153 隠れ家の日常 3
賭けは俺の勝ちだ。
帰ってきたニドリナにドヤ顔をすると、いつもの嫌な顔をされた。
むっつりされるのはいつものことなので気にもしないのだが、今日のニドリナは「聞いていたか?」と質問してきた。
「盗み聞きするほど趣味が悪いと思ったか?」
「思っている」
「うん、まぁ……するときはするけどな」
断言されると困るのだが、しかしそれもまた事実だ。
「だけど、今回はしてない」
する必要があるとは思えなかった。
が、もしかしたらした方が良かったのか。
「もしかして、ニドリナの秘密に迫れたのか?」
と、言ってみたが無視された。
ふむ、どうやら本当にそうだったみたいだ。
惜しいことをしたな。
「ちなみに、賭けはうやむやにはしないからな」
「ちっ!」
俺の言葉にニドリナは盛大に舌打ちをして去っていった。
そんなわけで、俺たちが密偵をとっ捕まえた話はすぐにラーナやタラリリカ王に伝わった。
ラーナは当たり前に気付いていたので驚きもしなかったが、ルアンドルやルニルアーラは難しい顔をし、大臣たちと対応を話し合い始めた。
「しかたないことではある。いま現在、我々は人類領で一番の話題提供者だからな」
「しかし、それにしても見つかるのが早すぎるのでは?」
ルアンドルがそう言ってため息を吐くと、大臣がそれに続いた。
「わたしを見張っていればいいのだから、それほど難しい問題でもないだろう」
王の言葉に皆が納得する。
「人類領会議や周辺国としては、我らを人類の裏切者と決め付けるにしても明確な証拠が欲しいでしょうからな」
「魔族の方々を直接目にさえさせなければ、とりあえずは問題なかろう。いずれは領地を案内したいが、そのまえにこの建物に絶対に侵入させないようにしなければ」
「いっそ、砦にしてしまいますかな? しかし、あまり派手なことをしていてはそれこそ人類領会議に立ち入り調査を申し込まれる羽目に……」
「ふむ……」
「いいかしら?」
話が退屈な停滞に向かいつつあったので俺は再び退室しかけたとき、ラーナがゆるりと手を上げた。
「目立たないように要塞化したいわけですよね? それならば良い手がありますよ」
ラーナの提案に国王を始め、タラリリカ側の人間は全員が苦い顔をした。
妙案は気になるが魔族に必要以上の借りは作りたくない、というのが表情の理由だろう。
「ああ、大丈夫です。借りを作るのはわたしたちにではなく、そこの彼にですよ」
「うん?」
ラーナが指差したのは、俺だ。
「古代人のダンジョン。こっちでもそう呼ぶでしょう?」
「……ああ!」
彼女がなにを言いたいのか、間違いなく俺だけが理解をした。
「ここに作れってか?」
「どうせやる気だったのでしょう? ならば腰を据えてここで造ればいいじゃない」
「ふうむ……そんなことを言うってことは、こいつは次の課題に入ってると思っていいのかな?」
「ふふふ、どうかしらね」
「面白い。受けて立とうじゃないか」
「待った待った」
勝手に話を進める俺たちの間でルアンドルが慌てて口を出す。
「お二人には悪いが、一体なにの話をしているのかな?」
「ああ、そうですね……」
返答の言葉を探すようにラーナは俺を見た。
ごめん、説明めんどい。
と、無言で意思表示をするとラーナに短くため息を吐かれてしまった。
「簡単に説明すれば……というよりもこれ以上の詳しい説明をするつもりはないのですが、わたしと彼は古代人のダンジョンのようなものを造ることができる、ということです」
「古代人のダンジョンというと、あの……魔物などが住んでいる?」
「そうですが。まぁ……神々の試練場の簡易版といったところですね。ゼロから造るのですからこちらの意図に沿ったものとなるでしょう。それもまた彼の腕の見せ所、修行の一環ということになりますね」
「は、はぁ……」
冒険者ではないルアンドルや大臣はいまいち理解していない様子だ。
普通に生活しているだけなら古代人のダンジョンと普通の洞窟の違いなんて気にすることなんてないしな。
それは王族貴族にしたところで一緒、ということなんだろう。
ただ、ルニルアーラだけは違う。彼女は以前に冒険者に混ざって活動をしていたことがある。
そのときの知識をルアンドルに耳打ちで伝えている。
娘からの情報でなんとなく理解したルアンドルは俺を見た。
「やってもらえるのかね?」
「報酬とかの話はするぜ」
「それはもちろん」
……まぁそんなわけで、俺はついに自分のダンジョン造りを始めることになったわけだ。
ちなみに、ラーナたちの会議は休憩を挟んで夜まで続いた後、帰ることとなった。もう一晩止まっていきたい様子だったが、他のエルフたちに引きずられるように転移陣へと入っていった。
会議が終われば用なしと、ルアンドルやルニルアーラたちもさっさと帰っていった。
その中にはハラストも当たり前に含まれていて、結局、ここには俺とニドリナだけが残ることとなった。
やる気になった俺は下見の意味も含めてだ。
相変わらず報酬の話を忘れているが、まぁしかたない。
結果的にただ働きにならなければいいのだ。
ルアンドルとルニルアーラはレティクラの件など色々あったから俺のやることを疑っている様子はないが、他の大臣連中はまだまだ俺への疑いの目が残っている。
邪魔にさえならなければどうでもいいんだがな。
「さてさて……どんなのを作ろうかな」
リビングで酒をちまちまとやりながらそんなことを考える。
暖炉前に網を用意し、チーズや燻製肉、他にも野菜を幾つかじりじりと焼きながら……いや、焼かせて、俺はその姿をにやにやと眺めている。
「ときに、まだ焼けないか? メイドさん」
「……まだだ」
暖炉前にはふくれっ面で鉄串に刺さった野菜の焼け具合を確かめているのはニドリナだ。
メイド姿のニドリナだ。
密偵を倒すときにやった賭けの結果である。
「なんだ、不満か?」
「……そんなことはない」
「なんならエロ衣装を着てエロ奴隷でも良かったんだぞ?」
「そんなことをさせる気ながら舌を噛んで死んでやる!」
「ネコミミを付けて、全ての語尾に『ニャン』を付けさせてやろうか」
「いっそ殺せ!」
「それとも、お前が見逃した変な気配の密偵の話でもするか?」
「…………」
「なら、おとなしく俺に奉仕するがよい」
「ぐぬぬぬぬ……」
唸りながらも焼けた野菜を皿に載せ、その上に溶けたチーズをたっぷりとかけたものを渡してくる。
俺はそれをつまみながら蒸留酒を美味しくいただく。
食堂にあったのだが、さすがは国家間交流の場として用意されただけあって、良い酒が置いてある。
チーズも燻製肉もいつも保存食で買っているものよりはるかにうまい。
俺の対面に座ってそれらを食べるニドリナが徐々にふくれっ面をほぐしていくのもわかるというものだ。
ほんと、食べ物に弱いな。
「…………」
「なんだ?」
俺の視線に気付いたニドリナがむっつり顔に戻る。
「いや、そういえばお前ってなんでここにいるんだっけ? てな」
「なっ!?」
「金の問題は解決してるしな。なんで暗殺者を廃業してまで剣の修行してるんだ?」
最初に会ったのは暗殺者の村だったよな。
俺を暗殺に来たバカたちにやり返したら、その組織の長がニドリナだったのだ。
そのときはあいつの隠し金塊を人質にして仲間にしたんだったか。
「お前……」
おっと、さすがに怒ったか。
と、身構えていたのだが、ある段階で怒らせていた肩から力を抜いた。
「覚えていないなら別に良い」
「お……?」
「わたしのやることだ。最初からお前の協力は求めていないからな」
む?
拗ねたか?
「その言い方からして、あの密偵はお前の身内か?」
「…………」
あ、完全に無視する気だな。
「てことは魔導王の身内か?」
「覚えてるんじゃないか!?」
「いや、そもそも永遠少女同盟とかふざけた名前でお前が誤魔化してたんだろうが」
「それは忘れろ!」
過去の恥ずかしい思い出ってきついよな。
ていうか、思い出して悶絶してしまうような嘘吐くなよな。
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