15 聖女の覚悟と
落下の途中で気を失ってしまった。
そして目が覚めて、いきなり見えたものにテテフィは混乱した。
ルナークに支えられているのかと思ったら、綺麗な女性がテテフィを抱えている。
(これは夢?)
そう思ったものの、その存在が夢にしてはたちが悪いものだとすぐに気付いた。
吸血鬼だ。
そう判断したときには【聖光】を放っていた。
アンデッドを払う聖光を受けて、女吸血鬼はテテフィを放り投げて逃げ出し、そしてさらなる状況を知ることになる。
暗い世界に君臨する見上げるほどの白く巨大な蛇。
それを前に、折れた剣を手にして立ちはだかるルナーク。
「そこにいろよ!」
ルナークの叫びでテテフィは混乱状態から少しだけ抜けだした。
少しだけなのは、いまだになにがどうなっているのか理解できないからだ。
落下の感覚は覚えている。
だから地下に落ちたのだろうということは推測できる。
だけど、それからどうなれば、吸血鬼と巨大な蛇の両方に狙われることになるのか?
そんな混乱から抜けだそうとテテフィが見たのはルナークの手にあるもの。
折れた剣。
(わたしの……役目)
テテフィの混乱は、現実ではなく過去へと目を向けさせる。
†††††
「ユーリッヒ様の剣が折れました」
神殿長が厳しい顔でテテフィに告げた。
身寄りをなくしたテテフィを育ててくれた神殿長の顔には、いつものような優しい笑みは残滓もなかった。
「それは……」
それは確かに大変なことなのかもしれない。
勇者ユーリッヒの持つ剣は太陽神殿が用意した。太陽神の神威を凝縮した世界で唯一の聖剣。
そう言われていたものが折れた。
それはいろんなところに問題が生じたということでもある。
勇者ユーリッヒの力が減じたということ。
大要塞での戦いにおける均衡が崩れるおそれがあるということ。
それによってユーリッヒを擁する帝国の人類領会議での発言力が弱まるおそれがあるということ。
太陽神が授けた聖剣だということ。
それはつまり、太陽神の神威が疑われるということ。
とてもたくさんのことに影響が及ぶということは、テテフィにもわかる。
「だけど、どうしてそれをわたしに?」
テテフィはたしかに聖女と呼ばれ大切に扱われてきたし、そう呼ばれるだけに相応しい役目をこなしてきた。
侯爵領だけでなく帝国内を巡り、困った人々に回復魔法を施し、太陽神の教えを広め、浸透させてきた。
だけど、聖女と呼ばれたテテフィは知っている。
聖女と呼ばれているだけでテテフィには特別な力はない。回復魔法も凡人並だし、聖光などの奇跡だって神官であれば誰でもできることだ。
自分でもわかっている。
テテフィはただ、見た目が珍しいだけの宣伝道具だ。
そんなことは自分だってわかっている。
神殿長だってわかっている。
それなのに、どうしてそんな話を?
「新たな剣を作らなければなりません。そのためにあなたの協力がいるのです」
「わたしの?」
「はい。ユーリッヒ様の折れた剣もそうして作られました。ですから今回の剣も同じように作らなくてはなりません。今度こそ、クォルバル領の太陽神殿がそれを為さなければならない。それが神の意志です」
嫌な予感と違和感。
その二つが気持ち悪いぐらいに胸の内で膨らんでいくのがわかった。
だけど、動けない。
神殿長は話を続けている。恩のある方だ。育ててくれた。
そんな人がわたしを必要としてくれている。だから呼ばれた。
ならばそれに答えなくては!
「魂聖剣身の儀。聖女たるあなたの魂と体を用い、太陽神の神威を剣に練り込む。そのために、犠牲になってください」
嫌だ!!
決意は簡単に打ち砕けた。
それは、理性を越えた魂の叫びだった。
テテフィが培ってきた献身の精神を打ち砕くにたる言葉だった。
強ばる顔で頷きながら、テテフィは逃げることだけを考えた。
†††††
そしていま、ここにいる。
儀式の準備が進む中、逃げる隙を伺ってなんとか抜け出すことに成功した。
そしてルナークと出会った。
クォルバル家に嫌がらせができると嘯いて、テテフィが逃げるのを協力してくれた。
誰かのために尽くせと教えられてきた。
人を癒し、人を慰め、人々の太陽たれと教えられてきたし、その通りにしてきた。
その教えの究極の形が、勇者の聖剣となるということなのかもしれない。
だけど、それができなかったのだ。
そしてその結果、テテフィのためになにかをしてくれたルナークが危機となっている。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
折れた剣を握り、絶望的な大きさの蛇に立ち塞がれている。
そこに立っているのが勇者なら、その手にあるのが聖剣なら……状況は違っていた。
そこにいるのは勇者ではないルナークで、そしてその手にあるのは折れた剣。
そう。これこそが真実だ。
宣伝用の見目がいいだけの道具だと自分を卑下し続けた結果、いつの間にか自分には献身の精神は失われていた。
その結果がこれだ。
強大な存在を前に、折れた剣で立ち向かわなければならない。
強大な存在を魔族。折れた剣で立ち向かう存在を勇者ユーリッヒと置き換えればわかる。
くだらない政治的配慮に目が眩み、世界を守る最前線で戦う人の危機からテテフィは目を反らした。
テテフィが逃げ出したのは、そういう現実なのだ。
太陽神はそのことをテテフィに教えようとしているのだ。
「わたしが愚かでした。わたしが、わたしが……」
震える声でテテフィは祈りを捧げる。
暗い地下から太陽神に縋る。
「わたしが身を捧げることで人々が救われるのならそういたします。ですから、どうか……ルナークさんをたすけてください」
奇跡を。
神よ。
わたしのために命をかけてくれた方を、どうか殺さないで。
「……盛り上がってるところ悪いけどさ」
蛇のしつこい攻撃を避けながら、おれは絶望的気分になっているテテフィに声をかける。
いや、こっちはこっちで大変だけどさ。だからって勝手に悲観的に盛り上がらないで欲しいものだ。
おれは避けるついでにテテフィの側に行くと、素早く彼女を抱えた。
「なんかおれが負けるのが決定してるみたいな言い方は止めて欲しいんだけど?」
「だ、だけど……」
テテフィが言いたいことはわかる。
ギガント・スネークは確かにでかいし、硬いし、強い。
普通の冒険者が使いそうな攻撃魔法でさっきからちくちくと攻撃しているのだが、まるで効いた様子がない。
状況は絶望的。
そう見えても仕方がないかもしれない。
(はぁ……もういっか)
力を隠しているのは勇者より目立ちたくないからだ。
どうせ目立つなら効果的な方がいい。だが、いまはそのときではない。
そう思っていたのだけど、勇者から逃げている彼女になら、あるいは見せても構わないかもしれない。
「よし。なら約束だ。ここで見たことは誰にも言わない。それを約束してくれ」
「それは……は、はい」
「決まりだ。おれたちは生きてここを切り抜け、別の国でよろしくやるんだ。誰かのためじゃなく、自分のためにな」
「自分のため」
その言葉が新鮮なのか、テテフィは驚いた顔をした。
「さあて! そうと決まれば悪いんだが……お前はもう消えろ」
【極光神槍】
その瞬間、巨大な光の槍が現われ、ギガント・スネークの胴体を貫いた。
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