162 首都異変 5
自分では性格が悪いなんて思っちゃいない。
ただ、転ばぬ先の杖という言葉の重みを理解しているだけだ。
この世は放っておけば悪いことばかりが起きるのだ。ならば悪いことが起きる前になにが起きるのか、防ぐことができるのかを考えるのはおかしなことではないだろう。
危機意識が高いのだとコルヴァンドは思っている。
だというのに、そんな自分の考えは理解してもらえず、それどころか気味悪がられて気が付けば出世コースからは外されてしまっていた。
どうしてこうなったと腐り気味に日々を送っているだけとなっていたのだが、それでも習い性のように行動をしているとさらに周りの評価は悪くなっていくばかりだった。
そんなコルヴァンドを頼りにする誰かが現われるとは思わなかった。
ルナーク。
噂に聞く魔王殺しの庶民勇者はコルヴァンドの肩を掴んで広間の端へと行くとこう言ったのだ?
「奴らは国王を無事に取り返されたくない。だが、それでも取り返されたとしたら、なにかをするはずだ。たとえば国王とその娘をまとめて葬るようななにかだ。なにがあると思う?」
それはまさしく、転ばぬ先の杖だ。
コルヴァンドは迷わず答えた。
「爆破だ。生体魔力と紐付けされた設置型爆裂魔法に違いない」
「設置型ってことは体内にってことか?」
「そうだ。安全装置はおそらくテラスで常に側にいるミバラ公爵の生体魔力に違いないだろう。一定距離に引き離したそのときから時限装置が作動し、爆破する。爆破の威力や時期によっては姫を巻き添えにできるし、そうでなくとも貴族や大臣の一人や二人は巻き添えにできると考えるだろう」
「なるほど。毒を撒くとかは?」
「それもありえるが、どちらにしろ仕込むとすれば陛下の体内だ」
「つまり、同じ対策法でいけるってわけだな?」
「ああ。完全断絶の結界で閉鎖空間に陛下を起き、開腹による設置型魔法の除去及び解呪手術を行うことになる。治癒と大気洗浄の魔法式を常設しなければならないし、専門の回復魔法使いが必要だ。この辺りは宮廷魔導士団から揃えることができるが、問題は指揮をどうするか、だな」
魔法のことばかり考えて、他人の悪意に疎い宮廷魔導士の連中に対処しきれるとは思えない。
それに対してルナークははっきりと言ったのだ。
「俺が持って来て、あんたが救う。対策班の班長はあんただ。成功すれば功績はでかいし、横取りは誰にもさせない。どうだ?」
お前に任せる。
つまり、そういうことだ。
魔法にばかり傾倒して一歩先のことさえ考えられないような奴らではなく、コルヴァンドを信じると。
言われ慣れていない言葉を聞いたせいか、理解するのにしばらく時間がかかった。
理解した瞬間、腹の奥から熱が吹き出て脳の奥を突かれたような衝撃があった。
「よし。なら後は準備にどれだけかかるかだ」
「さすがに人数がいる。人員は宮廷魔導士の連中で事足りるだろうが、それでも一日はいるし、俺の指揮権を認めさせないといけない」
ルナークは信じてくれたが、しかしそれでもコルヴァンドの指揮を他の宮廷魔導士たちが納得してくれないかもしれない。
というか、自分に人徳があるとは思えないのでこれが一番難しい。
なにかと思えば、ルナークは簡単だと言わんばかりに請け負った。
「それはルニルアーラにやらせる。威圧が足りなきゃラランシアも出せば問題ないだろ?」
「たしかに、ラランシア様は怖いな」
当たり前のように大物二人の名前が出て、コルヴァンドはそんな言葉で虚勢を張るしかなかった。
だが、なぜだろうな。
「よし」
と頷いたルナークを見ていると、その信頼を裏切ることはできないと思えたのだ。
†††††
作戦はうまくいった。
とは言ってもいまのところおれの仕事分は、ということになってしまうが。
ルアンドルを取り返すことそれ自体はさほどむずかしいことではない。
ミバラ公爵とかいうやり慣れないことをやってしまったせいで胃を痛くしていそうな貴族は、ひっきりなしに王城のテラスに出てきては王位継承の正統性がどうだのルニルアーラは国民を騙していただのと叫んでいる。
おかげで観察する機会には困らなかった。
コルヴァンドも準備の傍らでルアンドルの状態を何度も確かめることができた。敵側の魔法使いが張った防御結界が邪魔ではあったようだが、やはり観察する機会が多ければ、邪魔を排除する機会にも恵まれるというもので、かなり正確な対処策を講じられると胸を張って言ったものだ。
そしてコルヴァンドたちの準備が終わり、ミバラ公爵が昼食前に内容の変わらない演説を始めたところで、いつもと違うことが起きた。
ルアンドルがミバラ公爵に話しかけたのだ。
声を張っていなかったのでその内容は外には伝わらなかっただろうが、おかげでいつもよりテラスにいる時間が長くなった。
おれの方はすぐに動けたが、宮廷魔導士たちが定位置に集めるのに十分な時間が確保できた。
まったく、天運でも持っているのかね。
ルアンドルは無事に奪還できたわけだが、おれがなにをどうしたかの説明はしておこう。
とはいえ、言葉にすれば簡単だ。
気配を殺してテラス付近の壁に張り付き、魔法による幻をテラス全体に展開して外からはいつもの演説をしているように、中からはいつもの光景を見下ろしているようにした。
その後、二人を同時に気絶させてルアンドルをこっちに確保しつつ、その影武者を置いて撤退。
その後、幻を解除する……という段取りだ。
周りからはミバラ公爵が演説の途中で興奮しすぎて卒倒したように見えただろう。城の中から慌てて兵士たちが現れて公爵とルアンドルの影武者を引っ張り込んでいった。
ちなみに、影武者は黒号だ。
せっかく美少女の姿を得た黒号には悪いが、前回のクラウド・アーミーズの能力を使わせてルアンドルに変身させた。
本物のルアンドルに仕掛けた細工が発動したことを感知できる者がいれば、たいした時間稼ぎにもならないだろうが、黒号だから死ぬ心配は無い。むしろ暴れすぎないかとかなにかエグいことを始めないかとかそういう心配がある。
だが、人質は国王だけではないのだ。
普通に城に仕えている者もいるし、当時城にいた大臣や貴族たち、侍女たちも捕まっている。
彼らの位置を正確に調べるのが黒号の仕事だ。
ともあれ、おれはルアンドルを奪還して作戦本部となっている高級宿屋に戻ってきた。
「お父様は!」
「まだ近づかせるな!」
駆け寄ろうとしてくるルニルアーラを声で止めると、ハラストや他の騎士たちが慌てて彼女を止めて奥へと引っ張り込んでいく。
おれはルアンドルを抱えてコルヴァンドのところに向かう。
「【完全結界】の常設展開! 医療班はすぐに【状態解析】を済ませろ。続いて【大気洗浄】の常設展開。手術器具の封印解除。解析結果は投影図に反映させろ!」
コルヴァンドがいきいきと指示をして行く。
準備されていた手術台にルアンドルが載せられると、万が一のために周囲の空間は完全に隔離される。
その後にルアンドルの体内を改めて解析して、状態を確認。並行して完全隔離された空間内の空気を洗浄し、開腹手術のための前準備を進めていく。
「あんたも出てくれて良かったんだぞ?」
開腹手術の器具を持ちながら、コルヴァンドが俺を見る。
宿っている緊張はこれから行う手術への緊張か、それともなにか起きたときの自分の命を思ってか。
「俺のことは放っとけ、だいたいは対処できる。なにか起きたときはお前らの何人かは助けてやれるだろうよ」
「……たすかる」
まじめな目で言うと、コルヴァンドは手術に向かった。
後は黙って見ているしかない。
俺の出番はそれこそ失敗したときに宮廷魔導士の何人かを守ってやるぐらいしかできることがないからな。
戦闘や冒険に使われるような魔法に関しては、ほぼ全状況に対応できると自負しているが、いまの状況ではなんともしがたい。
いま、ルアンドルを救おうとしているのは戦闘でも冒険でもないからだ。
世の中にある技術は冒険や戦闘だけではないということだな。
【麻酔】の魔法によって眠らされたルアンドルの腹が裂かれ、内部に侵蝕した魔法式の分離と除去が行われている。
内臓に癒着した魔法式をコルヴァンドが慎重な手つきで掴み、引きずり出す。
出てきそれは、即座に小型の完全結界の中に放り込まれ、滅却処理されていく。
安堵の息が周囲から漏れる。
「まだだ!」
だが、コルヴァンドだけは緊張を解いてはいなかった。
「……もう一つある」
そう言って再び手を腹の中に突っ込む。
生きた内臓の中に手を突っ込む感覚を思うとおれでも思わずぞっとするが、コルヴァンドは慎重な動きで肘の辺りまで侵入し、なにかを掴んだ。
そして引っ張り出されたのは、先ほどと同じものだ。
先ほどと同じ光景が繰り返され、そこでようやくコルヴァンドは長く息を吐いた。
「終わりだ。腹を閉じてくれ」
回復魔法の使い手たちと入れ代わり、コルヴァンドは自分の体に【洗浄】の魔法をかけていく。
「ご苦労さん」
「ああ、疲れた。こういうときこそ一杯飲みたいな」
「付き合うぜ」
コルヴァンドにそう答えると、おれたちは拳を打ち合わせた。
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