148 そんなことより! 3
そんな感じでラランシアに付き合わされて三日間、冒険者ギルドの訓練場で彼女の補助をすることになった。
「そういえば、報酬の話をしてませんが、ラランシア様?」
「今回の報酬は全て神殿の維持費に回されます」
「おれの分は?」
「ご協力ありがとうございますね」
「弟子とはいえ、冒険者相手にそれはないでしょう?」
「かつてはあなたの生活費を神殿が工面したのですが……ああ、あのお金があれば孤児が一人、一年は食べるものに困らなかったでしょうね」
「へぇへぇ、わかりましたよ」
本気で取り立てる気があったわけではないがね。ギルドマスターがいたのでただ働きするような人間ではないと主張しておく必要があった。
冒険者がただ働きをすると思われたら舐められるからな。
とはいえ押しが甘かったかもしれない。
ギルドからなにか頼みごとをされたときには気をつけねば。
まぁ、おれの方は三日間『姫とテテフィちゃんを解放する会』とかいうわけのわからん連中を相手にし続けていただけだが。
もちろん師匠の流儀に従って相手をした。
大丈夫、治る治る。
それでもいまいちスッキリしない。
三日が過ぎた後、ラランシアに「近々誰かが迎えに来るでしょうからスペンザを離れないように」と言われた。
どうやら受け入れ施設の完成が近いようだ。
となると……そうか、もうすぐラーナに会えるのか。
しかしそれを聞いておれが感じるのは喜びよりも焦りだった。
いまのおれはラーナと対等の位置に立てるのだろうか?
三百年の差があるとはいえ、彼女はおれよりも強く、そして大魔王という魔族の頂点に立つ地位を手に入れている。
それに比べておれはどうだ?
望んでこうなっているとはいえ、一介の冒険者でしかない。
「……やっぱり、爵位ぐらいは手に入れとくべきだったかな?」
「なにを言ってるんだ?」
おれの呟きを聞きつけ、ニドリナが顔をしかめた。
いまは冒険者ギルドで見つけた魔物退治の依頼で少し離れた場所にある村へ向かっている途中だった。
「爵位の一つでもあれば箔が付くかなってな」
「なんのために箔なんているんだ?」
「そりゃ……」
と、言いかけて言葉を失う。
「ユーリッヒとやらに対抗するためか? 爵位を持つことに反対する気はないが、相手は公爵だろう? 見栄で勝ちたいなら国王にでもならないとな」
「国王かよ」
くれるって言ってた人物は二人ほどいるが……。
「いまさらくれって言って、くれるかな?」
「見栄で勝ちたいからって素直に言えるなら、くれるかもな」
「むう……」
唸るおれを見てニドリナはくつくつと笑っていたが、やがてその表情を引っ込めた。
「そんなものを手に入れたからと言って、勝てるわけがないだろう」
「むむ」
「そもそも貴族という土台で勝負しようとして、生粋の貴族であるユーリッヒに勝てるわけもない。そもそも勝つにはどうすればいいかわかっているのか?」
「……実を言うと、ぜんぜん」
「はっ!」
鼻で笑われてしまったよ。
いやまぁ……しかたがないけどな。
「貴族に勝ちたければ、相手よりも広い領土を持ち、豊かになり、強い軍隊を持ち、その上で相手を根絶やしにするのだ」
「……徹底的だな」
「貴族というのは一代限りの強さをさほど重要視はしない。いまを乗り切るために利用しようとは思うだろうし取り込めるなら取り込むだろう。だが、本質的には怖れていない。いまで敗北しても次の世代で勝利できる芽を残そうとする。つまり貴族とは、個人ではなく血であり名であり家なんだ。ユーリッヒに本当の意味で勝ちたいと思っているなら、どこぞで領土を手に入れて、グルンバルン帝国と戦争するんだな。そして気をつけろ、貴族を本当の意味で殺したければ、家名にだけ気を取られるな。どこに誰か嫁いだか、養子に行ったかも調べて、本当の意味で徹底的に根絶やしにしなければ、いつだって奴らは家名をひっさげて復活してくる。殺すならば奴の命だけでなく、奴の家の未来も殺せ」
「なんだよそれ、雑草レベルでしつこいな」
「戦記物を読まないのか? 庶民に落ちていた亡国の王子が旗頭にされて勃興するなんて話、いくらでもあるだろう」
ユーリッヒを本当の意味で負かすのは難しい、ということはわかった。
勝利するためのやり方を考えていると気が遠くなってくる。
つまり奴らは貴族という立場を手に入れた段階で、自分たちが致命的な敗北しない制度を作り続けてきたということになる。
おれはたしかにユーリッヒが嫌いだし、おれを阻害した貴族社会を恨んでいる。
しかし、おれの憎悪の熱量がユーリッヒとその一族、あるいは貴族社会そのものを焼き尽くすほどあるのかどうか?
それを考えていると目眩がしそうになった。
貴族というものがとてもしつこい生き物なのだ、ということは理解できた。
ちなみに依頼の方は育ちすぎた熊を魔物と勘違いしただけだったので、村の皆で焼肉パーティをして帰ってきた。
ニドリナだけは不満げだったが、まぁこんなこともあるのが冒険者稼業だろう。空振りで終わるよりはマシだと笑って慰め、スペンザでダラダラと過ごすこと数日……ハラストが使者としてやってきた。
「例の施設ができましたので、ルナークさんに最後の仕上げをしていただきたいと」
「またお前か。ラナンシェはどうした?」
「あなたの刺激の強すぎることをしたせいですよ」
そういえば、最後に会ったのはレティクラとの房中術決戦の影響を受けた彼女にあれやこれやしたのが最後か。
普通の人相手に房中術を使ったらどうなるかの実験にもなってもらったんだが、そんなに力はいれなかったんだがなぁ。
「そういえば、レティクラはどうしてる?」
「……母はあれから行方をくらましてます」
「そうなのか?」
「兄弟たちも一緒にね。僕だけが取り残されましたよ」
「おやおや」
兄弟というのはレティクラの遊回亭とかいう店にいた店主のことだろう。
……もしかして、店を紹介したあの伝言屋のガキも兄弟だったりするのだろうか? 兄弟たちって言ってたしな。
まぁいいか、あまり考えるまい。
そんなわけで、ハラストとともに王都タランズへと向かう。
三人での馬上旅はすぐに終わり、最近ルニルアーラと名前を改めた王女と国王、そして何人かの重臣らしき人物とその護衛という大所帯に混ざってタラリリカ王国の北、山脈にほど近い草原にやってきた。
そこに、ぽつんと一件の建物が建っている。
草原の中に立てるにはあまりにも広すぎる建物だ。
しかし、その役割を考えればこれぐらいの広さは必要になるのかもしれない。
真新しいその建物に案内され、まっすぐに地下へと導かれる。
どうやらここに転移装置を設置して欲しいようだ。
「ここでいいんだな?」
ぐるりと中を見渡してから国王親子に確認する。
頑丈に作られているように見えるが、地下というのが色々な思惑を感じさせる。
隠しやすいという面がある一方で、いざとなれば崩してしまえば全てなかったことにできるとでも考えられていそうだ。
「お願いします」
ルニルアーラの硬い返事で、おれはラーナが使っていた転移装置を思い出し、それを再現した紋章構成を思い浮かべると石畳に打ち込んだ。
「……ていうか、打ち込んだからってすぐに来るわけでもないだろうに」
打ち込んだ紋章は地面に円を描き、わずかな光を放つ。
その手応えから無事に繋がったことは確信できる。
それはラーナも感じているに違いない。
しかしだからといって、すぐに来る、というわけでもないだろう。
「来たときにいないのは失礼ですから」
というルニルアーラの言葉はもっともだ。
「それなら逆に、こっちから行くか? 向こうの方が早く動いているだろうから、受け入れ準備もできてるんじゃないか?」
と、おれが言うと国王親子を始め、偉いさん方が全員顔を青ざめさせた。
転移が怖いのか、それとも魔族領に行くのが怖いのか。
両方か。
「……じゃ、おれが行ってみるかな」
ラーナの顔は見たいが、しかし同時にどんな顔をすればいいのかもよくわからない。
そんな迷いを見せていると、転移装置が強い光を放ち、円の中に足を踏み入れようとしていたおれを押した。
転移先の空間を確保するために安全装置が働いたのだ。
流れに逆らわずに円の外に着地すると、そこにはすでに数人の人の姿があった。
「魔族だ!」
背後で当たり前のことを叫んでいるバカがいるが、おれはそれを無視して円から出てくる人物を出迎えた。
「ラーナ!」
「ルナーク、遅いじゃないか」
「建物ができあがるまで時間がかかったんだよ」
「そうなのか。先に用意しておけばいいのにな」
周囲は緊張状態だというのに、おれは抱きしめたラーナの感触にほっとしていた。
会うのをためらっていたが、全くバカな考えだ。
彼女がいるだけでこんなにも心が安らぐ。
「それにしても……どうしたルナーク? なにか落ち込んでいないか?」
「わかるか?」
「当たり前だ。ルナークのことだからな」
そんなラーナの言葉におれはほんの少しのみっともなさを覚えつつも簡単に説明した。
「嫌いな奴に生き方でケチを付けられてな。それが言い返せなかったんだよ。それからどうにも調子が出ない」
「生き方に悩んでいるという奴だな」
「まぁ、そうだな」
「その問題の難しさはわからないでもないが、重要なのは根本を忘れないことだぞ」
「根本?」
「ああ、そうだ」
ダークエルフの美女は夜に浮かぶ月のような瞳をおれに向けて、その言葉を告げた。
「わたしがお前を必要とし、お前がわたしを必要とする。この世界で生きるのにこれ以上の理由は必要か?」
そう言われた瞬間、おれの脳内に雷鳴が走った。光を通さない暗く濃い霧が、その轟音によって吹き飛ばされたかのような心地だ。
ユーリッヒごときの言葉でなにを迷っていたのか。
あいつは踏んで遊ぶおもちゃであって、おれの人生の好敵手ではない。あいつと人生の結果で張り合う気なんてまるでない。あいつが惑い失敗して転げる様を笑うのがおれであって、おれがあいつの上に立つことは重要ではない。
おれの幸福はラーナとともにあることなのだ。
そういう意味ではラーナと遊びたいだけだろうというユーリッヒの言葉は正鵠を射ていたことになる。
あいつに言われたことがむかついただけであって、それは間違いのない真実なのだ。
「そうだよな。まさしくそうだ」
「そうだろう?」
「ああ!」
と、悩みが吹き飛んだことでおれは一気に元気が出た。
「なぁ、ここって寝室はあるのか?」
「え? ええと……」
おれの質問にルニルアーラは戸惑いながら近くにいた近衛らしき人物に尋ねた。
「あ、あるぞ。……いえ、あります」
「そうか! あるってさ」
「よし、なら行こう」
「おう!」
おれとラーナは仲良く寝室へと移動した。
残された連中のことは……とりあえず知らん。
さらにニドリナから舌打ちの音が聞こえたが、それも知らない顔をした。
ラーナがいるのはやはり最高だ。
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