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庶民勇者は廃棄されました  作者: ぎあまん


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14 山に潜むモノ


 引き寄せていたのが幸いして、テテフィの心配をする必要はなかった。

 彼女は悲鳴を上げているようだが、さすがに大量の土砂とともに落ちていては甲高い声も簡単に紛れてしまう。


 後は降り注ぐ土砂と木に打たれないように気をつけるだけだ。


 おれたちは落ちていた。


 さきほどの地震で山が崩れて地下へと吸い込まれているのか、それとも魔物の罠なのか。


 それにしても、また地下かと、おれは落下しながらため息を吐いていた。


「……もう地下はしばらく勘弁してほしいんだけどな」


 まぁしかし、とりあえずは切り抜けることを考えなくては。

 おれ一人ならともかく、テテフィの安全も考えるなら、そろそろ着地を考慮しなくてはいけない。


 暗い場所となったらこいつの出番だろう。


 紋章展開・連結生成・打刻【神祖】


「ここは違うのを披露する場面だったか?」


 己の身を吸血鬼どもの最大君主、神祖へと変じて、おれは霧化の能力を使う。

 この能力は霧が存在する場所を己の万能空間へと変える。

 おれの身から放たれた霧はおれよりも遅く下へと向かっていく。それを利用して霧の中で落下速度を調節し、上から降り注ぐものを避け、あるいは影獣法で解き放った影獣で破壊していく。


 着地したとき、薄く伸びた影獣がマントのようにおれをふわりと覆った。


「決まったな」


 と思うのだが、見ている人はいない。

 テテフィも落下の途中で気絶してしまっている。


「イルヴァン」

「はい」


 おれが呼びかけると影獣の口から女吸血鬼のイルヴァンが飛び出てきた。


「彼女を頼む」


 テテフィを渡すと、イルヴァンは少し不満そうだった。


「なんだ?」

「いえ……この娘は聖女ですよね。しかも太陽神に仕えている。わたしたち吸血鬼にとって最大の敵かと」

「いや、おれは吸血鬼じゃないからな」


 その能力を利用しているだけだ。

 とはいえ、地上世界では存在していないだろう紋章という方法を使っているのだからイルヴァンに理解できるわけもないのかもしれない。

 彼女にとっておれは、太陽を超越した神祖なのだろう。

 説明がめんどうなので、いまのところはそれでいいかと思っている。


「噛むなよ」


 とおれが言うとイルヴァンがさらに不満げな顔になった。

 聖女がどうこうよりも、それができないのが気に入らなかったんじゃないのか、こいつ。


「……では、代わりにお願いが」

「なんだ?」

「落ち着いたら、ルナーク様の血をいただけませんか?」


 思わぬ申し出……と思ったが吸血鬼が血を欲するのは食事と一緒なのだろう。

 となればどこかでそれを補給する手段を求めるのは当然か。


「無事に落ち着ける場所に辿り着けたらな。それまでは誰の血も吸うな」

「敵は?」

「敵なら構わない。ただし、アンデッドを増やすな」

「かしこまりました」


 イルヴァンが嬉しそうに了承する。

 しかし、こんな地下で血を吸って嬉しい相手なんているだろうか?


 周囲の土砂が落ち着くのを待って、鼻を鳴らしながら風の流れを追う。

 わずかながらそれを感じることができた。


「方角もなにもわかったもんじゃないが、とりあえず外に出ないとな」


 まさか、急峻な山の中にこんな空洞があるとは思わなかった。

 吸血鬼の目で地下を見渡す。巨大な岩盤を支え合わせているだけのような空間だ。ときどき、あのような崩落めいたものが起きるのだろう。あちこちに土や枯れ木があり、高い湿度の中で腐敗していた。


「わたしたちの根拠地とするには、快適そうではありませんか?」

「悪いが、おれは快適な吸血鬼生活にはあんまり興味がないんでな」


 イルヴァンの誘いを冷たく断り、風を追いかける。


 嫌な臭いが混ざり始めた。


「感じたか?」

「はい。こっちに近づいて来ますね」


 覚えがある類の臭いだった。


「嫌な思い出です」


 イルヴァンがそんなことを言う。


「長く眠れるようになるまで、あの中でよくこれの世話になりました」

「ああ……穴があれば入ってきそうだな。冬眠とかに使われてたのか?」

「永眠させてやりましたとも」


 まぁしかし、いまここに近づいているのはイルヴァンが非常食にしていたようなかわいい存在ではない。


 視界に入ったそれは、おれたちを見下ろしていた。


 蛇だ。

 そしてもちろん、ただの蛇ではない。

 大蛇……という言葉だけでも足りない。巨人族の血でも混じっているのかという大きさだ。

 一番細そうな首元でさえおれがするりと飲み込めるだろうぐらいに太い。胴体は下へ進むごとにその太さを増していき、それはもはや動く大樹とでも形容すべきものになっていた。


 ギガント・スネークとでもいうべきか。


 生まれつきなのか、あるいはそのぶっとい胴体が抜けられるだけの穴がないためそうなったのか、その全身は白く、目は赤い。

 これまたアルビノだ。


 気を失っているテテフィがこれを見たらどう思うのか?

 いや、できたらもう戦いが終わるまで気が付かないままでいて欲しい。


 こんなのを一人で倒しているところなんて見たら、テテフィはさらにおれを疑うだろう。


「一応警告するが、おれたちを黙って通す気があるならなにもしない」


 返事は舌を振るわせながらの警戒音だけだった。


 どうやら意思の疎通はできないようだ。

 あるいはバカにしているのか。


 それならそれで、後悔するのは蛇の方だ。


 おれが一歩近づくと、蛇がその頭を突進させてきた。

 溜め込んでいた筋力を解放したその一撃は普通の生物なら避けることはできなかっただろう。


 だが、おれは違う。

 そいつの雰囲気だけでどこに攻撃が来るのかわかる。

 だから、その前に安全圏に移動するだけだ。


「その程度……じゃな」


 すり抜け様に一閃をくれてやった。吸血鬼の身体能力増強が乗った剣閃は蛇の鱗を割り、その肉に食い込む。


 だが、そこまでだった。


 ガキリという嫌な音が腕に伝わり、一つの運命が決した。

 ステラにもらった剣が折れたのだ。


 蛇の体は鱗と内臓以外は全て筋肉と言われるぐらいに強靱だ。手入れがほとんどされていなかった剣はギガント・スネークを相手には役不足が過ぎた、ということなのだろう。


「ちっ、めんどうな」


 武器はいくらでもある。だが、それを引っ張り出している暇はない。無限管理庫に入ればいくらでも取ってこれるが、その間、この蛇はイルヴァンとテテフィを狙うだろう。


 テテフィを守りながらでは、女吸血鬼は分が悪い。


(いざとなったら見捨てそうだな)


 自分の危機となれば彼女は聖女を捨てるだろう。

 あるいはおれが無限管理庫に入った時点でおれが逃げたと判断して自分も逃げ出すかもしれない。


(信用ならない配下ってめんどうだな。……まぁでも)


 一人で戦うのには慣れている。

 神祖の力を駆使すればこの程度の敵は難しい相手ではない。


「さあて、それじゃあ……」


 狂神血界で骨も残さず……と考えたところで、その声を聞いた。


「ルナーク、さん?」


 目を覚ました!


 最悪だ。このタイミングか。


「はっ!」


 彼女の緊張した呼気……その後になにが起こるかは予想できた。

 聖女……神官の目ならば、自分を抱いているのが吸血鬼だと即座に見抜いただろう。

 太陽神に仕える神官が吸血鬼を見たらどうするか?


 答えはすぐに光となった現われた。


【聖光】


 太陽神の神力を帯びた光はアンデッドの存在を許さない。


「ぎゃっ!」


 至近でそれを浴びたイルヴァンは短い悲鳴とともにテテフィを投げ捨て、洞窟の闇へと逃げていった。


 おれもすぐに連結生成を解除し、【神祖】の紋章を剥ぎ取る。その魔物の特性を引き出しているときは、その弱点も引き継いでしまう。太陽神の聖光などその際たるものだ。

 神祖ともなればそう簡単にやられるはずもないが、だからといってテテフィに化け物扱いされて攻撃されたいわけでもない。


 武器を失い、紋章も解除してしまった。


(うーん、ちょっとめんどいな)


 いまだ健在のギガント・スネークを前におれはそう思うのだった。


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