16 光を求めて
眩い光。
それは太陽よりも強くテテフィの胸に響いた。
暗闇を貫く光。
道を示す光。
【極光神槍】の熱はそれを受けたギガント・スネークに収束し、テテフィの頬を撫でるのはあるかなしかの光の圧力だけだった。
こんな強い魔法は見たことがない。
「たかがでかいだけの蛇がなにを勘違いしたのか偉そうな顔をするからこうなる」
ルナークの言葉はあまりに傲慢だった。
「さて……抜け道探しを再開しますか」
戦いの余韻を拭うように彼は折れた剣を捨て、歩き出す。
自分が抱きかかえられたままだということに気付くのには、それからしばらくかかった。
「あ、あの……下ろしてください」
「ん~別にいいけど?」
「で、でもルナークさんもお疲れでしょうし」
「問題ない。テテフィは軽いしな」
「で、でも……でも……」
「まぁ……そんなに自分で歩きたいなら」
ルナークに解放してもらい自分の足で立ち、テテフィはようやく現実感が戻ってきたような気がした。
「風はあっちからだ。人が通れる穴であることを祈るとしますか」
呑気にそう言って歩き出すルナークをテテフィは追いかける。
戦いの最中にあちこちを照らしていた火の妖精が二人の進む先を照らしてくれている。闇にぽつぽつと穴を開ける程度だけれど、足下がわからないよりははるかに良い。
それでも不安だからルナークの服を掴む。
彼もそれを拒まなかった。
そのことに安心し、火の妖精が入り込んできたかのように体の中が暖かくなる。
だけど、テテフィは思う。
(わたしの先を歩いてくれるこの人は、一体なんなのだろう?)
テテフィを助けてくれたすごい人。
そして、この人には秘密がある。
あんなすごい魔法、見たことがない。
そんなものを詠唱さえもなく使うこの人は一体、ナンなのか?
「あの……」
「うん?」
その質問を口にして良いのか?
「……わたしは、ユーリッヒ様の剣のために生贄になる予定でした」
あなたは誰ですか?
言葉は自分を語るものへすり替わっていた。
そして、ルナークに語っていく。
勇者ユーリッヒの聖剣が折れたこと。
その聖剣は太陽神殿が彼に授けたものであること。
彼は帝国と侯爵家、そして太陽神殿の権威を背負って戦っている。彼の戦力が減退することは様々な方面に悪い影響が出ること。
そして……。
そんな政治的な側面は退かしてみれば、勇者が弱まるのは単純に人間の危機へと繋がること。
献身の精神の下に太陽神に仕え、聖女としての日々を過ごしてきたはずの自分が逃げて来た。その事実に後ろめたさがあること。
そういったことをぽつりぽつりとルナークに語った。
「なにをそんなに盛り上がってるのかと思ったら、そんなことだったのか」
「そんなことって……そんな言い方はないかと思います」
「それなら、ついでにおれも教えるよ。もちろん、ここだけの秘密な」
そう言ってルナークが語ってくれた秘密にテテフィは絶句した。
ルナークの本当の名前がアストであること。
ただの村人でありながら勇者の称号を授けられていると戦神の神官に認められ、ユーリッヒやセヴァーナとともに戦神の試練場で修行していたこと。
その間、二人とその取り巻きたちに厳しい仕打ちを受けていたこと。
そして戦神の試練場の地下十五階。
そこで、罠にかかった庶民勇者アストは見捨てられた。
それから、どうやってたすかったのか?
なにがあって、あんなすごい魔法を使えるようになったのか?
そのことをアスト……ルナークが語ることはなかった。
だけど、そんな経験を経た彼はテテフィにこう言うのだ。
「大要塞での戦いは人類と魔族にとって大事な戦いかもしれない。だとしても……それに全員がまじめに付き合う必要ってあるのかね?」
「そんな……」
驚くテテフィに、おれは続ける。
「おれがあの場所で学んだことはたくさんあるけどな。その中で一番身に染みたのは、人間は生きてくだけなら一人で事足りるってことだ」
勇者が三人もいたのに、あの場所でのおれは一人だった。
そして一人で生きのびる術を身につけることができた。
それは十五階より下でもそうだった。
どんな苦難も仲間と一緒なら乗り越えられると絵物語は言うけれど、一人では無理とは言いきらない。
一人でだってできるのだ。
なにより勇者は全人類の代表者ではない。
この称号を授けた神がなにを考えているのかは知らないが、すくなくとも人間はそう考えていない。
庶民出の勇者なんて貴族たちにとっては迷惑な存在でしかなかった。
つまり庶民勇者は貴族たちの代表者ではなかった……ということになる。
そして庶民にでかい顔をされたくない貴族はおれを邪魔者扱いにし、そして排除に成功したわけだ。
死にはしなかったが、勇者なんてやってられない気持ちになった。
「困ったときに助けてくれるのはその他大勢じゃない。助けることができる奴だけだ」
地下百階で出会ったおれとダークエルフのように。
「あんたが気に病んでいるのは、自分が助ける側になれなかったからだ。だけど、そんなのは当たり前だ。死にたくないって考えるのが当たり前なんだよ。人間は生き物なんだからな。生きることを優先させるのが当然なんだよ」
「だけど……」
おれの言葉ではいまだテテフィは振り切れていない。
だが、冷静に考えれば、そうだ。
魂聖剣身の儀とやらだが、別にテテフィじゃなくても構わないのではないか、と思うのだ。
聖女というのがテテフィの言う通りアルビノを条件とした神殿の宣伝道具でしかないのだとしたら、彼女たちを聖剣に捧げるというのもただの演出でしかない。
ならば、生贄の聖女の代替はどうとでもなるということではないのか?
ただ、クォルバル領の聖女がそれを為したという事実が欲しいだけのことではないのか?
だとしたら、そんなものにテテフィが付き合う必要はない。
ユーリッヒにとってみれば、聖剣が戻りさえすれば誰でも良いに違いないのだから。
だけど、おれは違う。
「テテフィが助けるのはユーリッヒじゃなくて、おれだからな」
「え?」
「地上に出たらおれをいろいろ助けてくれよ。一から生活を立て直さないといけないんだからな」
呆然としたのかテテフィはすぐには返事をしなかった。
おれも結論を急ぎすぎたかもしれない。彼女の答えをすぐには求めず、おれは別の問題を考える。
「問題は奴らの面目の方か? 逃げられました、だけでは済まないかな?」
「それなら、良い方法がありましてよ」
いきなり声が割り込んできた。
二人が揃ってそちらを見たとき、そこにあったのは大きく開かれた口と長い牙だった。
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