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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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145 逆回し迷宮街 2


 おれがそんな風に武器の修理だけで四苦八苦している間、ユーリッヒやセヴァーナは最高級の装備を用意してもらい、修理も他人任せにすることができた。

 休むときにはゆっくりと休み、訓練に集中することができた。


 おれに与えられているものと言えば、寝る場所と食事だけだ。庶民出のおれのために戦神の神殿はそれだけは保証してくれた。


 だが、部屋に戻ってゆっくり休む暇はない。戦いで痛んだ装備をそのままにしておけば思わぬときに壊れることになるのをおれは知っていた。手入れを怠った鎌を使っているときに柄と刃が外れて大怪我を負うところを見たことがあったからな。


「そんなに邪魔者扱いされているのに、どうして一緒にいるんだい?」


 鍛冶屋の熱で眠気を覚えているとベッカーがそんなことを聞いてきた。


「あいつらと同じパーティじゃないと、おれは試練場には入れないんだ」

「ああ、たしか、試練場に一人で挑戦するのは禁止されていたね」

「そう。で、おれとパーティを組みたがる物好きはいない」


 いくら自由人の冒険者といえど、その街の権力に逆らうことはできない。

 逆らうとすれば逃げる前提であり、二度のその街に足を踏み入れない覚悟がいる。


 ザナンデラス迷宮街に二度と入れなくなるのは、冒険者としてはあまりにも痛い損失だ。

 そんな選択をしてまでおれを守ろうとする者はいない。


「勇者は君一人じゃないからね」

「……本当に」


 悪意があるんだかないんだか。

 ベッカーの言葉は地味におれの心に突き刺さってくる。


「本当に。勇者がおれ一人なら、みんながおれをチヤホヤしただろうにな」

「そして世界の困難に一人で立ち向かうのかい? チヤホヤされたぐらいで割に合うのかい、それ?」

「むう」

「君はどうしてこんなひどい扱いを受けてまで勇者でいたいんだい?」


 修理の終えた剣を渡しながら、ベッカーはそんなことを聞いてくる。


 どうして勇者でいたいのか?

 勇者と呼ばれたのが嬉しかったのがある。

 自分は特別だと誰かに言われて、嬉しくない人間なんてそうはいないだろう。そしてその特別な部分を維持したいと思うのは当たり前のことではないだろうか?


 そして見栄もある。

 貴族たちからの総出の嫌がらせにはうんざりとしているのは確かだ。心だって何度も折れかけた。

 それでもここにいるのは、「ごめん無理だった」とか言ってへらへら作り笑いを浮かべて村に帰りたくなかったから……というのもある。


 そしてたぶん、おれにはそれしかない。

『勇者』

 少年時代の淡い夢がそのまま形になったようなその称号を、どうして捨てることができるだろう。


 試練場への探索は一度帰還したら数日の準備期間を挟んだ後に、再挑戦することになっている。

 連中に誠実さがあるとしたら、試練場への挑戦日を決して偽らなかったことと、手に入れたドロップ品の所有権で横暴を働かなかったことだろう。

 ユーリッヒもセヴァーナもそう言ったところで強欲に動くことは醜いことだと考えているようで、最初の探索のときに不当な分配をしようとした取り巻きたちを烈火の如く怒っていた。


 しかしだからといって戦闘中に助け合うことなどは決してない。


 そして街でおれがドロップ品や宝を売却すると不当な安値を押しつけられ、逆に必要品を買おうとすればありえない高額を要求される。


 だから、自分で用意できるものは自分でなんとかしなければならない。


 その準備期間の間、おれは街の外にいた。

 保存食の確保のためだ。

 探索は一度開始すると戻るまで数日を要する場合がある。そうなってくると保存食などが必要になってくる。

 街の近くにある森に入って狩りをしてはその肉を干したり燻製にしたりする。ついでに作業中の匂いに誘われてやって来た狼や魔物たちを相手に戦闘訓練もする。


 常に苦境にあるおかげ……これをおかげとは言いたくないが、そのおかげでおれの戦闘に関する成長速度は二人を追い抜いていた。

【聖霊憑依】だってもう使える。

 おれの雷聖霊を見たときのユーリッヒの悔しそうな顔を思い出したら笑えてくる。

 そんなわけで、森の浅い場所にいる魔物など、拳と木の枝だけで処分することができるぐらいの戦闘能力を、おれは持っている。


 それでも金がたまらない。

 新しい武器が手に入らない。

 運が悪いのか、これまで宝やドロップ品から武器を手に入れることができなかった。


 まったく、運まで味方してくれないのだからやってられない。


 いまのところは鍛冶屋の親父がベッカーの練習台という題目でおれの剣を見させているが、それだっていつ無理になるかわからない。

 自分でなんとかする方法をはやく見つけないといけないだろう。


 そんなときだ。それが起こったのは。

 そのとき、おれたちは試練場の五層で戦っていた。


 相手はオーガ・プレデター。

 全身鎧の有角種族の一団に襲いかかられていた。

 対集団戦での肝要は近接戦闘力を持たない者を敵に触れさせないようにすること。つまり陣形を組んで敵に対処することだ。


 ユーリッヒが果敢に前に出て敵の注意を引く一方で、セヴァーナは補助魔法で仲間たちの能力を底上げしつつ、氷の魔法で相手の動きを鈍らせる。

 ユーリッヒが注意を引いている間に斥候や魔法使いは弓や魔法で攻撃をし、重装甲の騎士がこちらに近づいてきた魔物を引き受ける。


 そういった連携の外におれはいる。

 硬い鎧に守られたオーガ・プレデターを相手にするには、おれの剣では役不足だった。ならばと見よう見まねで覚えた魔法で対抗しようにも、このときはまだ詠唱しなければ発動させられなかったので、思うようにはいかない。


 オーガ・プレデターの動きそのものは脅威ではない。きっちりと見て反応することもできたし、囲まれきらないように立ち回ることだってできている。

 だが、倒すには武器が追いつかない。


「くそっ、どうすれば……」


 ユーリッヒたちは着実にオーガ・プレデターを倒しているが、おれは逃げ回っているだけだ。何体かは【聖霊憑依】からの雷撃で倒しているが、多大な魔力を消費するためずっと使っているわけにもいかない。

 いまは魔力喪失による気絶を回避するために【聖霊憑依】も解いている。


 もはや他にできることはない。

 ユーリッヒたちが倒すのを待つこともできたかもしれないが、連中に助けてもらうのはこっちとしてもごめんだった。

 そのことで焦りが生まれ、動きにも乱れが出た。

 そのために、オーガ・プレデターの膂力で放たれた一撃を剣で受けてしまった。力を逃がすことにも失敗し、剣が折れてしまった。

 折れた剣が地面を叩いて跳ねていく音を聞きながら、おれはかつて無い集中力を発揮していた。死を前にした生存本能の極限がそうさせていたのだろう。

 おれは即座に折れた剣から手を放すと、そのまま押し込んでくるオーガ・プレデターの剣身を両手で挟み込み、跳躍して足を相手の腕に絡ませて関節技の要領で捻った。姿勢を崩されたオーガ・プレデターはそのまま地面に倒れ、武器から手を放す。


 そしてそれはおれの手に移った。

 奪い取った剣でそいつを倒し、残りもそれで対処する。さっきまでの安物の剣とは違い、対処は容易にできた。


 オーガ・プレデターたちが全て倒れ、その姿が消えていき、わずかながらのドロップ品が残る。

 そしておれの手にもなぜかオーガプレデターの剣が残っていた。


 試練場の魔物が持っている装備は、その魔物の死とともに消えていくはずだが、そうはならなかった。

 なにか法則性があるのかもしれないが、それを考えている暇はなかった。


 向こうで連中が騒いでいる。

 なにかと思ってみてみれば、おれの折れた剣がユーリッヒの脇腹に刺さっていた。

 回復魔法で即座に癒されたものの、装備の破損もあり、今回の探索はこれで終了と言うことになってしまった。


 しかしこれは、まずいことになったかもしれない。


 試練場から出ると、おれはすぐに鍛冶屋に向かった。

 鍛冶屋の親父はおれが持っている剣が変わっていることに顔をしかめたが、すぐにベッカーを呼んだ。


「あれ? 剣が違うね。今日は修理じゃないのかい?」

「それより、聞いてくれ」


 おれのせいでベッカーが困った立場になられては心が痛む。

 事情を説明すると、彼の感情不明な笑みがなりを潜め、無表情となった。だが、血の気が引いているところから見ても、青ざめているのだろう。


 そしておかしなことに、ベッカーは再び笑ったのだった。


「どうしてこんなことになっちゃうかなぁ」


 そう言って、ベッカーは笑った。

 それを自虐の笑みだと受け取って、おれも罪悪感に痛みを覚えた。


「ごめん、おれのせいで。だけどもしかしたら立場が悪くなるかもしれないから親父さんに相談して……」

「逃げる場所なんてないよ」

「え?」

「教えてあげる。僕の故郷はグルンバルン帝国クォルバル領だ」

「……え?」

「ユーリッヒ様とは面識がないけど、実家も鍛冶屋でクォルバル家の騎士団や衛兵にも装備を卸している」


 ベッカーがなにを言っているのかわからなかった。

 それがわかったのか、ベッカーはいつものよくわからない笑みに感情を乗せてきた。

 嘲りの感情を、だ。


「わからないかな? どの鍛冶屋も君の武器の手入れや鍛造を断るなら、いずれは僕のところに辿り着くことになる。そして僕は君に整備不良の武器を渡し続ける。見習い鍛冶だからね、半端な物しか渡せなくてもしかたない。そして君は、そんな武器しか使えないためにいずれはユーリッヒ様たちに付いていけなくなって、死ぬことになる。あるいは、整備不良が原因で大事なところで武器を失い、魔物に殺される。僕に望まれていたのは、そういうきっかけを作ることだったのさ」


 ベッカーの告白に、おれはなにも言えなかった。

 おれを殺すつもりで手を抜き続けたのに、結果として自分たちの主人を傷つける結果になってしまったのだ。

 彼はおれを嘲りの笑みで見つめた後、長いため息を吐いた。


「だけどそれは、僕自身の仕事に対して裏切り続けることでもあった。その報いなのかな、これは。ユーリッヒ様は……いや、あの方は知らないかもしれない。だけど僕にこれを命じた人はこの結果を許さないだろうね。自分の命令が結果的に守るべき主人の一家を傷つけたなんて、誰も認めたくないだろう?」

「……逃げた方がいい」


 その後に待つ運命はただの庶民であるおれにだって想像できる。

 ろくなことにはならない。

 おれの提案にベッカーはまた笑った。笑うしかないという感じの笑いであり、そしておれの浅慮を笑っていた。


「僕が逃げたって、家族は逃げられない。つまりそれは逃げられないってことだよ。家族を見捨てるなんて、僕にはできないからね」

「…………」

「ねぇ、アスト。僕は思うんだ。誰にだって世界よりも大事な物がある。だからこそ逃げられない苦い選択というものを強いられるときもある。君がここにいるだけで、この街にいるみんながその選択を強いられているんだ。お願いだから僕たちのためにももう諦めてくれないかい?」


 ベッカーの笑みは相変わらず変わらない。

 なにを考えてるかわからないと思う一方で、放たれた言葉の鋭さは現実的だった。


 彼は本気でおれを邪魔だと思っている。

 消えて欲しいと思っている。

 それが街の総意だといまさらなことを言っている。


 だからおれは、こう答えるのだ。


「いやだね」


 ……と。


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