149 婚約解消するためにやらねばならない一つのこと 1
ユーリッヒの救出を無事終えたセヴァーナは故郷であるオウガン王国の王都シンバで足止めされた。
シンバにはカーレンツァ家の別邸があり、王都での仕事がある場合にはここに滞在することになっている。
セヴァーナの父、ノイバンスル・カーレンツァもここにいた。
「参りました。お父様」
「ご苦労」
ノイバンスルは虎髭に巨漢の人物であり、武人という言葉が似合う容姿をしている。セヴァーナは母親が一人で産んだと言われるほどに父親と似ている部分がない。
そのためか、幼い頃から父が苦手であった。
「報告のために陛下に拝謁してもらう」
端的にしか話さない父にセヴァーナは顔をしかめた。
「すでに報告書はお送りしました。あとはお父様の仕事では?」
「普段ならな。だが、今回は普段ではない」
いつもなら任務後の国王への直接報告は父親に任せていた。
大要塞が機能していた頃は歓楽都市と大要塞の往復が多く帰国することがほとんどなかったからでもあるのだが、それ以上にセヴァーナが貴族社会から距離を置きたかったこともある。
勇者となったことで華やかな社交界への夢が遠退いたと感じたセヴァーナは、その世界に近づくことが怖くなったのだ。
国王への直接報告に社交界は関係ないかもしれないが、国王に合うということは王都にいるということであり、王都にいるということは社交界に接する機会が起きるかもしれないということだ。
暴論や極論の類かもしれないが、セヴァーナはその世界に近づきたくなかったし、見かけたくもなかった。歓楽都市でのパーティでさえも我慢しているような状態だったのだ。
父親はそんなセヴァーナの言い分を受け入れた。
勇者となった娘の最初の我が儘と受け取ったのか、あるいはその極端さこそが父親との類似点だったのかもしれない。
とにかく勇者となった後、セヴァーナが王都に来たことはほとんどなかった。
それなのに呼ばれた。表情には出さないようにしていたが、セヴァーナは不機嫌だった。
報告書にはただ一つを除いて全てを記した。
アストの協力を得て太陽神の試練場を攻略したこと。
その後、アストとセヴァーナだけが太陽帝国という新たな試練場に召喚され、そこでユーリッヒと再会したこと。
アストの機転によってそこからの脱出に成功したこと。
ユーリッヒが『王』を得たであろうこと。
それらを報告した。
報告していないのはセヴァーナが火の聖霊の加護を得たことだ。
【天啓】を持つ神官を介せばすぐに判明してしまうことかもしれないが、これ以上、自分の戦力価値を主張する気はなかった。
「ユーリッヒの件でしょうか?」
「むっ……そうだな。グルンバルン帝国に『王』持ちが現われたのは由々しき事態だ」
「違うのですか?」
父はあまり嘘がうまくはない。
その代わり、若い頃はその巨躯をいかして戦いに従事していた。戦士団に所属して実力で隊長位を手に入れもした。
いまも王国において将軍職を得ているし、その功績はカーレンツァ家を誰にも軽視させないだけ積み上げている。
そしてだからこそ、娘の称号を素直に使うことしか考えられないのだが。
そんな父が言葉を濁すというのはなにやら嫌な予感を覚えさせる。
「王太子殿下がそなたに会いたいそうだ」
「……それはどういうことですか?」
会いたい……という言葉が字面通りであるはずがないのはすぐにわかった。
それはつまり、妻にしたいということだ。
だが、現在のオウガン王国王太子にはすでに妻がいたはずだし、子供も儲けていたはずだ。
「……側室として、ということですか?」
王太子の側室ということは将来の第二王妃ということになる。
名誉なことのはずなのだが、いまのセヴァーナが感じているのは嫌悪だけだった。
「まだ正式な発表はされていないが、王太子は離婚なされた」
「離婚?」
ようやくに事情を語り出した父からの言葉は驚くべきものだった。
「どうも王太子は謀られたらしくてな、妻であった方の実家であるドミネアス領の隠し鉱山の場所を漏らしてしまったらしい」
「隠し鉱山」
その言葉でセヴァーナはおおよそのことを理解した。
鉱山資源は国家にとって重要な資源だ。それゆえ、各貴族の領地で鉱山が見つかれば税金が課されることになっている。
隠し鉱山とはつまり、脱税ということだ。
「謀られたということは第二王子派ですか?」
「そうであろう。妻に不倫の噂を流され、それを真に受けた王太子は実家を巻き込んだ大喧嘩をした上でドミネアス家の秘事をばらしてしまったということだ」
「……なんて、愚か」
「まったくな。王太子殿下は少し、冷静さが足りないやもしれぬ」
「では……」
「だが、主君であることには変わらぬ。陛下も今回のことにはひどくご立腹であるが、第二王子派の貴族どもは伯爵以下の下級貴族が多く、王太子を譲るようなことになれば今後の領地経営に混乱が起きるのは必定。暗愚であるなら権力をやらねばよいのだと、後見を私に頼まれたのだ」
「後見とは……お父様、政治は苦手でしょうに」
「政治は文官たちにやらせておけばよい。私に求められているのは王太子が王となったときに勝手なことをせぬように睨みを利かせること。そして私の死後にそれを引き継げるのはセヴァーナ、お前しかおらん」
領地経営において不正を嫌う硬い統治を行っているため、カーレンツァ領はさほど豊かではないが、逆にいえば大きな汚点はまったくない清廉潔白な経営を行っているということになる。
つまり、後ろ暗いところがないから他の貴族たちに突かれる弱みがない。
さらに親子二代の武功。
時代が時代であれば国を興す理由にも使えた『勇者』という称号を持つセヴァーナに睨まれれば、確かにいかに暗愚な王太子とてできることは多少の悪あがきぐらいなものだろう。
しかし、それをセヴァーナがしなければならないのか?
王太子にとってみればこのまま廃嫡されるよりは多少息苦しくなろうとも『勇者』と結婚した方が保身となる……ということなのだろう。
考え方はわかる……わかるのだが。
「お父様……正直に言わせてもらいますが、やりたくはありません」
「なんだと?」
「やりたくもない勇者をやってきたというのに、さらに望まない結婚までせねばならないというのは割に合いません。お断りさせていただきます」
「貴様っ!」
いままで従順だったセヴァーナからの思わぬ言葉に父もそう言ったきり言葉を失っている。
「……どうしたというのだ?」
しばらく顔を赤くしたり青くしたりした後、そう尋ねてきた。
拳を握りしめているところから、いまだに怒りを我慢しているのだろう。
そんな父の姿を見てなお、セヴァーナは言い放つ。
「我慢することをもうやめました。離婚されてしまうような王太子からの求婚を断ったところで致命的に困ったことになるわけでもないでしょう。いっそのこと第二王子派に鞍替えすればいいのではないですか?」
「簡単に言うな!」
「お父様こそ、娘の将来を簡単に決めないでください」
「家を守ることこそが貴族の務めであろうが」
「大好きな軍事一途で他のことから目を反らしてきたお父様が言うことですか」
「なにを!?」
「なんですか!?」
怒りのあまり父の姿は真っ赤に膨張しているようだった。
しかしそれでも手を挙げるような真似はしない。
それは娘を前にした親だからか。
それとも勇者を前にした軍人の勘か。
「なにをどう言おうと、王太子との結婚は絶対にしてもらう! わかったな!!」
「わかりません!」
「貴様っ!」
「お父様がどうしても発言を撤回しないというのであれば、わたしにも考えがあります」
「なんだ!?」
「家出します!」
そう言いきると、セヴァーナはそのまま父に背を向けて別邸を後にしたのだった。
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