんだよ? 逆らったらもうタラリリカ王国では生きていけない」
「でも、いまさら他の国になんて行けないよ」
「これからはわたしたち、兄貴の性処理担当になるんだね」
「うう……テテフィさんに言いつけてやる」
おい、最後にさらっとなんか痛い仕返しをしようとするな。
「性処理担当とは……うらやましい」
そしてノアール。ややこしくなりそうなことを呟くな。
ああ、まったく……。
「お前ら」
「は、ひゃいっ!」
「この依頼が終わったら白雪牛のステーキな。それで貸しはチャラにしてやらぁ」
「へ?」
「い、いいんですか!?」
「嫌がる女にむりやりは趣味じゃないんだよ」
これは嘘じゃないぞ。
結婚願望の強い女と強姦はかんべんかんべんだ。
……嘘じゃないぞ。
おれは女性と夜の遊びがしたいんだからな。
遊びにならないのは嫌なんだよ。
「「あ、兄貴……」」
なぜだか臭い雰囲気になっているような気がして、おれは目を反らした。
「うおおお!! 兄貴! カッコイイです!!」
「兄貴ぃぃぃぃ!!」
「兄貴っ!!」
「兄貴っ!!」
なぜだか他の冒険者連中が感動して騒ぎ出した。
「お前らうるせぇよ!」
と怒鳴るのだが黙りやしない。
そして……。
「やっぱり兄貴も男だね」
「うん、ちょろいちょろい」
「おい! お前ら聞こえたぞ!」
「「ぎゃあっ!!」」
そんなこんなでギャアギャア騒ぎ続けて、まったく休憩にならなかった。
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