165 国境異変 3
新米冒険者のセリとキファは仲間に恵まれず、いまいち自分たちの望むような冒険ができないでいた。
冒険者といえば戦い、そして探検。
だけど二人だけではたいした魔物退治の依頼は受けられず、そして二人だけで遺跡探索は心細い。
なにより冒険の道行きを守ってくれる斥候がいないのが厳しい。
「兄貴と姫が仲間になってくれたら一発で解決なんだけどね」
「でも、あの二人が仲間になってくれても、わたしたちってただのお荷物になりそうだけどね」
「あう」
キファの呑気な言葉はセリの的確な指摘によって打ち砕かれた。
とくに兄貴……ルナークに関しては前回のラランシアによる特別講義の際にその実力差をたっぷりと教えられてしまった。
そして姫……ニドリナの方は、出会いが原因なのか魔物討伐依頼を受けるための人数合わせとして声をかけてくれることが多いのだが、その度に凄まじい勢いで成長していく剣技の冴えを見せつけられることになり、これまた才能という言葉をこれでもかと自覚させられることになる。
「でも、あの二人がいてくれたら心強いよね」
「……まぁね」
未練を纏って呟かれる言葉をセリは否定できない。
ルナークは女性問題にだらしないところがあるが、誠意には誠意を、悪意には悪意をという一貫した態度と、どんな依頼でも受ければちゃんとこなすところから依頼人たちから高い評価を得ているし、ニドリナは口数が少なすぎるが、意外に面倒見が良いという側面があって、冒険者たちからの人気が高い。
「あの二人がいてくれたらねぇ……」
「本当。それは思う」
遠い目をしてそんなことを言うセリに、思わずキファも同じ目をして頷いてしまう。
そんな二人が直視を避けようとする現実は少し離れた平原にあった。
そこにいるのは、魔物、魔物、魔物……。
首を右から左に回してみても切れ目なく大量の魔物がいるのだ。
「どんな魔物がいるかなんて、もう、こんなにいるとわけわからないよね」
「本当に」
セリとキファは斥候の護衛ということでこの場に同行しているのだが、いますぐにでも逃げたい気分だった。
むしろ、依頼など投げ打ってスペンザに戻りたかった。
できればこの国からも。
「ギルドで噂になってた、タラリリカが戦争になりそうっていうのとなにか関係あるのかな?」
「まさか! これって魔物よ?」
「そうだけど……でも、この数はおかしいでしょ」
「おかしいけど。それなら、こんな数の魔物がどこに隠れてたのよ?」
「それは……」
「普通で考えられないことが起きてるなら、普通ではないなにかが起こしてるんじゃないの?」
「…………」
セリの言葉は意外に核心を突いているのかもしれない。反論できなかった。
だけど、キファとしては現実感がない。
「お前さんら、やばいぞ」
いままで二人の会話を止めなかった斥候の男が始めて口を開いた。
「え?」
「あいつら、こっちに気付きやがった。来る。逃げるぞ!」
「うわわわわっ!」
「大変!」
自分たちの責任かと慌てた二人だが、斥候の指は空に向けられていた。
大きな翼を広げた、鳥のようで鳥ではないなにかの影が頭上を旋回していた。
「グリフォンだ。魔法使いさんよ、脚力強化を頼む。おれがあいつらの目を誤魔化すから、それで走るぞ」
「は、はい!」
【健脚】×三。
「目を閉じて耳を防げ、おれが背中を叩いたら走るぞ!」
走力強化の魔法を自分たちにかけたと同時に、斥候が空に向かってなにかを投げる。
言われた通りにすると、瞼を赤く染める光と全身を揺らす音が届いた。
空でなにかが悲鳴を上げたような気がしたが、耳を塞いでいたので勘違いかもしれない。
とにかく、その後すぐに背中を叩かれていることに気付いて二人は走り出した。
すでに音も光もなく、空中では悲鳴なのか鳴き声なのかわからないものが複数聞こえてくる。
…………複数?
「たくさんいるぅぅぅ!?」
ちらりと空を見上げたセリは一匹しかいないと思っていた影が複数いることに悲鳴を上げた。
そこにいたのは前が鷲、後ろが獅子のグリフォンと、その子とされるヒポグリフが複数なのだが、三人にそれを確認している余裕などない。
逃げることに専心するしかない。
「走れ走れ! もう策なんかなにもねぇぞ!」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
斥候に言われ、二人はひたすらに走る。
隊列もなにもない。年長も男女もない。脚力強化の魔法に支えられた三人はばらばらになって平原を走る。
向かうのは砦だ。
そこに国境警備隊とスペンザ冒険者との連合部隊が入っている。
砦まで戻ることができれば、なんとかなるに違いない…………。
「……んだけどぉぉぉぉ!!」
恐怖を叫びに変えているのはセリだ。
「ちょっと、砦まで遠くありませんかぁぁぁぁ!!」
「そんなことぉぉぉぉ……わかってるわよぉぉぉぉ!!」
キファも自棄になって返事をする。
この中で一番運動が得意ではないのはキファなのだから、呼吸を乱したくなんてないのだが、我慢できなかった。
「遠くを調べるからぁぁぁぁ……斥候任務なんでしょぉぉぉぉぉ!!」
「だけど限度ってものがぁぁぁぁぁ!!」
「お前らっ!!」
「「え?」」
そのとき、斥候の人が放った鋭い声によって二人は振り返ってしまった。
見えてしまった光景は普通の鷲の何倍もの大きな嘴が開かれたものだった。
ああ……これは死ぬ。
セリもキファもその事実を疑わなかった。
この巨大な鷲獅子の嘴に噛まれ、あるいは巨大な爪に掴まれ、引き裂かれてしまうに違いない。
あるいは巣に持って帰られて子供のヒポグリフに啄まれてしまうのか。
「死ぬのは、やだなぁ……」
その呟きはセリとキファ、どちらのものだったのか。
ただどちらであれ、彼女たちの脳裏をよぎった未来は新たな黒い影によって遮られた。
二人の視界を占めたのは黒い馬体だった。
馬体を締め付ける足がまず見えた。
その足の根元を辿っていけば、見たことのある革製の上衣が揺らいでいる。
振り上げた腕の先には長い棒……柄だ。
柄の先で形作られているのは巨大な斧と刃。
ハルバードと呼ぶには、それはあまりにも巨大だった。
だけどそれは、ハルバードだ。
そして振り下ろされる。
二人の間に割り込んで宙に浮いたままの馬体から、グリフォンに向かって……それは黒い稲妻のように落ちて有翼の魔物を両断したのだった。
さらに続く旋風はその後にやってきたヒポグリフの群れを瞬く間に血煙に変えてしまった。
「よしっ、慣らしとしちゃ、こんなもんだろ」
血風の中で脚をばたつかせる馬の上から聞こえたのは、知っている声だった。
「あ、兄貴?」
巨大なハルバードをまるでなんでもないかのように肩に担ぐのは、間違いなくルナークだ。
「これは貸しだぞ。もちろん、俺への借りの返し方は心得てるよな?」
「ま、まだ……そういうのはちょっと」
「ええ……わたしたちにはまだ早いかと」
にやりと笑うルナークに放心しながら答えた二人は、そのままその場に座り込んでしまった。
「おっと、気を抜くのはまだ早いぞ」
「え?」
「追いかけて来たのは空だけじゃない」
「え?」
ルナークのハルバードが地面を突く。
その瞬間、彼の前にあった地面が爆発し、そこから土砂とは違う影が飛び出してくる。
丸くなって外殻に守られていた小さな影はその身を開いて複眼を光らせる。
蟲人だ。
「地底人どもがなんの用だ!?」
ルナークの問いかけに蟲人は軋むような音で空を裂き、歪んだ槍を突きつけてくる。
それがおそらくは答えなのだった。
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