159 首都異変 2
俺が来るまでに必要なことは全て聞いていたようで、すぐに移動を開始した。俺への説明は移動中にハラストがしてくれるそうだ。
「儂は館に戻って兵力を集めてから合流する。急いで集めても五百ほどにはなるじゃろう」
ダンゲイン伯爵はそう言って別れ、ルニルアーラとその護衛たち、そして隠れ家の警備を任されていた騎士たちを引き連れて首都タランズへと向かう。
乗ってきた馬車はその場に置いて行かれ、引いていた馬には予備の鞍が付けられた。
俺は少女の姿となった黒号を前に乗せ、馬を走らせる。
「それで、どういう状況なんだ?」
「公爵と旧王弟派の残党軍は城を占拠した後、門を閉めて籠城しています。ですのでタランズの街は無事ではあるのですが、こちらも急なことで城を囲むのが精々という状況です」
「なんだそりゃ?」
城を占拠してそれでお終いになるわけがないだろうに。
「そのなんとか公爵はなにを考えているんだ?」
「ミバラ公爵です。わかりません。公爵も含めて旧王弟派に残された兵力はそれほど多くはないはずです。城を占拠して、それ以外に手を回すなんてできるはずがありません」
「なら、城にそいつらの戦力は全部あると見るべきか?」
「そうですね。それに周辺の貴族たちには旧王弟派の領地を見張るよう、すでに姫様の名で命令が発されました」
「鼠が猫を噛むのたとえか?」
「であれば、むしろ傷口が浅くて済むのですけどね」
口では言いつつもハラストの表情は晴れない。
城にいるはずの国王ルアンドルの安否は不明だからな、そのせいだろう。
「それに、問題なのはいまこのときに動いたということです」
「ただの暴走じゃない。って考えている訳か?」
「はい。ミバラ公爵は野心家ではありますが、先頭を切ってなにかをしたがる人物ではありません。陛下の残党たちへの対処は懐柔と放置が主要方針でしたし、追いつめられたと感じる理由がないのです」
「ならば?」
「ならば……です。ならば、どうして動いたのか。そこを考えて辿り着くのは、彼はやりたくもない先陣を切ってまで動くほどの勝算を手に入れた、という結論です」
「そいつは?」
「まだわかりません」
まぁ、そうだよな。
そんなにすぐに全部がわかるはずもない。
わかるのなら、それを防ぐ手立てだって考えられたはずだ。
「全部を予見して手を講じてくれる。そんな凄い軍師がいてくれたらな」
「いてくれたら本気で嬉しいんですが、どなたか心当たりはありませんか?」
「あったらまずは俺の人生相談をしたいね」
「あなたの人生なんて、だいたい拳骨で解決できるじゃないですか!」
「言ってくれる」
段々と軽口の応酬へと変化していくのは、ぎすぎすした空気に俺が耐えられなくなってきたからだが、それはハラストも同じなのだろう。
こいつの場合は騎士として忠誠を捧げる相手で在り、実の父でもある国王の安否を心配しなければならないという精神的負担もあるだろう。
しかし、悲壮感漂わせて黙りこくらないだけ、ハラストは精神的に強いのだろう。
「……あいつはどうなんだ?」
護衛の騎士に囲まれてルニルアーラの姿は見えない。
「彼女は強いですよ。僕なんかよりも」
「そうか?」
ハラストは断言するが、俺としては首を傾げざるを得ない。
たしかに父親のためにやりたくもない男装を続けていたり、魔族との交渉に臨んだりと行動だけを見れば忍耐力と決断力と勇気があるように思える。
だが、影武者や魔族領内でのことはともかくとして、王位継承の件に関してはどうだ?
俺がレティクラと話を付けなければ、いずれその性別は暴露され、彼女は王となることができなかっただろう。
ルアンドルもそのことがわかっていて、問題を先送りにするためだけに娘を男装させていたっぽいしな。
ルニルアーラはレティクラのことを知っていたのか?
問題はそこだ。
いや、あるいはもっと深刻か?
「……なんですか?」
「なんでもね」
「もったい付けて話さないのはずるいですよ」
「ずるくてけっこう」
しつこく口を開かせようとするハラストから逃げるために、おれはあえて黒号に目を向けた。
「お前から武器をもらうときのあれ、どうにかならんのか?」
武器をもらう度に服が脱げていたのでは色々とまずい。
いまは剣を戻して最初の服装に戻っているが、こいつから武器を出す度にああなっていては使いづらいことこの上ない。
他の武器を無限保管庫から探すべきか。
「俺の社会的信用が色々とまずい」
「そんなもの最初からないのでは?」
「やかましいわ」
ハラストの的確なツッコミをいなし、俺は黒号を見る。
すると、黒号は素直に頷いた。
「わかりました」
「はっ?」
「では、今後は衣服を消費しない方向で行います」
「できるのかよ」
「できますとも」
「じゃあ、なんでさっきは服を減らした?」
「マスターが本当に欲情しないのか確認したくて」
「やり方ぁ……」
脱力する。
「しかし、どうやら本当のようですのであのやり方はもうやめます。使いづらいと思われるのも心外ですし」
俺がぐったりとしているのにまるでかまわず、黒号は涼しげに言い放つ。
おや、さっきの言葉を気にしていたようだ。
「そんなに欲情して欲しかったら、もっとエロイ姿になればいいだろうが」
「それは許されません。この姿はわたしの美学です」
「美学て」
武器に一体、どんな美学があるのやら。
「だいたい、お前できるのかよ」
穴がなければどうにもならんし、穴があればいいってもんでもない。穴は穴でもそこはとても繊細な場所なんだぞ。
「刺さったり切れたり裂けたりしてたら話にならんのだぞ」
なにしろ元々武器だからな、こいつは。
「そこは大丈夫です。工夫しましたから」
「工夫って……」
「まず、組織の単位の最小化に成功しましたのはこの肌を見ていただければわかると思いますが、そこからさらに表面部位を担当する組織から刃部分の鈍磨を行い、さらに以前のクラウド・アーミーズの持つ人型への変化方法に、水精王を利用した水分編成を応用して肉と肌に近い質感の再現に成功しました。さらに潤滑液に関しても…………」
と、黒号が淡々と、そして長ったらしく説明を続けていく。
「なにを語っているんですか……」
馬蹄の音にかき消されそうな黒号の語りをハラストはちゃんと聞き取り、そして少し照れている。
「ルナークさんもなにか言ってやってくださいって……」
言いかけて、ハラストの言葉が止まった。
「ほほう……」
「興味津々じゃないですか!?」
おっと、思わず黒号の説明を聞き入ってしまった。
「やっぱり、誰でもいいんじゃないですか?」
「そんなことがあるものか。容姿は大事だぞ、容姿は」
「年齢の項目はどうしました?」
「もちろんちゃんと有効だ。……だが、武器の年齢ってのは一体どうやって測ればいいんだろうな?」
「知りませんよ!」
会話を続けるのが嫌になったのか、ハラストは怒鳴ると馬体を少し離した。
冗談なんだけどな。
「では、マスター。興味があるならお試ししますか?」
と、ここにも冗談が通じていないのがいた。
おれの前に座っている黒号はちろりとスカートをめくってみせる。
うん、その位置でやられても俺はちっとも見えないし、見たいとも思わない。
「いいから。とりあえずいつも通りに戦えるようにはなれよ」
ちぇいとスカートを掴んだ手を叩き、おれは見えてきたタランズの街を睨んだのだった。
そこには幾つも黒煙が立ちのぼっていた。
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