160 首都異変 3
黒煙が城を中心に何本も空に吸い込まれていく。
最初に来たときには美しい箱庭のようだと感じた首都はいま、少し散らかっていた。
バカのやらかした火遊びのおかげであちこちが黒ずんでいるし、バカどもに対処するために軍隊が城を囲み、あちこちに矢避けの柵などを急造しているから、それもまた不細工だ。
両陣営が展開する防御結界の魔法が空中で干渉し合い、青や緑の火花を散らしている。
「お祭騒ぎと呼ぶには楽しくなさそうだな」
大要塞の戦いは主戦場は汚かったが、戦士たちには統率された美しさがあった。
だがここは違う。
美しかった都市は汚れ、兵士たちは統率を欠いている。
戦争なんだからどちらが上というわけでもないのだろうが、それにしても不快な光景だなと思いつつルニルアーラの後に付いていく。
「姫様!」
先触れの騎士はすでに到着しており、門に着いたところで出迎えの人々がいた。
そこにいたのは大要塞で見た戦士団を率いていた将軍だ。
ということは、彼らも大要塞から戻っていたのか。
「将軍、状況は?」
「第一騎士団を中心に戦士団、衛兵団で城を包囲していますが、陛下を人質とされていますので迂闊に突撃することもできず」
「父上はご無事なのですか?」
「定期的にテラスに引き出されております。魔法使いたちによってご本人の確認はできています」
「そうですか」
父親の無事を知り、ルニルアーラはこっそりと息を吐いた。
だが、微かな安堵の表情も将軍の悔しそうな顔を前にしてすぐ引っ込めた。
「屈辱的な状況ですが、いかんともしがたく」
「そうですね。向こうの要求は?」
「王位の移譲です」
「無茶なことを」
「はい」
「救出作戦は進行しているのですか?」
「ミバラ公爵は城にこれ以上の接近が確認された時点で陛下を弑すると……」
「っ!」
将軍のその言葉からして、なにもしていないってことだろう。
作戦ぐらいは考えているだろうが、見つかれば即主君が死ぬとなれば作戦の決断に二の足を踏むのは当然か。
その決断ができるのはこの場ではルニルアーラ、次の王位を約束されている彼女しかいないだろう。
その心中を周囲の将軍や騎士たち全員が理解し、苦しげに彼女を見守る。
ルニルアーラは沈黙したまま進み、やがて大通りの立派な屋敷へと案内されて入っていった。
元は高級宿屋なのだろう。
三階にあった広間に設えられたテーブルを囲んで偉そうな人物たちがルニルアーラを出迎えた。
そこにはラランシアの姿もあった。
騎士団長とか衛兵団長だとか、大臣やら高級貴族やら色々いてハラストが全て教えてくれたのだが、覚えきれなかった。
諦めて遠巻きに話し合いを眺めていると、ラランシアが近づいて来た。
「騒動が絶えませんね」
「まったく」
まるでご近所の問題でも話し合っているかのような言い方に、俺は苦笑した。
「変化を求めれば、変化を求めない者との摩擦が生まれる。しかたのないことではあるのですが、他人の考えることというのは予想しきれないものがありますから困ったものです」
「ラランシア様はどうお考えで?」
「そういうあなたは?」
「庶民には難しい問題だとつくづく感じるだけですよ」
「そんなことはありませんよ。貴族だろうと庶民だろうと問題の根幹にあるのは人と欲です。誰が、なんの欲で、それを見失わなければわかるでしょう」
「人と欲、ね」
それはわからないでもないんだが……。
「ぶっちゃけ、公爵がなんの欲で暴れてるんだかあんまり興味が無いんですよね」
「あら……」
「むしろ問題なのは……」
そう言って、俺はルニルアーラに視線を戻す。
将軍たちと話をする彼女の横顔は、感情を消そうと必死なのがばればれだ。
「悲しい巣立ちですね」
俺の視線に気付いてラランシアは言った。
「陛下の安否がどちらに転がろうと、ルニルアーラは難しい決断をしなければならない立場となってしまいました。しかしそれは、彼女にとっていずれ立ち向かわなければならない決断でもあるのです。王というのはいつだって、誰かの命を天秤にかけなければならないときがあるのですから」
「ほらやっぱり、庶民とは違う」
「これは立場の違いです。村長だって同じような決断をするときはあります。もちろん、規模の違いは問題の複雑化と頻度に変化をもたらしはしますが」
「なにが言いたいんです?」
「あなたにもできますよと、言いたいんです」
「やりま……ああ」
やらないと言いかけて、思い出した。
伯爵の申し出を保留にしていたんだったな。
そして、受けてもいいかなと思いつつあるのだ。
「なるほどね」
どうせラランシアも知っているのだろう。
「なんです?」
俺の視線を涼やかに受け流し、ラランシアは微笑む。
「そういえば、ラランシア様は他人の戦いを肯定しますが、ラランシア様自身が望む戦いってのはなんなんです?」
「あら、それを聞きますか?」
「ええ」
「では、覚悟して聞いていただきましょう」
うん? 覚悟?
「わたしの願いは勇者と共に戦場を駆けることです。勇者に見出されるのではなく、わたしが見出した勇者と、です」
「ああ……それってつまり?」
なに言ってんだと、しばらく思考が停止した。
だけど、思考が動きだして気付いた。
どうしてラランシアは、慣習を無視して庶民から勇者を探したのか?
つまりは、私欲ってことか。
「……おれはラランシア様好みの勇者ですか?」
「いいえ、まったく」
にこりと微笑んだまま否定しやがった。
「あなたは出会ったときからどうしようもない悪童でしたし、むしろ村で農夫をしていた方が他の人たちのためだったのではないかと思い悩んだときもありました」
「それはそれは……」
俺が乾いた笑いを浮かべると、ラランシアはさらに言う。
「しかし、こうも思いました。あなたは悪童ではあったが邪悪ではなかった。内側にあるなにかを持て余しているのだけだと」
「…………」
「それならそのなにかを解放してやることこそが、あなたのためとなるだろう。たとえ《勇者》でなかったとしても」
そう思ってラランシアは【天啓】を使い、そして当たりを引いてしまったわけだ。
彼女にとって幸か不幸かは知らないが。
「そういうわけです。わたしが見出した勇者よ。ですので、あなたが胸を張って戦いに望むのであれば、その正否に関係なく、わたしはあなたの正統性を信じ、あなたを応援し、あなたの側に侍り、あなたのために神に祈り、あなたのために武器を振るいましょう」
「ああ……ラランシア様?」
「はい」
「重いっす」
俺の軽口にラランシアは微笑んだ。
「ええ、そうですね。決断をするというのは重いことなのです。ただ一人の命、ただ一人の使命であっても」
つまりそれは、王者の決断もまた……と繋がるわけか。
「結局説教か……」
「もちろんですよ」
「やれやれ……」
おれは顔を撫でると、話し合いが停滞した場に近づいていった。
「ルニルアーラ」
「ルナークか。すまないがいまは……」
「親父さんをたすけたいんだろ?」
「そうだが、しかし方法が」
「方法ならある。俺に任せりゃいい話だろうが」
「し、しかし……」
「まぁもちろん、俺だって確実は約束できない。だが、どいつよりも成功率が高いことは保証するぜ」
俺だって絶対を約束してやりたいが、さすがにそれは無理だ。
さっきからいろいろ考えて作戦は決まったんだが、どうしても不安材料は残るからな。
「……できるのですか?」
ルニルアーラは俺を見て尋ねる。
泣きたいけど泣けない。そんな目で俺を見る。
次なる王者として弱い部分を見せるわけにはいかないと、涙をこらえ続けている。
我慢だらけの人生を歩んできたせいで、我慢することになれてしまったルニルアーラは耐えることには慣れてしまっている。
だがそれは、本心が摩耗したわけではない。
助けてと言いたくても、彼女はそれを言えなくなっている。
「未来の愛人のために、少し気張るとしようか」
俺はそう言って笑う。
他の連中は顔をしかめたが、そんなことは知ったことではない。
俺の言葉で、ルニルアーラは少しだけ微笑んだ。
いま大事なのはそれだけだ。
「……だが、準備は必要だ」
さすがに俺だって、こんな慎重を要することを着の身着のままでやるつもりはない。
万全の準備は行いたい。
「なんでも用意します。言ってください」
「とりあえず、二つだ。一つは国王を本物だと保証できる者」
「それはわたしが……」
「ああ、で、もう一つは」
「はい」
「魔法に詳しい、性格の悪い奴だ」
「え?」
「別々はだめだぞ。ちゃんと一人でその条件を満たした奴がいる」
俺の条件にルニルアーラだけでなく、他の連中まできょとんとした顔をした。
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